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9 ――障害――

――――微かに届く異音を聞いたのはシャロンであった。一度だけ聞こえたソレを、頭の中で瞬時に幾度となく再生する。


鉄の扉をすり抜けて、闇の中、澄んだ空気を僅かに振るわせる……断末魔。それは、男の声。


判明すると途端に何かが叩きつけられる音がした。それでようやく気がつくのは、それでもハイドだけである。


彼は何かを疑うように腰を低く構えると、確認するようにシャロンへと顔を向けた。彼女はそれに応えるように頷くと、


「……、シャロンさん、クリス、順に続け。他は呼んだら来て下さい」


言いながら走り出す。気にもせずに立てる足音は大きく地下の中で反響して、彼等に僅かな焦りを生ませた。


――――少しばかり早くは無いか? いや、遅すぎると考えた方が良いのだろう。元から泳がされていたと考えるならば。


階段を上り、段差を踏みしめるたびに暗い視界が激しく揺れる。後から着いて来る足音は、増して彼に焦燥感を抱えさせていた。


降りるときは暗かった階段は、背後の鉄格子の間から差す光のお陰で幾分か明るい。転びそうになる危険性も無いだろう――――心を落ち着かせるために考えるハイドの後ろで、シャロンだけが、扉の向こうで大きく踏み込む足音を聞いた。


「ハイド――――」


声を掛けようとするが彼は既に後数歩で扉に到着する位置にまで進んでいて、到底間に合いそうにも無い。


シャロンは即座に判断すると咄嗟に振り返り、少しばかり距離を開けて階段を上るクリスへと抱きつくように飛び込んで一気に階下へと落ちた。


同時に扉はその腹の部分を突出させて――――外から圧される力に耐え切れず形を変形させた扉はハイドへと飛び込んできて、反射神経で避けようとするが、通路一杯の面積の扉が迫る其処には逃げ場などなく。


屈んでやり過ごそうとするも背後には仲間が居て……。


刹那後には直撃するであろうソレに目を向け、タイミングを合わせて――――ハイドはソレを受けるように手を突き出した。


が、人間の神経では到底間に合うはずもなく、手がソレに触れた瞬間、手首は本来曲がるはずも無い方向へと手を曲げた。まるで粘土細工のように、両の手首はへし折れて――――だが諦めるはずも無いハイドは頭突きで押し返そうとする。


しかし彼の身体は既に後ろへと傾き始めていた。故に、そんな行為はほぼ無駄に等しく。


直線で飛来する鉄の扉は瞬く間に斜め下がりの天井に、ハイドをクッションにして叩きつけられた。石のそれには容易にヒビが入るが、彼が間に入ったお陰で、天井を削りながら滑って背後へと、後ろの仲間達へ落ちることは無い。


僅かの間天井に貼り付けられていた扉とハイドはやがて階段に落ち、全身を打ちながらまた牢獄部屋の入り口まで到達した。


「クソッタレ……ッ!」


圧し掛かる扉を蹴り飛ばし、壁を支えにようやく立ち上がるハイドは扉の無い入り口を睨む。そこには律儀にも待っていたらしい人影があって――――ソレは手招く仕草をして見せている。


