3 ――尖ったエルフ耳で胸を貫こう――
ズブレイド帝国では最強の傭兵であった。突然そうのたまう、ハイドより少しばかり年上のように見えるお姉さんは「すごいでしょう?」と笑顔で語った。
スパイ疑惑について聞くと、
「あんな国の情報なんか興味ないね。船の中ではずっと寝てたし」
長い髪から見える長く、尖った耳を言及すると、
「私はエルフ族でね。割合的には少ない戦闘向きの、『ワイルドエルフ』っていうんだけど」
嘘だ! エルフってのは小さくて、妖精みたいな愛らしく可愛らしいものなんだよ! ハイドの中の幻想を口にすると、シャロンはすかさずその頭、つむじ部分を3秒ほど押してから離した。
「確かにそんなのも居るけどね。でも私っていう証拠が目の前にあるでしょう?」
「ねぇシャロンさん! シャロンさんはなぜ危険を冒してまでこっちへ来ようと思ったのですか?」
長い草原の中の道を行くと、やがて鬱蒼と茂る森へと入る。だが広く作られた道で、3人は並んでそんな質疑応答を行っていた。
そして、何故か一気に新密度を高めたノラとシャロンは仲良く手を繋ぎながらお話をしているという現状に到っていた。
「そうね、強いて言えばあの国が窮屈だったから、かな。いいお金にもなるけど、どうしても私を手放そうとしなくて」
「つーか、傭兵なのになんで軍兵に顔も知られてないんだよ」
「ずっと全身鎧来てたからね。鉄仮面だったし。知ってるのは、こっちに来てない将軍様と国王くらいかしら」
「武器とか、金は? 着いて来るのは勝手だけどそんな面倒見てやらんぞ」
「あぁ、大丈夫」
薄暗い、木漏れ日が風と踊るその森の中でシャロンは開いている片方の手を前に突き出す。
その突き出した腕は、肘から下の前腕、その半分くらいが、突如現れた穴に飲み込まれていった。
薄暗いために錯覚か何かでもみているのではないかと、勘違いするが、どうやらそれは本当に穴に手を突っ込んでいるという状況らしい。
そうして、慣れた様子で、今度は腕を引き抜く。徐々に、穴からなんの影響も受けていない様子で出てきて――――その手は、しっかりと長い柄を握っていて……。
「攻撃、補助魔法はからっきしだけど、亜空間を作り出す魔法を持ってるのよ、私」
不確かな穴は、やがて全てのものが抜き出るとすぐに姿を消した。その穴から取り出した、身の丈ほどある槍の石突を地面にコツンと鳴らして手に取るシャロンは、楽しそうに笑顔になった。
「……それって大魔導師並の高等技術なんじゃねーのか?」
「だ、大魔導師って……すごいじゃないですか! シャロンさん!」
亜空間を作り出す。シャロンが簡単に解説するソレは、ハイドにはどうにも手が出せないレベルの魔法であった。
その亜空間に様々な荷物を入れて、それを維持することが出来るが、有機物を入れることは出来ない。だがその広さは術者の魔力によって自由に変えられることが出来、今のところ全武装と資金を其処に入れているのだそうだ。
一度作った亜空間は1つの部屋のように管理され、それもまた、術者の魔力によって数を増やすことも、減らすことも出来る。
戦闘にも特化できそうなその魔法は、ハイドの言うように大魔導師になってようやく取得できるほど難易度の高いものであった。
大魔導師とは、賢者と同意義。魔法を扱うものの中でその力がすごく強いと認められた、世界中でも数えるほどしかいない存在である。
「すごいって言われてもねぇ……、ただ便利なモノとしてしか見てないから、良く分からないわ」
「わたし、尊敬しますよ、すごく! 女の人でそんな凄い人がいるなんて、初めてしりましたから」
シャロンはそう言われるのが嬉しいのか、そう言うノラが可愛らしくてたまらないのか、優しく頭を撫でて、
