7 ――季節概念の無い夕方の真ん中 夕日の下――
少しばかりの談笑と、魔族に関する情報を聞き入れているとやがて昨日の焼け野原に到着。
辺りはまだ明るいが、外に出て西のほうを見上げると、そこは既に赤く染まり始めていた。
「なんかこう……ドキドキしますね」
ハイドの手を借りてようやく地面に降り立つノラは笑顔でそういうが、ハイドの表情は芳しくない。
「どうしたのですか?」そう聞こうとして――――不意に、ハイドが言葉を発した。
「強制睡魔」
発した言葉が、何かの暗示のようにノラの耳に入ると、何故だか、突然に、眠気が脳を襲ってきた。
いつもならば、あぁ眠いなぁ、と我慢できるものも出来ず、意識が、強制的に断たれていくのを、ノラは訳も分からぬままに感じて、やがてノラは体勢を崩した。
前に倒れる身体を支えるハイドの腕は優しく、そうして力がどんどん抜けていくノラの身体を、再び馬車の木製の硬いベンチに寝かせて、御者に、
「門から入って直ぐの宿屋に連れて行ってください。その後は店員さんがやってくれると思うので」
馬は既に、来た道を振り返っている。いつでも帰る準備は出来ているその馬車に乗る初老の男は、頷き、無口のまま手綱をピシャリと振った。
馬は小さく唸り、やがて歩き出す。見る見るうちに個室を載せた上等な馬車は姿を小さくしていき、やがてその場には、剣一本しか持たない、どうも心許ない少年1人が立ち尽くすのみとなった。
「ってか、今日来るとは限んないんだよなァ。毎日来る、みたいな事いってたけど……」
あの大火傷だ。いくら魔族と言えども一晩やそこいらで完治できるとは思えない。その上、下手をすればハイドを探すための旅をしているかもしれないのだ。
また逢ったら、なんて台詞は意図的に逢うための伏線を引いているようにも思えるし――――だがどちらにしろ、今日来る必要性はあったのだ。
仮に傷が完治していなければ、そこを一気に叩けるし、完治していても昨日みたいな『目くらまし』ではなく、実害のある技を放てばいい。
そもそも来なければ時間が出来て作戦が立てられるし、など。割合、条件的にはハイドに分があるらしかった。
西日は如実に辺りの青空を侵していく。暇をもてあましたハイドが空を見上げていると――――不意に何処からか、熱烈な視線を感じた。
グルルルルと背中越しに聞きなれた唸り声。「おいおいまた君かい?」なんて軽く振り返ると――――其処には10体近くのキラーウルフが。
ハイドは1つ作戦を立てる。『魔力を節約』と。
そうして鞘から刃渡り7、80センチほどの適当な重さを持つ、幅広の剣――ブロードソード――を構えた。
これはハイドが溜めた金で初めて買った武器であった。銅製の、剣としての役割を果たさない雑多な武器よりもまともだが、少しばかり値が張る剣。
勇者の武器としては少しばかり心細いが、実戦経験が少ないハイドにとって強力すぎる武器よりもこちらのほうが扱いやすかったりする。
「来い!」
キラーウルフが同時に3匹駆け出したところでハイドは高らかに叫んで、同じく駆け出した。
瞬く間に迫り、鋭い牙を煌めかせた3匹が3匹とも互いに遠慮せずに地面を蹴り、大きく飛びあがって襲い掛かる。
目前、本当に数瞬後にはその身体に牙で致命傷を与えられるという程の距離で――――キラーウルフは横一線に並んだ。
「卑しい犬畜生めっ!」
バックステップ、サイドステップでは避けられない間合い。だがそれは、屈むことで難なくキラーウルフの視界から消えることが出来た。
そうして頭上を通過していく3匹の狼。アーチに並ぶその下から脇に出て、ハイドは振り上げた剣を思い切り振り下ろした。
腕の少し後ろのほうで、肉の切る感触が障害となる。それを確認して、力いっぱい振り下ろすと――――その鋭い刃は、並んだ3匹の狼の腹を、力強い一閃で纏めて断ち切ったのだ。
血の雨が降り注ぐ中、慣性の法則にしたがって別れた上半身と下半身はハイドの頭上を通り過ぎ、やがて地面に叩きつけられた。
血の嫌なにおいが鼻につく。3匹の死骸へと目をやると、四肢をピクピクさせその生命力の強さを見せ付けていた。どうやら未だ死骸ではないらしい。だが無論、動けるはずも無く、そのまま息を引き取るのみである。
そうして一息つこうとすると、既にもう1匹がすぐ其処にまで迫っていた。
嘆息しながら縦に一閃。芸が無く飛びかかってきた狼の頭のみを砕き、切り裂いてハイドは素早く横に避ける。
司令塔を失った狼はそのまま数メートルを猛スピードで跳んだ後、ズサァと音を立てて土を抉っていった。
「……あぁ、無常」
背後に並ぶ死骸の頭に収めながら、ハイドは剣に濡れる血を振って払う。
そうしていると、ようやく飛びかかるだけの戦法では無駄だと悟ったのであろう狼達6匹は、それぞれハイドを囲むように円を作り出す。
「結局昨日と変わんねェじゃねーか。やっぱ猫科だよね、動物は」
唸り続ける。舌を出す狼も居た。だが決して視線を背けないのは6匹全て変わらない。
ハイドは1つ嘆息する。
「コレじゃ埒があかねぇよ」と、呟いた直後――――唐突に右方向へと剣を投げる。
肉が潰れる音がして、血がジュクジュクと迸る。見事にその首筋に剣が突き刺さった狼は、そのまま地面に倒れ伏している。
ハイドは強く地面を蹴って、一度の跳躍で距離を詰め、剣を引き抜いた。血が尾を引く。自分に掛かるのを注意しながら、一番近くの狼へと、また跳んだ。
宙で大きく振り上げ一閃。当たり所が悪く、前足の少し前の首筋を中途半端に切り裂く。短い断末魔を上げながら狼は倒れ、口から血泡を大量に吹き出すのを見ながら、次いで獲物を探し、跳ぶ。
狼なのに攻撃を避けられず、咄嗟に逃げることも出来ずに――――やがて全滅した。
見るに絶えないであろう屍たちに、弔いだと、火葬する。肉の焼ける臭いが酷く嫌だったが、仕方が無いと首を振っていると――――空に浮かぶ、1つの影が視界に入った。
鳥にしてはやけに大きい。そして形が異常。気配、殺気共に覚えがある。
そうして、ひらりひらりと舞い遊ぶように姿見せたのは当然の如く『カクメイ』であった。