4 ――すばらしき楽観主義者――
旅路というのは、一定期間の穏やかさの後に、問題ごとが起こることが多い。
ハイド達の旅は、それが顕著にあらわされていた。
――――ハイド達が、森の、木漏れ日が美しい道を歩いていた時のこと。
巨大な棍棒が空から降り注ぎ、そのハイドの身の丈より少しばかり小さいほどのソレは、見事に行く手を阻むように、道のど真ん中に突き刺さった。
「これは見事な棍棒。一目見ただけで圧倒的な存在感を感じてしまった」
ハイドが手を顎にやり、ほほうとその凄みを見出していると、シャロンは静かに槍を構えていた。
「なるほど。敵はサイクロプスか」
「説明しよう! サイクロプスとは食人で粗暴な巨人の怪物なのだ。巨人とは言うがけっして人ではないので注意!」
シャロンの呟きを、前に右手を突き出して説明すると、ノラはなるほどと頷く。そうして、ハイドの方の茂みが、またもや大きな音を立て始めていた。
ノラは恐怖に顔をこわばらせ、買ったばかりの弓を背負ったまま、シャロンの背後に回る。シャロンは音の擦るほうへと身構え――――一方ハイドは敵の姿が見える前に先走って茂みの中へと突っ込んでいた。
ガササササと、道と森を区切る茂みでスピードダウンしながらも直ぐに姿を消し――――ハイドは、その森の中で敵の姿を発見した。
距離にして10メートル少し。考え無しの行動で、ハイドの姿は敵に認識されてしまった。
顔の半分を占める大きな瞳。だが可愛いと思えないのは、単眼で、さらに骨格がゴツく、肌の色が灰色で、身の丈が辺りに聳える木の半分くらい、大体3、4メートルの巨体であるからだった。
筋肉質で、下半身は獣の毛で覆われている。そうして向かってくるサイクロプスは、5体居た。
巨体だが、森の中の移動を得意としているのか、はたまた慣れているんか。恐ろしいほどのスピードで迫ってくる巨体5つに、ハイドは思わず、
「地雷設置」
向かってくるサイクロプスの足元に、巨大な魔方陣を展開させた。
そうして、サイクロプスはソレに気づくも用心する脳を持たないので、強く踏み――――。
瞬間、近くに並んでいた1体をも巻き込む大爆発が巻き起こった。衝撃波に、ハイドは吹き飛ばされそうに為るも強く踏ん張り、その不快な熱風を全身に受けた。
辺りに煙の匂いが充満する。木々に火が燃え移り、赤く染まり始めたその視界。
大気の揺れに、未だ肌がぴりぴりと痺れ、大地の震動に腰がフラフラとするが、これである程度の時間稼ぎになっただろう。
否、それは大きな間違いであった。
ドスドスと、迫る足音は止まらず、そうして自身らを包み込む煙のカーテンを突き破って、それらは再びハイドへと。
そうして、調子に乗った代償として、ハイドには反撃や回避の時間が与えられず、身体は硬直状態に。
腹の奥底がキュンと締まる不快な感覚。目の奥がチリチリと、背筋には冷水を流したような寒気が襲い掛かる。
口を開くも、出てくるのは吐息ばかり。恐怖の叫びも上げられない、始末に追えないハイド。
時間がゆっくりに感じ始めたその頃――――背後から、長い何かが飛び出した。
槍であった。それはサイクロプスが駆ける速度をはるかに上回り、滑空。そうしてそれは、肉を切り裂く音を立てながら、見事に戦闘に居るサイクロプスの目玉を貫いていた。
グギャアアアアと、籠った断末魔が聞こえる。その間に、後ろからシャロンが追いついた。
「ホント、役立たず」
すれ違い様にハイドに吐き捨て、シャロンは高く飛び上がると、その槍を手にし、少し引き抜き、刃の部分だけ中に残す。
