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13 ――掌で鼓舞――

国を挙げての大騒ぎが収束へと向かい、丁度それに合わせた様に日が沈むので、街人や国王もそれぞれの場所へと戻っていった。


玉座の間を一見したとき、ハイドが居ない代わりに魔族が居た。恐らくその魔族こそがハイドなのだろう。話す事は勿論、姿を見せることも嫌だろうが、助けてもらった手前礼はしなければならない。


彼が望めば王の地位をくれてやることさえも覚悟していた。サミュエルはそう考えながら、まだ生き残り元気があった兵隊たちによってマートスの死体が片付けられてから、事件の中心へと足を運ぶ。


だがその時には既に、ハイドの姿は何処にも無かった。






全てが終わったのに身体が戻らないのはやはり――――最悪の状況だ。


纏わり付く問題事が消えてからやってくる現実味は、ハイドをそうして苛んでいる。


シャロンから外套を貰って、ノラには明日の朝まで待っていてくれと頼んでさっさと城を、そして国を飛び出してハイドは街を囲む外壁を背に座り込んでいた。


「どーしてこうなっちゃったかなぁ」


始めはショウメイという女魔族に身体を乗っ取られそうになったことである。それから寝込んで、精神下で何故かショウメイと仲良くなって――――倭皇国で巫女の如月にショウメイを殺してもらった。


それで乗っ取りは失敗に終わるのだが、その如月は体内にまだショウメイの気が残っていると言った。乗っ取ることは出来なかったが、身体を魔族にする段階は半ば成功していたという事だ。


だから彼女はそれも治してあげようと言ったのだが――――仲良くなったショウメイが消されたことに、自分勝手に苛立ってしまった。


命を助けてもらったというのに。そしてその時に断ったせいで、魔人化の度に魔族の身体はハイドに馴染んできて、そして今回、もう戻らなくなってしまった。


「アイツはあの世でなんて言うかな」


ポケットをまさぐって取り出すのは、かつて所持していた美少女フィギュア――ベルセルク――の頭部である。他は盗賊に拉致された際に切り刻まれ燃やされてしまったのだ。


そしてコレは貰ったものであり、くれた張本人は魔族に食われてしまったのだが――――その魔族が盗賊の住処に突っ込んで取ってきてくれたのだ。


確かな意図があってかは分からない。だが最後に遇った時もその友人の影響が僅かにあったので、恐らく無意識で取ったのだろう。


そしていつかその魔族――テンメイ――とも決着をつけなければならないだろう。彼は二度戦って二度とも勝敗付かずに終えているのだ。


ウィザリィのソウジュとも、まだまともに戦っては居ないし――――暇なのでそう物思いに耽っていると、突然目の前の地面に魔法陣が現れた。


人一人分が立って余裕があるくらいの大きさのソレは輝き、光の柱を作り出しながら、幾重にもなる円は回転し、その中の魔法文字も蠢いて――――より一層光が強くなり、そうして収まった瞬間、その時には既に、ソイツは現れていた。


月が昇り明るく照らされる闇の中。その男は外套のフードを被り、だが見える口元は静かな笑みを浮かべている。


ハイドは魔族の格好に似つかわしく無いような三角座りから壁を支えにして立ち上がり、羽織る外套を隣に落としてソレを見据えた。


「結果は成功、か。ううむ、十分な功績じゃあないか。これで全ての罪は帳消しで決定だ」


脳に刻むように呟く男の声。低く、しわがれた声は嫌になるほど聞き覚えの在るモノであった。


「だがどうにも物事が大きくなりすぎてな。国に入ることすら面倒になって、結果を見ることすらも難しくなったが――――貴様のお陰で助かった。最も、こうした事を見越して貴様に吹っ掛けたのだがな」


そう肩を弾ませるように笑いながら、男は懐から掌一杯に収まる程の何かが詰まった布袋を、ハイドに投げ渡す。ハイドは慌ててソレを受け取ると金属音が鳴って、手の中に、ずっしりとした確かな重みがあった。


「貴様がこうなる事は分からなかった。だが『そう』なったからには長生きするだろう。元が少なくとも、強かったんだからな。ソイツは今回の礼金だ。不要だとは思うが――――」


男の台詞が終えぬ間に突き刺すハイドの剣は、一瞬にして男の顔横を通り抜けて――――切っ先に突き刺さるフードは翻り、その男の顔を月明かりの下に晒した。


皺の多いアークバの顔は、眩しそうに目を薄めてハイドを見ていた。


「人と話すのに、顔くらい出したらどうです?」


「ふっ、人か……。確かに、人と話すんじゃあ、フードは取った方がいいなあ?」


アークバはハイドの姿を舐めるように足元から眺めては、そうに馬鹿にするような口調で一歩下がり、乱れた外套をしゃんと直してから居直った。


「言っておくがな、貴様がこうして私と話していられるのは聡明なシャロンのお陰なのだぞ? あの老獪な娘――――とは言い難いが、あの女が貴様の事情を話していなければ、こうしてやってきた私に退治されていた。最も、私の方が聡明であるために、戦いの最中に感づくやも知れぬがな?」


