6 ――仕事承認――
仕事には様々な種類がある。それは年寄りの介護だったり、ただの買い物の荷物持ちだったり。はたまた要人の護衛や、暗殺。魔物退治や保護などその幅は気が遠くなるほど広い。
そして、その仕事は値段によってその難易度が変わってくる。1千ゴールドの仕事ならば、愛玩動物の散歩だったり、1万だったら年寄りの世話。
10万だったら数体の、その地域に対してそれなりに邪魔になる魔物退治。
三桁に行くと、それは社会的生命を賭ける要人暗殺や、命がいくつあってもたりない魔物を狩りにいく、死と隣り合わせに為り得る仕事。
それ以上は、その仕事斡旋場で認められた猛者以外、受けることが無いので一般的ではない。
「ひゃ、百万ですか……」
だからこそ、ハイドは思わず度肝を抜かれているのだ。
「百万だ。日が暮れた辺りに、ここから馬車で3時間ほど離れた所に出没する魔族を退治してもらいたい。ヤツが現れるようになって魔物は増えるわ、強くなるわで迷惑しているんだ」
「へぇ魔族ですか……、強いんですか?」
なんとなく心当たりがあるが、どうにも不確かで間違いかもしれないという気持ちが大きいので聞いてみた。
「直情型で魔族の中ではまぁ、弱い方だろうが……力と体力が有り余るせいで、今までで5人が犠牲になっている」
どうやら厄介なことに『カクメイ』を狩れという事らしい。面識がある敵と戦うのはあまり隙ではないが、どちらにしろ相手も『今度会ったら殺す』見たいな事を言っていたし、別にいいかなぁ、なんて考えたりしていると、
「ち、因みに今まで挑んだ人数は……?」
隣で静かに立っているだけのノラは恐る恐る口を開いた。
「5人だ」
「……あの魔族って結構強かったんですね」
「ですね」
ハイドは適当に返すと、
「それじゃ、馬車を用意してくれ。それと退治するってのは、更正させるのか、それとも殺すのか?」
「生死不問だ。好きにしろ。馬車は手配するが……いつにする?」
男はノリノリになってきていた。どうやらこの場で割合年少に含まれる外見のハイドを本気で信頼しているように見えていた。
だから――――
「おいおい、ホントにそんな餓鬼があの化物を倒せんのかよ」
だの、
「んなわけネーだろ。前金貰ってトンズラこくだけだよ。おいマスター、気をつけたほうがいいぜ」
なんて冷やかしが入って、辺りは何だか和やかではない、悪い意味での騒がしい雰囲気に包まれた。
「ハイドさん……」
心配するように声を掛けるノラに、
「まぁ、俺も倒せるか分からんし、何も言い返せないな。――――それじゃ、馬車はその夕方に到着するように手配してくれ。今日中に」
「今日中って……それじゃ今から行く事になるぞ」
「……、それじゃその前に、昼飯をお願いします」
そんな台詞で、少しばかり自分の中で崇拝していた何かが少し崩れたような表情をする男は「あいよ」とだけ答えて奥へと引っ込んでいった。
ハイドはそれに少しばかり満足して、立っている横にあるカウンター席に腰を下ろす。ノラは続いて、その隣へ。
背後からコソコソと、いまだ何かを囁き続けている野郎共に一体どんな捨て台詞をはいてみようかと考えると、ノラが落ち着かない様子でハイドの服を掴んでいた。
「安心しろよ。ったく、こんな時にばっか子供子供しちゃって……」
膝の上でガタガタと震える手を載せるノラの手を、ハイドは上から被せて握る。そうすると、驚いたようにノラがハイドへと向いた。
そうして、無意識の内に行っていた行動に気づき、はっとして、
「す、すみません……こんなアウェー過ぎる状況に慣れてなくて」
「弱い犬ほど良く吼えるからな。口しか達者なところが無いから仕方が無いんだよ」
わざとらしく大きな声で『吼える』。すると案の定、直ぐに何かを蹴飛ばして早足でハイドに迫る足音があった。
ハイドは胸倉を掴むだろうと考えて振り向くと、直ぐ底にまで迫っていたガタイの良い男が、やはり思惑通りのその胸に手を伸ばして、その豪力で座ったままのハイドを無理矢理立ち上がらせる。
「テメェがどんな強ェかはしんねーがよォ……何もしらねぇテメーが一々口を出すんじゃねーぞコラ」
「あぁ、そうでしたね。あなた方は既に敵の強さを十分に承知してビビっていらっしゃったんだ。わざわざ俺が掘り返すようなことじゃありませんでしたね。申し訳ございません」
真顔で返すと、すかさず男の左拳が飛来。ハイドの右頬を穿つ鋭き拳は、衝撃を与えると胸倉を掴む手を共に離れて――――ハイドはそのままカウンターに叩きつけられた。
「何だ? 何がしてぇんだお前は!」
いや、ホントに。男の台詞に付け加えて自分に言うが、ハイドはその問いに答えることは出来ない。
「うっさい。ひょうすべみたいな顔しやがって、俺を殺す気か」
思わず思い浮かんだ言葉をそのまま口にすると――――辺りの空気は凍りつく。
――――しまった、流石にまずかったか、なんて考えていると、席に着く1人が噴出すように笑い出し、1人、また1人と、その笑いは連鎖していった。
そもそも酔っていたのであろう男達は、その酔いがハイドの登場で悪いほうへとベクトルが向いていたのだ。それが、そんな些細な一言で逆方向へと流れ始めたのだ。空気が。
そんなタイミングの良いときに、マスターが二皿に山盛りのピラフとサイコロ状のステーキを乗せてやって来て、イマイチ理解しかねる状況に首を傾げていた――――。
――――1時間。ハイドとノラの腹が膨れて、なんだかんだで揉め事が一旦治まるのに要した時間。
「……それじゃあ、お前が魔族の倒したという証拠をもってきたら、俺はお前を認めてやろう」
と、先ほどのひょうすべは言っていた。
「別にアンタに認められても、魔族倒した報酬を貰ったらもうここに来る用事はないんですけどね」
それだけ言って、後は聞かず。既に表で待っている馬車へと先を急いだ。
ノラは先に出て行ったハイドを追いかけつつも、出入り口で振り返り、深く頭を下げてからそこを後にした。
馬が1匹。御者台に初老の男が手綱を引いて待っている馬車があり、ハイドは男に声を掛けて、これが昨日、魔族に襲われた場所に行くのだと確認して、乗り込んだ。
木製の硬いベンチに、無理矢理押しこんだような窓ガラス。正面に座るノラは、馬車に乗るのが始めてらしく今後の展開も先ほどのいざこざも無かったように、心躍らせていた。
「わっ、案外高いんですね、馬車って」
「たぶんな」
金額的にも……、そう心中で呟くと、大きな振動を感じ――――馬車が動き出した。
嫌な予感しかしない、『カクメイ』のもとへと――――。




