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10 ――特殊技能――

「中には……二人。恐らくそのマートスと、さっきの強化兵みたいだけど」


一行は既に玉座の間の前、扉一枚隔てたそこに居た。


少なくともここまでの展開は、マートスにとっても予想済みであろう。いかに世間知らずとはいえ、どれほど井の中の蛙とは言っても――――そう見せているだけに過ぎないかもしれない。


仮にも国を治めている、とは言いがたいが、国王という立場にいる人間だ。さらに暖めていた作戦を実行し、成功することが出来た男なのだ。


ここでは勇敢さが命取りに為り得る。ハイドは慎重に見えもしない部屋の中を伺っていると――――クリスが、警戒するように口を開いた。


「ノラ、って言ったね。お前が開けてみな」


ハイドとシャロンは元よりノラと仲間であった。それ故に、彼女がどのような手段で敵を欺くか、今までそんなところを見たことは無いが、概ねの想像は出来た。


だがクリスは違う。彼女はその場で最も客観的な意見を持てる人物である故に――――ノラが本当に裏の裏でこの場に居るのか疑っているのだ。


ハイドを裏切ったと思わせて、マートスを裏切り元の鞘に納まる。敵を欺くには先ず味方からというのは分かるのだが、クリスはどうにも信用にならない。


「……私、ですか?」


そしてノラもソレに感づいた。決定的にではないが、そんな空気を肌に感じた。


確かにその判断は正しいだろう。まんまとおびき寄せて扉に仕掛けた罠で一網打尽などという作戦などは子供でも思いつく。幼稚すぎる故に誰もが油断する。それが回避できたとしても、それを見越しての罠が次に存在するかもしれない。


それを回避し、また仲間の疑いを晴らすには――――その疑いの在る仲間に、罠が在るかもしれない場所を通過させればいい。もす裏切った状態なら堪らず自白するか、攻撃に移り変わるであろうとの作戦である。


だがその時点で、クリスの発言は早計すぎ、また誤算があった。


先ず一つに、ノラは弓使い。中、遠距離攻撃要因を戦線に突っ込む事などは無用心すぎる上に大事な戦力を無下にしてしまうかも知れない。


だから、ノラはソレに戸惑って――――そしてまた一つに、ハイドは少なからずとも、完全にノラを信用していると言う事がクリスの立場を弱めさせた。


「おい、クリス――――そんなに疑うんだったら、お前がノラを見ていればいいだろ」


言われてみればそんな方法もある。どんな小細工が上手な人間であっても、その準備段階や実行直後ならば見破れぬことも無い。その際に、見張っていた者が回りに知らせればいいだけの話である。


最も、たいていの場合、その時点で既に手遅れだという事が多いのだが。


だが彼女が危惧していることは、ノラが実は裏の裏ではなく裏の状態で止まっている――――などと言う事ではなく、恐らく何も出来ないので結局特攻し、その先頭を務めるハイドが真っ先に戦線離脱してしまう恐れがあることを心配しているのだ。


罠。クリスの頭にはソレばかりが巡っている。たかだか一般兵の特殊技巧組の出身。いわゆる魔術師団のエリートで、それ故にこの特殊部隊に編入された彼女である。


騎士とは名誉の象徴である。それは訓練を受けていない人間には立ち向かうことさえも難しい魔物を容易に蹴散らすからだ。


彼女の居る特殊部隊は魔物は相手に出来ない。出来る事は出来るが、専門にはしていないのだ。対人間用として訓練されたために。


だから魔法の幅も補助系が多いが、それだけである。戦闘が出来ないわけではない。覚悟が無いわけでもない。


だが魔物を相手にする人間と、人間を相手にする人間――――それらの大きな違いは、精神の構造である。


魔物を相手にすると言う事は、常に命を懸けると言う事。仲間が居れば、仲間に命を預けることも出来る。それには、それほどの信用が必要となるが。


だがその仲間が、実は敵だったらどうであろうか。背中を預けていた仲間に、背中を切り裂かれたらどうであろうか。


痛いのは果たして、斬り傷だけであろうか。


ハイドは最初からノラを信用していたから然程の動揺がなかったが――――。


「……、悪かった。なんでもない、時間をとらせてごめん」


気のせいならばいいが――――クリスは自身の胸を貫かれるような鋭い視線をハイドから受けて、仕方無しに身を退いた。


だがクリスはノラから視線を外さない。ノラはそれを感じているが、自然にそれをそ知らぬ素振りで扉を見つめていた。


シャロンはただソレらを眺めるだけで――――杖代わりに寄りかかっていた槍を構えなおして、ハイドが扉を蹴破って中に突入する真後ろに続いた。


扉が勢い良く開かれて部屋中に音が響く。ハイドの瞳が捉える人影は、シャロンが言ったとおりの人数分であった。


玉座に腰掛ける、余裕ぶった肥満男と、廊下から途切れることなく伸びる紅い絨毯の真ん中に立ちふさがる、筋肉が隆々とした男。


それは禿げ上がった坊主で、サングラスをかけるという威圧を与えるような格好であり――――先ほどの兵のように、血管を浮き上がらせていたり、知性のなさなどは伺えなかった。