心底どうでも良いと思わせることを自慢げに話して鼻を鳴らす。ハイドは肩をすくめて溜息をついた。


「師匠……、レイドもソレを知っている。最も奴は最初から魔力けはいで気がついていたらしいがな。だから少なくとも、――貴様が事情を話せばロンハイドと――ウィザリィと、ズブレイドは貴様に好意的に接するだろう。公には出来ないが、な。接触方法は追々話す。我々にとっても貴様は珍しい、無下にはせんし、それで人間との繋がりは少なくとも繋がりっぱなしだ」


「俺はずっと、アンタの掌で踊り狂っていたってわけか?」


ハイドが睨みながら問うと、今度は彼が肩をすくめて、


「貴様に限ってというわけじゃない。役者ゆうしゃは皆、世界の上で踊らなければならない。役立たずだろうと、役に立つ機会が無かろうと、役に立たなければなかろうと……」


「役に立つって、なんだ?」


「人それぞれだ。魔王を倒すことで役に立ったと誉められるかも知れんが、そのお陰で武器が売れていた産業都市からは文句を言われるし、荷物運びをしただけで誉められることもある。だが殊勇者に限っては『世界の役に立つ』と言う事だ。だから究極的にはやはり、魔王を倒すことかもしれぬな」


ハイドはそれを聞いて暫しの沈黙を置いた。それをなるほどと納得できるように自分自身を説得して、やはり自分は『ハイド=ジャン』だったんだなと、心に刻んでいると、アークバはそっとフードを被りなおした。


「そろそろ帰っても良いか? 貴様は貴様が思っているほど、今までと特に変わらなくなったって分かったんだし」


「ちょっと待て。やっぱ釈然としないからさ――――最後に謝ってくれよ。素直に言ってくれれば俺は」


「いや、私が言ったのでは貴様は来ないだろう。貴様は私の事が嫌いなのだし。でも今回で好きになれただろう?」


「うっせーハゲ」


思わず口がプロスケーターのように見事なすべり具合を見せて高得点を狙えるほどの自然さを醸しだすと――――その瞬間、遠くの方に炎が燃えるのを見て、


「ッ!?」


――――気がつくと、瞬間移動でその中へと連れ去られていた。


炎は円形に状況フィールドをつくり、どうにもそこを抜けて逃げるのは難しそうである。


空を見て瞬間移動で逃げ出そうにも、空中で止まった時点で仕留められそうであるし――――そもそも今、魔法が扱えない。


円は大体半径十五メートルほど。端から端までならほぼ一瞬で移動できるだろう。恐らく勢いを殺せず炎に突っ込む結果になるだろうが。


「貴様、言ったな? 呟いたな? 口にしたな? ほざいたな? 甘美な――――死の言葉をッ!」


アークバがハイドを強く睨んだ瞬間――――以前と同じように足元に魔法陣が現れて、


「ちくしょッ!」


地面を強く蹴って回避すると、次の瞬間、先ほどまで立っていた場所に、周りの炎より数段強いソレが火柱を上げた。


ただ謝って欲しかっただけなのに――――喉の奥に飲み込まれて行く泣き言を言えないまま、ハイドは飛来する黒い弾丸を剣で弾き返した。


だが――――賢者の肩書きは伊達ではない。目の前から無数の弾丸が底無しに飛んでくる一方で、頭上から炎で作られた蛇、否、龍が降り注ぐのだ。


突然迫るソレにハイドは判断を急かされて――――大きく跳び上がり、炎に屈さず溶けることもしない、信頼性に富むその剣で炎龍を縦に切り裂いた。


凄まじい熱量がハイドを襲う。頬が火照るなどという次元レベルの話ではない、それは本当に、近づくだけで肌を焦がすのだ。


そして炎の蠢く音である程度の小さい物音ならかき消されて、直前にまで迫った弾丸は、そこまでの近さにならないとハイドは気づく事が出来ずに――――切り裂いた直後という状況で反応できるはずも無く、数発の、魔力で固形化された空気の弾はハイドの腹を貫き、頭を掠って過ぎ去った。


衝撃に身体は大きく飛ばされ、放物線を描きながら、ハイドは『ファイヤーウォール』の手前に叩きつけられた。


視界が大きくぶれて、その激しい衝撃に傷は強く痛む。だがそんな事にかまけている暇などなく、ハイドは倒れると同時に地面を転がりながら立ちなおす。


だがまた直ぐに、弾丸が飛来する。それは真っ直ぐ額のド真ん中を狙っていて、情けなく感じた恐怖に、一瞬であるが身体が硬直して、だがそれ故に、対応が間に合わなくなって――――無意識に視界を横切る黒い何かが、ソレを打ち消すのを見た。


