7 ――体力は既に真赤――
吹き飛ばされて宙を舞い、身体に痛みを覚え始めた頃、地面に衝突。強く叩きつけられた激痛を感じた頃には既に、ハイドの意識は吹っ飛んでいた。
だから、目を覚ましたときは、
「……ってか暗っ!」
何がどうなって、こんな薄ら寒い暗がりの中に居るのか、理解に困っているのだ。
夜のとばりが落ち切って、冷気によって澄んだ大気は、頭上の星々を鮮明に見せていた。
「嘘だろ……? ここどこよ、てか吹っ飛びすぎだよ俺……」
取り合えず立ち上がり、砂を払って辺りを見渡す。
びゅうんと吹いた風が哀愁を漂わせ、ハイドの体温を根こそぎ奪っていった。
両手で体を抱き、どっちが北か南かも分からぬまま、ハイドは取り合えず空の上の、僅かにかけた月を方向の判断材料にして、南の、本来向かっていた街を目指して歩き出した。
その方向は、実は東だという事も知らずに。
――――1人旅。それはどことなくロマン漂うものである。
だから然して寂しいだとか、人肌恋しいだとか。そんなホームシックには陥らずに元気良く歩いていた。
そうすると、そんな平穏で閑静な道のりに場違いな存在が地中から現れた。
平らな地面が盛り上がり、膝くらいの大きさになるとそれは崩れ、手の形へと変形。それが同時に3体分ほど出来上がったのだ。
「いくら身体中が痛くて魔力も切れかけてる俺でも、お前等程度なら楽勝で……」
ハイドが偉そうに手を腰にやり語る中で、ソレは手招きするような動作を見せた。
すると、また三つの盛り上がりが出来、三つの手が出てきた。そうしてまた6つが手招きして――――。
「楽勝……? 楽勝ってなんだ」
おぞましい数の手首に囲まれる中、ハイドはそう呟いて剣を抜いた。
月に輝く刀身はどこへやら、手入れを忘れた愛用品は見る影も無く錆びに塗れて敵を前にする。
「構わんさ。既に錆びてるが……剣の錆びにしてくれる!」
そう叫ぶと同時に、辺りにぶわっと魔力が放出された。
囲まれていないことを幸いと、ハイドは大きく跳んで後退。そうして、下から上へと大きく剣を払うと――――ビュンと、風を切る音がして、斬撃が鋭く放たれた。
――――この飛ぶ斬撃。ハイドはそんな剣術など持ち合わせては居ないし、経験が浅いにしては有る程度の実力を持っているという評価を持つ程度。だから、大技だとか、玄人しか扱えないような技は大抵応用によって放っている。
この飛ぶ斬撃は、魔力を空気中に霧散し、剣によって巻き起こされた風に魔力を纏わせ、形を形成し、敵へと向かわせるといったものなのだ。
跳んだ身体が地面に着地する頃。不安定な斬撃は、何十という層を作って並ぶその手首たちに一直線の穴すら開けられずに居た。
ハイドはそれを見て嘆息し、放出した魔力を体内に戻し、その手首の軍団に向かっていく。
高く飛び上がり、剣を振り下ろす。だがそれはまるで蜘蛛の子を散らすように着地点からわらわらと逃げ、掠ることすらない。
そうして着地し、屈んだ態勢から横なぎに大きく振るって3匹。逃げ遅れたその手首を横に切り裂いた。
切り離されたソレはビチャリと地面に倒れると、そのまま大地に吸収され、跡形もなくなっていく。
それを見届けた。その、僅かな隙を狙って、手首たちは群がり、ハイドの足元へ。そうして足首を強く握り、バランスを崩させる。
圧迫する握力。ゴギっと、鈍い音が鳴り、ハイドは思わず顔をしかめ、その場に跪く。するとその手首は服を掴み、その見た目不相応の強力でハイドを地面にうつ伏せに固定した。
服ではなく、身体を掴む手はハイドの自由を奪い、そうして腕や足を掴む手は更に力を込めていった。
ギリリリと骨が悲鳴をあげ――――ブチリと血管が音を立てて切れた。漏れでそうな悲鳴を歯を食いしばって抑える。
すると、間も置かずに右腕がボキンと音がなってへし折れた。
鋭い痛み、鈍い痛み。痛みに震えるが、それによって痛みは更にその強さを増し――――。
「はっはっは! 痛ェなコンチクショォッ!」
悪あがきだと、分かっていながらもハイドは残る魔力を地面に伝わせ広げると、
「残りの魔力……全部てめぇらにくれてやらあッ!」
そうして、魔力が全ての手首を包み込むように地面を伝うと、辺りの温度は急激に冷え始め……。
「絶対零度」
一瞬にして、辺りの大地は凍りつき、魔物の行動も、空気の流れさえも、全てが停止した。
空気中の水分が凍り、パラパラと地面に音を立てて落ちる。うつ伏せになるハイドの身体も凍りつき、身動きは出来ないのだが。
お構い無しにと、ハイドはしがみつく手首の魔物ごと地面から身体を引き離し、立ち上がる。凍らされた服が、立ち上がる際に破れ、さらに皮膚も同時に持っていかれ、一見、慢心創痍。事実、その通りなのだが、ハイドは何やら、魔法発動で得た確かな手ごたえに満足し、疲れがどこかへいってしまっていた。
だがへし折れた右腕が異常なまでに痛いのは変わりが無い。
ハイドは凍り付いた剣を大地から引き離し、纏わり着く氷のせいで鞘に入りそうにも無いソレを左手に装備。
そうして、夜も更けたその中で、凍りつき脆くなった魔物たちを蹴飛ばしてこっぱ微塵に粉砕していった。
「井の中の蛙大海を知らずとは良く言ったもんだな」
作業をしながらハイドは嘆息する。
「だが、その世間知らずはこの世界で通用したんだ。よし決めた! 俺は強くなろう! 誰のためとかじゃなくて、自分のために!」
心は燃えるが身体は寒い。ハイドは宣言した後、そそくさとその場を離れて目的地へと急いだ。