第4話『せめて、勇者らしく』
見知らぬ天井を見上げて、ふと我に戻るといつ目を覚ましたかも分からぬ事に気がついた。
ボーっと2、3時間過ごしてたのなら脳の方がちょっとアレなんじゃないかなぁ、なんて思いながら、ハイドは眩しく辺りを照らす照明から視線を外し、身体を起した。
「眠ると体力も傷も全快するってのは迷信じゃなかったんだ……」
ハイドは自身の右手を叩きながらそう呟いた。しっかりと伸びる右腕、そして、カクメイとの戦闘で引きずっていた右掌の麻痺が消えているのだ。
引きちぎられた皮膚もしっかりと再生していて、文句の付け所が無いほどである。
そうして、ハイドはベッドから降りて大きく伸びをした。気が抜けるほどの気持ちよさに、間抜けな声を漏らして、ハイドは大きく息を吐く。
自身が寝ていたベッドを横並びに2つ置けば部屋を埋めてしまうほどの、適度な狭さ。足元には扉があり、枕元にはハイドの荷物が置いてある机があった。
気を失って目を覚ました時は決まって着ていた服装ではなく。今回は、なにやら半袖半ズボンという少年的な格好であった。
オレンジのシャツは無地で、膝下のズボンはクリーム色で、ポケットがたくさんついている模様。
ハイドは取り合えずと、ベッドの下においてある靴を履きバッグを背負って鞘を腰に巻きつけると、そのまま部屋を出た。
――――途端に、異常なまでの薬品の臭いが突如として鼻腔を突き刺した。
ハイドは思わず鼻を押さえて辺りを見渡す。
そこは短い通路であった。すぐ目の前には壁があり、右を向くと行き止まり。左を向くと、少し離れた位置に、両開きスライド式の扉があって、そこからまた真っ直ぐ進むと行き止まり。そこの右手に、扉があった。
「なるほど。ここは病院というわけか。これで俺の推理は繋がった!」
傷が全快していた理由は医者が直してくれたという事に気づいたハイドは、取り合えず出口っぽい通路奥の扉を開いて外へ出た。
そこはどうやら待合室らしかった。横に長い部屋に、長椅子がいくつも並び、点々と座る患者らしき人は名を呼ばれるのを待っているらしい。
カウンターらしき場所には看護婦さんが1人。ハイドはソレを見て、まぁ声掛けられなかったらそのまま外に出よう、と軽く考え、『EXIT』と書いてある扉へ向かい、手を掛け、開いた。
そうして外に出る。
非情に呆気ない結果となったが、ハイドにとって丁度いい難易度だった。
外は存外に明るく、そして景色は全体的に赤かった。
荒野の中に有る街らしきそこは、回りは巨大な壁に囲まれている、谷のような場所。その壁や、地面の土は悉くが濃い紅褐色。
高台に有るらしきこの病院からは、街が全貌できるという造りであった。
割合に広く、街の終わりは谷の終わりらしく、その谷の終わりのほうは、家が小さな粒に見えるほど。
頬を撫ぜるように吹く風は生暖かく、だが何処と無く心地が良かった。
ジグザグに下る坂道を降りながら、ハイドは大きく息を吸い込み、吐こうとすると、
「気分はどうだ?」
不意に背後から声を掛けられて、びっくりしたハイドは思わず咳き込んだ。
「お、おかげさまで……」
振り返りながら、その声の主が誰だか分からないままそういうと、
「あぁ、ホントにだよ。あと少し処置が遅ければ多量失血で死んでたところだ。嘘だけど」
そんな返答に、こういうノリが大丈夫な人かと理解すると、ハイドはいつもの適当な感じで会話を開始する。
「凄い医療技術ですよね、たった一晩でこれほどまで回復させるなんて」
心にも思ってないことを口にすると、殆どが誉め言葉になってしまう。それを知って、ハイドは頭をカラにして喋っているのだ。
「4日だぞ」
「……? 何が、ですか?」
「お前が寝ていた日数だよ。何故か肋骨が折れてて内臓が傷だらけだったしな」
なんという衝撃的事実。流石のハイドも空の頭にそんな言葉を詰め込まれては驚く以外の反応を出せなかった。
「驚き桃の木山椒の木」
「ブリキにタヌキに洗濯機、猪木にエノキにケンタッキーってか」
「いや……」
「なにはともあれ、目が覚めて万々歳ってことで。金はお前のお仲間さんから貰ってる。ちゃんと感謝しとくんだぞ」
白衣を纏う医者らしき男は、そういって振り返り、下ってきた坂を上り病院へと向かっていった。
ハイドは未だ4日の空白を受け止められずに、再びそこから見える景色を眺めて、大きく溜息をついた。
「……なんか、凄い自己満足的な善い事して気を紛らわせようかな」
呟きながら下へと降りて、平らな地面を踏みしめると改めて大きく息を吸った。
「その前にシャロンに礼言わなくちゃな。ノラも適度に心配してくれただろうし」
そう呟いて、そこそこにぎやかな街の中へと身を投じた。