8 ――夜は短し殺せよ魔族――
空を舞い、やがて地に降り立った。その瞬間を狙って、ハイドは大きく開く間合いを、関係無しにと剣で虚空を袈裟に切り裂いた。
「剣風よ牙を剥けェッ!」
そうして刃から放たれる斬撃。昨日と同じく逆光で姿が影にしか見えないカクメイは予想外の先制攻撃を避けられずに、その身体に大きく切り傷をつけていた。
血が飛び散る。夕日の中では黒く染まるが、果たしてそれが本来何色なのか、ハイドには分からない。
カクメイは唸りながらその手を前に突き出す。ハイドは次いで剣を切り上げた。
ビュンと音を立てて空気を切り裂き、カクメイへと到達する斬撃。今度は突き出した掌の、親指より上の部分が切り裂かれて宙を飛び、その背後へボトリと着地した。
「貴様ァッ!」
駆け出すカクメイ。その歩幅、速度を冷静に見極めて、ハイドは魔法を紡いだ。
「針鼠」
そう言葉を放った瞬間――――カクメイの足元から前方へと凄まじい勢いで地面が突出。錐のように尖った岩が数え切れぬほど足元から生えた。
そうして針地獄と化した目の前の其処に、錐に無数に突き刺さり身動きの取れなくなったカクメイが閉じ込められたのである。
「はぁ……っ、お前に順番は渡さねぇよ」
ヒューヒューと、穴が開いたように呼吸する音が耳に届く。どうやら穴だらけで返答も出来ないらしい。ハイドは鞘に剣を収めると、両手を赤く染まる天へと掲げ、そこへと全魔力を注ぎ始めた。
「喰らえ……収縮式――――」
頭上のソレが、実体化し始めたその頃――――計ったように、それは行動を起した。
轟音を鳴らしながら崩れ始める針地獄。土煙を上げながら、凄まじい速度でそこからハイドへと迫るカクメイが、残った手を伸ばし……。
魔法を慌ててスタンバイし、腰から剣を抜こうとするが、身体能力において魔族に勝てるはずも無く――――その首を手にされ、そこを軸に、勢い良く地面に叩きつけられた。
異常なほどの力。首の骨がミシリと音を鳴らす。折れていないだけマシというものだろうが、そのせいで身体が僅かに麻痺状態になる。
肺の空気が残らず吐き出され、僅かに意識がトぶ。なんて脆い身体だろうかと自嘲する暇も無く、穴だらけで血まみれ、その血を垂れ流すカクメイはニヤリと笑い、
「仇討」
瞬間――――身体に激痛が走る。何の行動もなしに傷だけが鮮明に現れる感覚。思い込みで火傷が現れるような、行動と結果がそぐわない状態。
カクメイが手を離し、立ち上がる。だが何故か、呼吸が出来なかった。
視界が赤く染まる。右手の平より上が妙に熱いので見てみると、親指より上は存在していなかった。
そのまま、身体を触る。――――そこは穴だらけであった。地面に溜まる血が妙に暖かく、だが恐ろしいほどに、体温が下がっていくのを如実に感じていた。
まさかの一発逆転。受けたダメージを全て、カクメイは返したのだ。ハイドへと。
これでは一撃で息の根を止めなければ為らないではないか。しかも、そういうカクメイに限って、無駄に体力があるのだ。
足が、腕が、全てが既に動かなくなっていた。――――治癒魔法を使おう。そう考えたが、先ほど魔力を一撃必殺の攻撃魔法に込めてしまったせいで回復は出来ない。
スタンバイ状態だが、今の状況で魔法を発動できるとは到底思えなかった。
「馬鹿が、何も考えずに向かってくるからだ。中級者のすることだな。ある程度力があると驕って自分より何倍もの力を持つ敵へと挑んで死ぬのは……」
カクメイは醜く笑顔を作りながら、ハイドの顔を覗きこんでいた。ハイドにはソレが分からない。だが、上から声がする、というのは辛うじて判断できた。
――――運命の女神はどうやら、ハイドに微笑みかけたらしい。
スタンバイ状態にある魔法の発動条件は、自身と対象が1メートル以内に居ること。そしてハイドが穴だらけという重傷を負っても死なないのは、カクメイの急所が人間と同じ場所にあるから。――――つまり、カクメイはある程度の運動能力を残すために、足と、急所のある胸は勿論、首、頭を軽症にしていたのだ。
「雷槌」
カクメイの頭上、もといハイドの見上げる空に、紅い空を染め上げる眩い光が現れ――――間髪おかずに、電気の塊であるソレは、槌の如く振り下ろされた。
凄まじい電量、電圧、電力、放熱。全てを圧倒する勢い。見上げる時には既にそれは眼前に迫り、身動きは出来ず。
白く、眩く染まるそれは、一瞬にしてハイドを中心とする一帯を包み上げていった