黒い、何か。誰かが助けてくれたわけではない。この場にはハイドとアークバしか居らず、怒り心頭の彼がそんな小細工をするはずがない。


怒ってるんだから少しは分かりやすい攻撃をして欲しいな――――そんな思考を馬鹿な事だと思いながら、先ほどのソレを、魔法を扱う要領でやってみる。


漆黒雷槌ブラックサンダー


強く集中すると、身体からは黒く染まる電撃が弾け、迸り始めた。


――――断罪する白い稲妻は、魔族になった途端に黒く染まる。果たしてコレに断罪の余地はあるのだろうか。そもそも電撃に弱いのだから恐らくはあるのだろう。


ハイドは自問自答する。魔族全般に強い能力を持つ魔族か……と。


そしてそうする余裕があることに、ハイドは気がつくと――――対面するアークバは怒りなど当の昔に治まっていた様に、嫌らしく微笑んだ。


恐らく、何かにつけてハイドの力を見たかったのだろう。勿論、ハイドから吹っ掛けてくる前提で。


研究熱心な事だと吐き捨てると――――同時に視界が僅かにブレた。


それもそのはず。朝から戦いっぱなしの上に、先ほど大きな戦闘があって、全身創痍。その上に、それを上回る濃い戦いが今繰り広げられて、また傷を負ったのだ。


整う事の無い乱れた呼吸を、震えた腕を、ハイドはそのままにしたまま剣を構えた。


額から流れる血で視界が霞む。記憶混濁の激しい頭は、腹部から流れる血が一体いつから衣服を濡らしているのか分からなかった。


だが疑問を疑問のまま解消せず、また出来ずにいる魔族ハイドは剣と同じく芯の通った立ち振る舞いで、アークバを睨み返した。


「既に死に体の筈。何故まだ立ち上がる?」


低く鈍い声が大気を振動させた。それは無論、彼の前で倒れたらどうなることか想像を絶するし、そもそも彼に負けるということが嫌なので――――ハイドは酷く嫌そうに首を振って、口を開いた。


「何故って、アンタが其処に居るからだよ」


登山家が口にしたという台詞を変えてハイドは答えた。だがそう言った直後に咳き込みそうになるのは、カラカラに乾ききった口腔が理由であろう。


「その返答は、貴様のような小生意気な小僧は皆口にした」


「知ったことか」


見た目不相応に――――少年らしい口ぶりをするハイドに、相対する外套で包まれる不審者アークバ


決して逃れることの出来ない炎の中で、ハイドは次いで声を荒げた。


「唸れッ!」


ハイドが大きく剣を振り上げた。その直後に体中から迸る漆黒の電撃は、ハイドの眼前に塊となって収縮し始める。


一点圧縮ジップロック漆黒雷槌ブラックハンマーッ!」


大きく振り上げる隙に反応しない紳士っぷりを見せるアークバに対して、ハイドは構わずその剣を振り下ろして――――雷槌の尻を強く叩く。


そうして巨大な塊は飛び出るようにはじき出され、胴を伸ばすごとに、一刹那毎に身を槌に形作り――――轟と、空気を喰らうように唸りながら、一瞬にしてアークバへと迫った。


アークバは予測しきったソレに手を突き出し、向かってくる故に巻き起こる暴風に頭を黒い光を照らせながら、呟いた。


「――――、――――」


囁くようにした言葉は巨大な電撃の炸裂音に消える。誰にも聞こえないし、ハイドはそもそも姿が見えない。


一瞬、漆黒の槌が電撃の速度でアークバへと迫るに要した時間である。


そうして長きに感じる時間を使って、槌はまず突き出される右手に触れるのだが――――右掌が、電撃の先が、共に触れ合った瞬間。


その漆黒雷槌は元から放たれていなかったように、姿を消した。


一瞬よりも速く、そもそも時間を要して行われた魔法なのか。否、恐らく時間系列を狂わせるものか、事象を操る魔法か――――。


短く息を吸い込んで、思索する。心を落ち着かせるために、また息を吸って――――。


アークバへと到達したのは、その漆黒雷槌が消滅した次の瞬間であった。そうして同時に、無防備に構えるアークバへとハイドの剣は降り注いだ。


が――――、その鋭い白刃がアークバの頭に触れた瞬間、それは幻影のように消え去って、それと同時にハイドは背中に強烈な人の存在感を感じた。


剣は止まることなく、既に消え去った幻影を切り裂いて……。


背中に当てられた手からは、いつでも殺せるぞというような魔力がハイドを脅す。


「自分だけ一方的に姿を消せたというわけじゃない」


幻影を作り出して、その間に避難。そしてまるで掌に触れた瞬間に消滅したという風を装って、背後を取った。ハイドはその一言で全てを理解し、負けたと、剣を地面に落として両手を挙げた。


アークバはソレを見て指を鳴らし、炎の壁を消し去ってから、距離を取った。


そうしてハイドが振り向くのを待ってから、口を開く。


「発展途上。元々、人間の時ですらまだ強くなる余地があったのだから、潜在能力は跳ね上がってるだろう――――強くなれよ。ハイド=ジャン」


アークバは自分が言いたいことを言い終えると直ぐに足元に魔法陣を展開させて、また一瞬にして姿を消す。


そこで、ああ『瞬間移動』でアレを消したんだなと、ハイドは理解してその場に倒れ込んだ。


見上げる空はハイドの肌と同じような漆黒で、煌めく星の在る夜空は、闇夜を照らす月夜は、より一層その深みを強めていくところであった。

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