「人間……だよなァ。心配に、なってくる……」


折れた手首を固定しようと試みるが、どうにも壁や地面相手では難しい。更に何かに触れるたびに激痛が走るので、とても回復に専念出来そうになかった。


そして、地上には化け物じみた力を持つ敵。恐らくアレが――――クスリを使った強化兵なのだろう。


判断ミスだと心の中で吐き捨てながら階段を上ろうとするハイドの肩に、シャロンは手を掛けた。


「クリスちゃん、この勇者様をお願いね」


呼吸が乱れ、異常なまでに汗を流すハイドを押しのけて、彼女は珍しく無表情のまま口を開いた。


そうして流れるように亜空間を展開。移動すると着いて来る穴から槍を――――振り投げる。


予測し得ない槍は一瞬にしてソレの腹に迫るのだが、驚くべき反射神経と腕力、握力によりそれは寸での所で掴み取られて、


「阿呆が」


短く吐き捨てる台詞とともに、シャロンの拳は男の顔面に突き刺さった。


男はその拳の勢いに乗せられて背後へとすっ飛んで――――地下から見える二人の姿は其処で途絶えた。


同時にハイドはその場にへたり込み、クリスは慌てて彼の治療に取り掛かる。そうして見る彼の手首は、直視出来ないほどに酷い有様であった。





彼女は現在、力を持て余していた。


戦争では常に二番手に近く、今回はそもそもの戦闘に入れてもらえない。


それは状況が状況なだけに、力で押せばいいものではないために仕方が無いのだが、そもそも彼女の人生は常に戦闘の中にあったのだ。


だがハイドの仲間になった途端、役割を殆ど奪われてしまっている。ソレばかりはどうにも納得し得ないのだ。


そもそもこの世界には彼女に満足させられる敵がそう多くはなかったが――――今回は偶然、その多くない内の一つにめぐり合えた。


一目で分かる異常さ。体中に血管が浮き出て、瞳は紅く染まりあがっている。浮き上がる筋肉は痙攣するように震えていた。


廊下を滑って止まるそれは直ぐに立ち直り駆け出す予備動作を取った後、一瞬にして姿を消した。


そうして彼女が亜空間から篭手のような柄を持つ、長い刃の剣を振りぬくと、その動作にあわせた様に眼前に現れた拳が飛来する。だがそれは屈んだシャロンの頭上を掠めていくだけで終えた。


素早く抜かれた剣は男の腹を見事に貫いていたのだが、


「グァウッ!」


獣のような唸り声と共に突き出された下方向からの拳がシャロンの腹を穿つ――――が、拳はシャロンを通過して男は無防備に拳を突き上げる姿勢をとった。


いわゆる残像効果。シャロンは男を上回る速度で移動し、影だけを残したのだ。


そうして彼の背後に転がる槍を手にして、短く息を吐く。


瞬速にその槍頭は男の頭を睨み――――鋭く喰らい込んだ。槍を突き出す動作が肉眼で捉えられない速さである。後頭部から貫通し、額に切っ先の腹まで見せて、窓から入り込む日の光は紅く濡れるソレさえも幻想的に光らせて見せた。


鈍重な動作で男の身体は前に倒れ込む。シャロンはトドメとばかりに槍を振り上げると、てこの原理でただでさえ体重を支えきれぬ頭部は裂けて、そこから溢れるように脳髄を噴出し、ネバっこい血液で床を浸し始める。


シャロンは大きく息を吐いてから、亜空間あなから出す適当な布で槍を拭き、男を蹴り飛ばして剣を抜き、またソレに付く血を丁寧にふき取ってから、辺りを警戒する。


「……、王の護衛かね。こんなのがまだ三体か……ったく」


魔族を実験体サンプルにするよりもたちが悪い。同じ生き物だとか養護されても困るのだが――――同種の、自分と同じ人間にこのようなことをするのは果て知れぬほど嫌悪感が湧くのだ。


彼女は苛立つように頭を掻くと、ようやく治療が終えたのか、彼等は地下牢から顔を出した。


「なんだありゃ、速いし強いし……、俺が倒せるか不安だ」


「でも頭飛ばせば死ぬんだからいいじゃないか」


愚痴垂れるハイドを励ますようにクリスが肩を叩いた。だがそう言う問題では無い。


雷槌トールハンマーの使用により魔力が大幅に減り、また既に、朝起きてからのダメージを足したら即死レベルの怪我を負っているために、現在の体力の消耗は激しい。回復魔法は怪我を治すだけで、体力までは回復してくれないのだ。


その上――――。


「そういえば、勇者の剣はどうしたの?」


シャロンが気がついて口にする。まるで心の中を読んだように聞かれたので、ハイドは即答した。


「シャロンさん逃がした直後の戦闘で炭になった」


悪を断つはずの木材つるぎは悪を打ち払う雷によって木炭という燃料にされてしまったのだ。コレでは勇者の剣の名折れである。


「それじゃあ――――」彼女は亜空間に手を突っ込み、


「鎌はやめてください」彼女は引き抜きかけた手をまた突っ込みなおした。


「……、これかな」


そう呟きながら出したのは――――紅い柄を持ち、透き通るような白い刃を持つ、両手でも片手でも自在に扱える長さの剣。


見覚えがあり、さらに使い慣れたソレは――――戦争中に紛失したハズの火竜の剣であった。


「今度は失くしたらもう拾ってやらないから」


彼女はにこやかな笑顔でそれをハイドへと――――手渡す直前に、剣を振り返り様に投擲した。


風を切ってそれは宙を駆ける。ハイドはそれを絶句しながら見たのは、剣が同時に向かってくる矢を弾いたところであった。


それにまた、言葉を失う。ここまでヒントを出されていて分からないはずが無い。諜報員スパイの義父からの助言に、丁度いい所で偶然にも名前を失念したマートスの娘の名前。


捨て子につけたぞんざいな名前で――――ハイドの仲間。


そんな適当な、だが愛着が湧く名前はハイドの知る限り一人しか居ない。だからこそ疑う余地が無いのだが、だからこそ、それが嘘であって欲しかった。


「……ノラ」


彼等とはかなり離れた位置――廊下の曲がり角の正面――に、弦を力いっぱい引いて矢を向ける少女の姿。ほんの数時間前までは仲良く会話を交わしていた彼女である。


呼びかけるが返事はなかった。決して声が小さいというわけではない。彼女には応えようがなかったのだ。


「野良だなんて名前をつけられても、親はやっぱ親か」落胆するような、または納得したように肩を落としてハイドは続けた。「旅立って間もない時に言った台詞は覚えてるか?」


