第3話『不本意に仲間加入』
「お父さんが遺してくれたお金が底を尽きました」
ノラは上等な毛皮のローブに、弓、数十本の矢が収められている筒を背負ってそういった。
潮の香りがする貿易都市の港側。武器防具、その他の店が格安という事で訪れてみたものの、1時間もしない内にノラはそう口にした。
空は蒼く広がるいい天気。暖かな日差しだが、2人の懐は極寒の最中である。
「早い所、この翼とか角を素材屋に売りに行かないとだがな……何処にあんだよ」
リュックからはみ出る翼を横目に見て呟くと、屋台で武器屋を営む主人は唐突に口を挟んできた。
「素材屋なら港の端っこのほうだが……随分立派そうな翼だね。どう? 100ゴールドから」
「桁が4つほど足りないので無理です。ありがとうございました」
適当に言葉を投げながら、店主の前から退場。言われたとおりの場所へと向かうために、港へと歩いていった。
港の入り口付近の屋台が並ぶ場所から、大通りの如く広い道を歩く。割合に短いそこを抜けると、目の前には壮大な海が広がっていた。
絶え間なく吹き続ける海風。潮の香りが鼻につく中で、やはりそんな光景を見たノラは非常にはしゃいでいた。
うわぁ、とか、すごい! などの感嘆詞を連続して繰り返すノラをチラリと一瞥してから、ハイドは慣れた様に先を進む。
それでも決して出遅れずに着いてくる所を見て、ハイドは改めて海のほうへと目を向けた。
広い人造石の防波堤が広がり、その向こうに、海に浮かぶ大きな船が何隻か停泊している。貿易都市というだけあって、海の向こう側との貿易も多いのであろう、その停泊する船は、人が数百人が乗れるほどの大きさを有していた。
そして船の近くに人だかり。一隻は大きな荷物を数十人掛かりで運び降ろし、比較的大通りに近い一隻は、大勢の人を吐き出している。それらが同時に行われる港は、大きい割には案外雑な造りらしい。
そうしてその海の、水平線近くに小さな黒点。船であろうその点はどうやらこれからどこかの国へ向かうらしく、やがてその姿を消していった。
前を見ないと人にぶつかりそうなほど多くの人が忙しなく動き回る中で、ハイドたちは比較的穏やかに、港湾の端を目指した。
その、小さく構える店へと。
「――――誰かソイツを捕まえろォッ!」
それなのに、何故だか問題ごとが付きまとうかのように、背後から大きな足音と、小さな叫び声が聞こえてきた。
無視してもいいのに、ハイドは振り返った。捕まえはしないが、無視して何か理不尽な文句を言われたら嫌だからである。
そうすると、目に飛び込んでくるのは何やら黒い影。目に映るという言葉だけではなく、実際に飛び込む姿があった。
「助けて!」
「断る」
ハイドはすかさず身体を斜めに、飛びかかってくる影を見事に避け、それはハイドが先ほどまで居た場所へ落下。バチンと強く地面に叩きつけられ――――だがそれは素早く立ち上がり、ハイドの陰に隠れる。
まともに姿を見ていないソレは、声でどうやら女性らしいという事しか判断できていないのだが――――。
「お前等、ソイツの仲間か……? まぁ良い。大人しく渡せば眼を瞑ってやる」
「喜んで」
堅苦しいくすんだ抹茶色の上着とズボン、紋章のようなソレが着いた帽子を身に纏うソレは軍兵であった。そして息を乱してそう言う男の後ろから続けて2人やってくる。
海兵に向かって立ちなおしたハイドの背にしがみつくソレは、リュックに強く抱きついていた。
「助けてドメスト!」
「あ? 徹底除菌するぞこの野郎」
そんなやりとりの一方で、なにをどうしたらよいのかわからないノラはあわあわして海兵とハイドを交互に見ていた。
ハイドはしがみつくソレを払いリュックを脱ぐと、ノラに渡し、
「とりあえずコレを売り払ってきてくれ。最低で10万。相手を少しでも不審に感じたら俺が行くまで待ってろ」
