2 ――逃げ出した。しかし回り込まれた――
ハイドたちが向かう先は、迷うことなく門のほうであった。
何故か。それは勿論、最初から手伝う気などさらさら無いからである。ノラも同じくそう思っていたらしく、口を出さずにハイドの横についていた。
資金は少なからずある。心許ないが、仕方が無い。荷物をしっかり持っているのは、幸運というべきであろうか。
本来ならばあと一泊は出来たであろうモノを、わざわざ捨てるのだ。これで逃げられなかったら誰を怨めばいいのだろう、なんて考えていると、直ぐに門は見えてきた。
しかし、其処には既に例の兵士が回ってきている。ハイドは物陰に隠れて、溜息をついた。
「これは魔力消費が早いんだがなぁ……背に腹は変えられん」
そう嘆くように言いながら、ハイドは手をノラの肩に載せ、ノラが少しビクっと驚いたのを他所に、呪文を唱えた。
「ラミラトルウ、ラミラトルウ、我等の姿を一時的に全くの別人に変え給へ~」
間抜けな呪文とは裏腹に、強い光が足元に沿って、徐々に上へと上り始めた。ノラは空気を読んで必死に、漏れでそうな感嘆詞を押さえ、ハイドは気楽に眼を瞑る。
そうして――――2人はその光が全身を通過した。
姿かたち、全く異なる新たな身体を手に入れたハイドは、性別が異なっていた。金の鮮やかな長い髪を腰まで伸ばし、発育状態がよろしいスタイルを包むのは、黒いビジネススーツ。
ノラの方は、元の姿を更に幼くした5歳児であった。
「おら、抱っこしてやるからこい。その方が怪しまれねーしな」
女の声で何時もの喋り方をするハイドに、ノラは嬉しそうにその差し出す手の中へと飛び込んだ。
「話しかけられたら、女の子言葉の方がいいですよ」
人気の無い路地から大通りへと出て、カツカツと音のなる、歩き難いかかとが高い靴で道を歩いた。
随分と面倒な格好になっちまったと、そう心で思うと、なんだか最近、愚痴しか言ってねぇな、なんて次いで思惟する。
別段注目するわけでもない美貌を持つハイドは、難なく門へ。そうして、平凡すぎる美貌へと変化したハイドは、いとも簡単にその外へと出ることが出来た。
そうして、兵士の目の届かない場所まで移動して、魔法を制限時間が来る前に、任意で解くと、
「……なんかさぁ、普通アレなんじゃない? 男が女に化けたときって大抵こう、悪い男に絡まれたりするんじゃない?」
「絡まれたかったんですか?」
「いや、根が出るし目立つからいやだけどさ……、なんか、納得いかないって言うか?」
「それは、容姿が何処にでも居る普通の人でしたから……」
「まぁ、それならしょうが――――」
「待ってたわよ」
嘆息しながら言葉を返していると、突然そう声が掛かった。
どこかで聞いた事のある、嫌な声。ずかずかと、ずうずうしい登場の仕方で――――。
それは、背にした、街を囲む塀の上から飛び降りて登場した。
「目立ちたガールだなぁ。俺は目立ちたくない。人物名でなく」
「貴方達旅人でしょ? 丁度いいじゃない、私も連れてってよ」
「やだよ、次に仲間にするのは、屈強の歴戦の勇士だって決めてんだよ。因みに男な。女ばっかじゃ媚びてるみたいでヤなんだよ。いろんな意味で」
「性別以外は一致してるわよ。私の実力見たでしょ? 武器も、剣類に弓に槍に斧、なんでもござれよ」
長くクセのある髪を掻き揚げながら、手ぶらの女は胸を張っていった。ノラとは違い、十分に発育された身体であったが、それはハイドにとってどうでもいいことであった。
「性格に難がある」
そんな理由があるからだ。
身体にぴっちりとしたタートルネックに、スパッツのような短パン。膝上までを包帯で巻き、ブーツを履くといった妙な服装も理由のひとつである。あまり関わりたくないといった意味で。
「すぐに慣れるわ」
「直す気は無いんだな」
「あったりまえよぉ」
会話にならん。そう溜息をはいて、今度はノラへと意見を求めた。
「ノラ、コイツを諦めさせるようになんとか言ってくれ」
「わたしはノラといいます。是非仲良くしましょう!」
「おい馬鹿何言って――――」
注意する間がない。そんな速さで、嬉しさに目を煌めかせたその女はノラの手を握り、大きく振って、
「私はシャロン、よろしくねノラちゃん!」
――――ハイドは逃げ出した。しかし回り込まれた。逃亡を図った愚か者が、失敗したときに虚しく流れる、どこかで聞いたことが在るようなフレーズが、頭を過ぎった。
俺には逃げることすら許されんのか。だが、あの兵士から逃げることは出来たぞ?
なにがなにやら分からぬ現状で、済し崩すことも無く強制的に仲間に入ってきたシャロンを横目に見て、ハイドはただ零れ出る溜息をそのままにうな垂れていた。