彼女は微動だにしない。シャロンは耳をピクリと跳ねさせ、クリスは凍りついたように動かない。それを見てから、ハイドは語るように続ける。


「一度、身内に引き連れればどんな悪い奴でも俺は許容する。自分の意思でそれを容認したんだからな」


そこで途切って、息を吸い込む。


あえて止めたのだが――――どうやら彼女の心を僅かなりとも動かせたようで、ノラの顔はピクリと動いていた。


だからハイドは、迷うこよなく次を吐き捨てる心の準備をしてから、それが揺らぐ前に言葉を喉の奥からひねり出す。


「俺がそうするのは、そう言う悪い奴が自分から出て行ったときの処分が易いからだ――――この台詞の意味は、分かるよなァ?」


ハイドは自身の感情を捻り潰すように顔をゆがめて笑う。


いつ抜けたかも裏切ったかも分からぬ仲間は、結果的にこうして敵として対峙している。


ハイドは女には手を出さない主義では在るが、殊戦闘の面では手を出すのだ。それを分かっていて、その場に立っている人間は性別など関係なく――――。


そうして完全な対立を見せるように、ノラが真っ直ぐ矢を撃ち放った。


同時にハイドは地面を強く蹴って弾丸のように飛び出す。低い姿勢のまま、投げられた剣を拾う。その間に第二撃が放たれて――――一発目はその際に、ハイドの遥か頭上を通り過ぎていった。


地面を蹴る足に力が籠る。籠りすぎて思わず飛び上がり――――あっという間にノラを通過した。


そうして振り上げる剣は――――獣のように鼻を利かせて、それ故に迫るハイドの臭いを狡猾に嗅ぎ取った男が放つ腕を綺麗に切り裂いた。


男の腕が地に触れるまで後数瞬。男の悲鳴と共に放たれる拳まで後数秒。


ハイドの切り上げる剣はその何よりも早く、その男の脇から頭までを断ち斬っていた。


――――同時に、ノラが穿った矢はシャロン達に襲い掛かろうとしている男の目玉二つを貫いた後、怯んだ隙に雨の様に矢を撃ち放って、彼の頭を剣山へと変えて見せた。


二人の男が地面へと倒れる。音が重なる。衝撃が連動する。同時にほっと胸を撫で下ろすのはハイドとノラであった。


「忘れちゃいました? 私のお父さん、もう死んでるんですよ? ちょっと状況と場所と時期は嘘でしたが」


彼女は振り向きながらハイドに言葉を掛けた。先ほどの、真剣な表情とは打って変わった、見覚えの在る笑顔である。


「じゃあマートスとはどんな関係?」


「義父ですが、父と思ったことはないです。最も、ハイドさんについていったのは、ハイドさんが考えている通りのことですけどね」


と言う事はつまり――――ハイドの監視役と暗殺役を請け負っていると言う事である。さらに国に戻るようであれば、国にさらに援軍を呼ぶように密かにどこかの国と手を組んでこいだとか、ろくでもない命令を下されていたのだ。


だがノラはそもそも、そんな事をするつもりはなかった。ただ単に、ようやく解放されると、そんな歓喜でいっぱいだったのだ。


「今までは義父マートスに嘘情報を教えてたところです」


「嘘情報?」


聞き返すと、ノラは楽しそうに頷いた。


「今頃彼は、楽しみにくる筈も無い援軍を心待ちにしてます。それに街の人は城の前に集まるよう伝えておいたので――――巻き返しの準備は万端ですっ!」


一人では圧倒される敵もスタンドプレイから生じるチームワークの前では歯も立たない。


彼等は一人一人が既に一定以上の力を持っている故に、チームプレイなどという言葉は存在しても無駄なものであった。


彼等彼女等が、それぞれ激しく戦い、それが結果的にチームワークに繋がる。強く結ばれる信頼がある故にそれは成し遂げられるのだ。


そうして一行は――――最終決戦へと駆け出していった。

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