「ホント可愛いわね」
そう言葉を漏らしていた。
ガサゴソ。音がした。道の脇、茂みの中から。
ハイドは何気なく、そちらを向くと――――熊が大きな口を開いて、同時にハイドを見ていた。
目が合ったのだ。運命の赤い糸で結ばれるあの娘とおなじように。
熊の子見ていたかくれんぼ、なんて言うが今かくれんぼなんてしていない。そもそもコレは小熊なのか? いや、熊にとっては人間なんて町の中に隠れているようなものだから、ここに普通に歩いているのも、隠れているうちなのだろう。
人間とは、熊の掌の上でかくれんぼさせられていることにも気づかない愚かな存在なのか――――。
そこまで考えて、ハイドは剣の柄に手を伸ばした。
だが、あまりに考えすぎた時間が長かったので、熊は待ちきれないといった風に飛びかかってきた。
無論、ハイドへと。
「シャロン! 助けてくれ!」
叫びながら、ハイドは眼前に掌大の火球を瞬く間に生成してはじき出す。そうして茂みから飛び出してきたばかりの熊の、その腹部へと衝突。
火が炎に変わるほどの距離がないその近さで、火球が衝撃を受けた瞬間、それは熊を上半身を包む爆発を巻き起こした。
爆風が吹き荒れ、シャロンはノラを抱いて屈み、ハイドはその隙に剣を抜く。
そうして、飛び散って降り注ぐ肉片を、お得意の素早い券捌きで打ち落としていった。
やがて、熊は火球がぶちあたった部分から上下に身体を分裂させて、地面に倒れた。未だ燃え続ける死体に、ハイドは水魔法で何時ものように消化。そうしてから、ハイドは血を払い、剣を鞘に収めるのであった。
「悪いな。火属性魔法は好きだけど得意じゃないんだ」
あらゆる魔法を覚えていて、ある程度の魔力が在る。だが経験が無いハイドにとって、どれをどうに使えばよいのかわからない。だから、こうして毎回異なる魔法を唱えているのだ。
最も、魔力が足りずに唱えられない極大魔法も数多いので、覚えている魔法を熟知するには、まだ当分掛かりそうなのであるのだが……。
「語彙が無いから、凄いとしか言いようが無いけど……、今のはなんて魔法?」
姿勢を正して、熊を見ながらシャロンはそう聞く。
「活火山・単発式。まぁ中級魔法の基本の部分程度のモンだよ。あんま自慢できるほどの魔法じゃない」
「へぇ、でも自分が持ってない力を目にすると、やっぱりどんな威力であれ凄いとは思うわね」
「そうですよ、ハイドさん。私なんか、何もないから……」
「何にも無いからこれから強くなるんだろ? まだ練習もしてないのに甘ったれたこと言うんじゃない」
「でも、私を呼び捨てにしたのは少し気に入らないわ」
予想外の横割り。いつものようなやりとりのなかで、新たに加わったシャロンは、その流れを断つ発言を無理矢理に押し込んできたのだ。
「これでも年上なんだから、さんだとか、様だとか。ちゃんだとかくんはつけてほしいわ」
「蔑称?」
「敬称!」
「えー……シャロン刀自で良いのか?」
刀自、それは年配に対する尊称である。それがお気に召さないであろうシャロンは、笑顔のままハイドの頭を片手で掴み、
「舐めたこというじゃない?」
その人間離れした力でハイドの頭を潰しに掛かった。
「よ、よく分かったじゃないですか。さすがご年配……っ!?」
ギリギ。頭蓋骨が音を鳴らす。ハイドは両手でその腕を掴み、引き離そうとするが、それが到底無理なことであると認識してしまうほど、万力じみたその力であった。
「し、シャロン……さん」
合言葉が合致した。そういうように、その言葉を吐き出すと、すぐに力が消え、手は頭の上から無くなった。
そうして、そんな事で力関係が決まってしまったのである。
それ以降、ハイドがシャロンに対してタメ口を利かなくなったのは言うまでも無い。