「は、はい!」
両手で荷物を受け取ったノラは慌てて、その端に在る店へと駆け出した。
その姿を見てもノラを追おうとしない兵は、どうやら本気で仲間と思っているわけではないようであった。
「養護するわけじゃあないが、コイツは一体何をしたんだ」
ハイドが聞くと、追いついた2人のうちの1人が、軽く咳払いをして口を開く。
「機密事項なので言えん。申し訳ない」
それを聞いて、ハイドは肩へ伸びる手を掴み、強引に前へと引きずり出した女性を、自身の前に置いた。
「な、そ、それでも人間――――」
「別に構いません。事情は知りませんが俺には関係ないので」
「ちょ、待って、話を聞いて」
風によって黒く長い髪が、石鹸の良い匂いを漂わせて顔に張り付く。だからこそ、ハイドは強く、前へと突っぱねた。
「野郎、自分の力で何とかしろ」
指を指してそう吐き捨てて、ハイドは背を向く。――――その直後、轟音が地面を揺らし、ハイドは思わず立ち止まった。
叫び声が後ろから聞こえた。そして刃物が鞘から抜かれる音、小さく響く大勢の声などが耳に届いた頃に、ようやくハイドは後ろを向くと……。
「私の力でなんとかしましたが、こうなりました」
誰一人傷ついていない。だがただ1人、地面に大きな凹みを作り、その中心に立つ先ほどの女性がハイドを見てそう返答していた。
3人の兵に囲まれ、やがてその様子を見て駆けつけた応援10人。計13人に囲まれた女性は、困ったように笑い、
「……どうしよう」
「知るかよ、つーか話かけんな」
ハイドは前を向きなおし、全力で駆け出した。そうすると――――。
「待ってよ」
直ぐ横にその女性が、余裕の顔して追いついた。
そうしてソレを追う兵たち。生憎にも端っこの店に向かうために、逃げ道は無い。横道も路地もない港湾は、大きく口を開ける大通りからしか出られないのである。
全く関係のないハイドは、やがてやってくる袋小路という結果に肝を冷やす。
背筋に冷たい何かが走った。
無罪なのに、犯罪者であろう女性に巻き込まれたが故である。
「助けてってば。何でもするから」
「いやもうホントに勘弁してくださいよ!」
「本当に、お願い」
「こっちからも熱烈にお願いしますから」
そんなどちらも退かぬやり取りを続けて――――2人の足は止まった。
兵を撒いたからではなく、逃げ道がなくなったからというのは勿論のことである。
「無駄な抵抗はよせ、お前等」
完全に仲間だと認識されてしまった様子。
「等っていうな、等って」
「たてつくな! 我等は『クーイン大陸』の先進首都である『ズブレイド帝国』より派遣された第1小隊である!」
「…………」
ハイドは言葉を失った。ズブレイド帝国とは、軍事国家として世界的に有名で帝国主義が逞しい国である。
一言で言えば厄介で、だが頼もしい。敵に回さない限りは十分頼りに為る存在だが、一度目を付けられればその強大な力で粉砕されてしまう。
それ故に、大きなダメージを喰らった国はそう少なくは無い。だが滅ぼされた所は無いので、誰もが手を出せずに居た。
最近は滅法静かで落ち着いていたのだが、この男の話によると派遣が云々でこちらに来たらしいとの事だ。問題が起こって突撃したという事ではないので、今回のことは大事ではないようなのだが……。
「その者は無断で我等が軍船に乗り込み、身を潜めていた。工作員容疑で……」
なにやら、長々と喋りだした男を見て、こいつは参ったな。なんて考えていると、
「困っちゃったね」
なんて他人事のように話しかけてきた。
「お前は一回捕まったほうがいいと思うよ」
「私捕まったら君も捕まるよね。だって逃亡幇助したんだもん」
「……もう」
言葉にならない感情で埋め尽くされ、抜け出したくとも抜け出せない状況に――――そのうちハイドは、考えるのをやめた。