血が迸り、帰り血まみれになりながら、シャロンは槍を両手で握ると、勢い良く振り下ろした。
股から刃が抜け、両断することは出来なかったが、腹からは赤黒い内臓がすべり落ち、サイクロプスはそのまま前方に崩れ落ちた。
そうして、シャロンは息をつく間も無く次に取り掛かる。
耳に障る裂音に、叫び声。漂う生臭い血を嗅ぎながらハイドはようやく剣を抜いた。
そうして駆け出す頃には、既に首が無い1体の死体が出来上がったところである。
辺りを汚染する血の大地。それを踏みながら、シャロンの戦いを見る。
それぞれ持つ棍棒を華麗に避け、その上に乗ると、槍の広い間合いを利用して、眼球を一刺し。
シャロンを捕まえようとする手をギリギリまで寄せ付けて、高く飛び回避。そうして、地面に着地しなおして、駆け出した。
今度は無傷の2体の内の1体の背後へと回り、飛び上がり、後頭部から槍を突き刺す。血に染まる刃が、大きな黒目から飛び出たのを感覚的に認識すると、そのまま槍を錐を扱うように回転させ始めた。
絶叫するサイクロプス。手の届かない背後を攻められ、何も出来ずに脳をかき回され――――やがて、シャロンが地面に落ち着く頃には、サイクロプスも同じタイミングで倒れ、目の前の木の太い枝に、その頭を突き刺して脱力。
残るは、二体。目を刺されたがまだ絶命には至らない一体と、無傷でシャロンへと迫る一体。
完全に出遅れたハイドは、手傷を負った一体に標的を決めて駆け出した。
シャロンは同じような戦い方で、瞬く間に敵の戦力を削っていく。
ハイドはやがて前にするサイクロプスの懐に入り込み、下がっている腕に向かって大きく剣を振り下ろした。
威圧感、絶対的恐怖。それを脳裏に過ぎらせながらも、視覚的認識できないサイクロプスが自身を認識できていないことをいいハンデだ、という風にとって、その棍棒を持つ腕を、綺麗に両断した。
肉を斬り、骨を断つ重い感触。柄を握っているその手にまで伝わる、柔らかく、硬い嫌な感じが、今までの戦闘には無かった、妙なリアルを感じさせていた。
ズドンと、重量の在る腕が、棍棒を握ったまま地面に転がる。僅かに後退したサイクロプスは鼓膜を突き破るほどの大声量の叫び声を上げるが、数歩で立ち止まった。
自身より高い樹木を背後にしたためである。そうして、それによって行動が僅かに鈍る。攻撃手段も敵を認識することも失ったサイクロプスは、ハイドにとって脅威でもなんでもなく。
ハイドは一安心し、これで終わりだという事から安堵の息を吐いて、呪文を紡いだ。
「氷柱」
サイクロプスの頭上に作り出された氷の塊は、やがて下の部分を鋭利にするという風に形を形成しながら大きさを増して、やがてそれは、ハイドの持つ剣の刀身ほどになる。
そうして、ハイドが念じると共にそれは振り降りて、サイクロプスの頭を貫き、胸、腹と、体内を通り、貫通する前に、溶けて消えた。
ビチビチと静かに血を噴出すサイクロプスは、背にした木にもたれかかりながら絶命。
ハイドは剣を鞘に収めて、改めて息を吐くと、直ぐ横に、シャロンがやってきた。
「サイクロプスの弱点は土属性の魔法。逆に耐性があるのは、炎属性」
「なるほど。でも、いきなりで災難でしたね」
「何、ここに居る魔物の程度が知れて寧ろ良かったくらいだよ。君もいい経験になっただろうしね」
ドンマイ、といった風に肩に手をポンと載せると、シャロンは来た道を戻っていく。
ハイドは、勉強不足だったなと、自嘲気味に肩をすくめて笑うと、存外に規模を拡大させない森の火事を消化させるために、火が起こる木々の上に雨雲を作り出す魔法を紡いだ。