それどころか……。


「……なるほど、仲間が殺されるわけだ。十分過ぎるほど強い」


まともな判断と、口を利けるだけの頭脳を持ち合わせていた。その上あの怪力を使うのだとしたら、かなりの強敵と為り得るだろう。


「それが分かるなら大人しく下がってな。死にたくなければ、の話だ――――ッ!?」


台詞は終える前に悲鳴へと成り代わった。突如として飛来した拳はハイドにそれを認識させる暇もなく、顔面を打ち抜いたのだ。


彼は飽きることなく、また場外へと退場する。シャロンはだらしないと溜息をつきながら、口を開いた。


「ただのドーピングじゃないね。筋力を上げるだとか、反射神経を上げるとかそんなものじゃない」


また――――到底肉眼では捉えきれない速さの鉄拳が彼女の顔面へ迫るが、


「……ッ!」


その拳は、シャロンの顔に到達する前に掴まれ、止められていた。男は刹那にしてシャロンの目の前に移動していて、驚いたように眉を上げる。


「一説に、魔族と人間の違いは脳の使用率だってね。人の脳には未だに分からないことがたくさんあるらしいし――――勿論、いい線行ってる、と思う。少なくとも、特殊能力は出せそうだからね」


彼女は叫びながら男の腹を蹴り穿ち、だが拳は離さず、よろけた所を槍で突き刺そうとしたが――――槍頭は男の喉下に触れる直前に、強く弾き返された。


腕は動いておらず、喉で弾かれたというわけでもない。魔力はそのままでは物体に干渉できないし、魔法が発動した気配も無かった。


「アンタみたいに」


掴んでいたはずの拳はいつの間にかなくなっていて、先ほどの位置に立ち直る男は誉めるように口笛を吹いた。


「鋭いな。どの辺りから分かっていた?」


「最初から」


シャロンは茶化すように笑い、男は参ったなと頭を掻いた。


だがその実、シャロンは最初から今まで、それを事実だと確信を持っていたわけでは無い。そもそも最初からも何も、それが本当だという確信もなかったし、証拠も見なかった。その結論に行き当たるまでにヒントとなったものは、先ほどの強化兵と今の男の違いくらいである。


だがその考えに到らせたのは、今まで見聞き読んできた魔族の諸説。それが人間とどれほど似ていて、どれほど違うか。


能力の幅は、魔法は使えるか、肉体はどれ程強靭か、思考は、などという実体験からなる推測の数々。


そして何よりも、直感が彼女の脳を激しく回転させていた。


「確かに、頭を弄った。どうやったかなんて覚えても居ないが、大体の予測はつく。凄くいい気分だ。分からないことは無いくらいだが――――それ故にこの場に居る全ての者がどれ程愚かか手に取るように分かって虚しいな」


「だったら死んで楽になれッ!」


横から割入るハイドの雄たけびは男の目の前で発されて――――瞬間移動でそこまで移動したハイドは、剣を振り上げたまま、また男の後ろへ瞬間移動する。


拳を構えた男の前から一瞬にして姿が消えて、ハイドは隙の大きいその頭へと剣を振り下ろす。


が――――男はそのまま、構えた拳を背後に撃ち放った。


不恰好なまま飛び出た裏拳はそれでも速い。腹に強烈な打撃を炸裂させてハイドはくの字に曲がって吹き飛んだ。意識が飛んで――――身体は玉座への上へと勢い良く飛ぶ。


「言ったろう? 愚かな行動が読めるって」


やがてハイドは玉座の上の壁に身を叩き付けた。そこは一瞬にしてひびが入り、彼の大きさに壁がへこむ。


鈍い音が部屋中に鳴り響いて――――男が振り返り、その『能力』で追撃しようとしたところで、彼の後ろから矢が飛び出した。


それは男を狙うものではなく、彼の頭の脇をすり抜けると――――瞬く間にやじりの付いたソレは、ハイドの腹に突き刺さった。


想像を絶する衝撃によって意識を失ったハイドへの追撃は傷を作るためではなく、貫通する矢によって壁に貼り付ける思惑があり――――援護によって仲間に攻撃する際に外していた鏃をつけていたと言う事は、クリスの考えていた通りのノラであったという事になる。


「スミスさん、言ったでしょう。ハイドさんは魔族の能力による影響で魔人化します。そうなれば貴方に勝ち目はないんですよ?」


彼女の台詞に、彼女の足音。それしか聞こえない室内で、ノラは立ち位置を一行のしんがりからスミスと呼ばれた男の隣へと変えた。


絶対的敵対を意味していた。ノラはそれがなんでもないように、彼女たちを眺め――――クリスはソレに歯を食いしばり、シャロンは予測でき、だが変えられぬ事態を目の当たりにして、やはりダメだったかと溜息を吐く。


「倭皇国の魔術は未だ使える。あそこの魔術は綺麗な精神じゃないと使えないってことは――――確信犯か」


シャロンの槍は、静かにノラを標的に変える。


「わたしは皆さんを傷つけようとは思いません。皆さんがこちらについてくれればよいのですっ!」


そんな台詞も聞こえぬように、ノラはシャロンたちを、まるで悪い宗教にかかった純真な娘が誰かを勧誘するように諭し始めていた。


シャロンはソレに頭を抱えながら、


「ノラ……、一体どこからが嘘だったんだ……?」


切に、その返答が素直に来ることを祈った。





意識の下。無意識下。潜在意識下。本能下。いや、本能下ほんのうかなんては言わないか。


情けなく意識を手放したハイドは暗い世界をさまよっていた。


ショウメイと合ったのが最後で、一番最初は確か――――カクメイに雷槌トールハンマーを撃ちはなったときだった。


その時は、もう一人の自分だかなにか、無意識下の自分が話を掛けてきたのだが……。


『魔族化? 魔人化? 知らないが、お前は勘違いしている。その要因は魔族の特殊能力による影響なんかじゃなくって』


そうして彼は、またもや聞いても居ない話を始めた。唐突に――――だが自分が最も欲しかったであろう話を。


『本能で感じる命の危険だよ』


彼、もとい自分が呟くと同時に、頭の中に過去の映像が過ぎった。


緑の魔族の背を押さえていて――――逆に腕を切り裂かれ、一瞬にして魔人化して逃げる姿。


マントと仮面を装備する魔族に手を掲げられ、そこから怖気がする魔力に包まれて――――魔人化する姿。


二度である。その現象が訪れるようになって一ヶ月ほど経つが、たったの二度。そしてその時は常に戦闘中であり、そしてその相手はどれもが魔族であり――――思い返せば、どれも自分の手に余る強さであった。


勝因は相手の油断と自分の行動の早さ。それと背中を突き飛ばす勢いで支えてくれた仲間と、自分の命と同じくらい強靭な運。


『そんで、だ。命の危機が去ると戻るわけだが、それはまだ魔人化に慣れて居ないから』


自分ハイドの無意識は得意気に語った。


今までは無料試用期間というか、練習段階。準備期間、実験段階だと。確かに二度も魔人化してしまえば、三度目には大体の事がわかってくる。


だから多分――――。


『次なったら、もう戻れる保障はねーなって』


言い聞かせているのか、無意識は呟くように言った。


『そうなりゃもう魔人じゃなくなる。完全な魔族だ』


人間ではなくなるのだ。ようやくこれからと言う所で、ようやく始まるという所で二度と――――本能的に死を嗅ぎ取ってはいけなくなった。


『だ……、まぁ、ごしゅう――――』


何を言っているんだ? 無意識下の自分にそういった疑問を持つのは可笑しいかもしれないが、そいつは確かに何を言っているか分からなかった。


恐らく、意識が早くも覚醒へと向かっているのだろう。少なくとも魔人化の影響で生身も十分にタフなのだ。


起きたときには良くも悪くも戦闘が終わっているのは嫌だな。


『――――、――――』


そこでプツリと、映像を切るように意識は途絶えた。


「……ッ、ぐぅ……ッ」


――――途端に意識は復活する。


同時に腹に痛みが走って、それは全身へと回る。地面へと向かう自然の摂理に、腹に突き刺さる何かによって半ば強制的に逆らわされていたのだ。


痛みが酷すぎて目も開けられないが、状況を見ておこうと努力する。


呻き声を情けなく上げながら瞳を開けると――――世界は紅く血に塗りたくられていて、


「……?」


見下ろす仲間や敵は、皆自分の姿を眺めていて、


「な――――ッ!?」


改めて瞬きをして見る世界は、血に塗られたのではなく――――自身の瞳に赤みが掛かっていることを気づかせた。


ハイドの身体は既に命の危機を機敏に嗅ぎ取って、もう戻れるかも分からぬ魔人の姿へと成り代わっていたのだ。


彼は知らぬが――――その姿を危険だと感じた、仲間ノラの手によって。

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