7 ――対面――
「それじゃ、俺の実家に行って下さい。多分、大丈夫ですから」
光が収まってまだ間もない。シャロンもまだ自分の体勢を立て直している最中だというのに、ハイドは自分勝手なまでにリートを押し付けてその場から姿を消した。
最後に何かを呟いたらしかったが、ソレはシャロンに向けられたものではなく、さらに魔力が空気中に霧散していたので、特に気にせず、彼女は立ち上がる。
彼が何処へ行ったのか、その行動の果てはどうなのか。シャロンは概ねの予測がついていて、だからこそ、この場では自分は邪魔になるだろうと、言われたとおりに先ほどの家へと向かっていった。
「……ほう、こいつは驚いた」
槍と斧を足したような武器、ハルバードを天に向けて構える男がまた口を開く。同じく抹茶色の制服であるが、先ほどの大男とは違い、長身ではあるが細身である。顔は典型的な兵隊風で、短く刈り込まれた髪に、右目を切られたような傷跡が目立っていた。
隣には歪曲した刃を持つ剣シャムシールを持つ、小柄な男。猫背で吊りあがった目を持ち、いかにも盗賊上がりらしい格好である。
逆隣には、腕に装着するタイプの武器、ジャマダハル。鍔の両端に延長として伸びる柄の間に握り棒がつけられ、其処を掴むと拳の先に刃が来るような造りの武器。恐らくは切るというよりも、殴る動作と同じに要領で突き刺すのだろう。
それは隣の傷跡を持つ男と似た体格で短い髪をオールバックに、だがしかしその鋭い眼光は誰よりもハイドを突き刺していた。
その隣に、紅一点。手には等身程に長い杖を持ち、その頭の部分にはこぶし大の蒼い宝石が装飾されていた。小柄な男より長身で、だがその隣の男よりは少しばかり背の低く、金髪が陽光に照る目立つ女であった。
「協調性ないな、お前等」
ざっと見て一言。これで一体どう戦おうというのか。武器を持ってきていると言う事は戦う事を考えているのだろうが……。
だがそれぞれが、それぞれの武器を極めていることは分かる。もしかすると一人一人がハイドに当たって、疲弊を待つのかもしれない。
効率的な作戦だと思ってハイドは微笑むと、男はそれに警戒したように、ハルバードを構えなおす。天を向く切っ先は、やがてハイドの腹を見つめる形となった。
「降参するつもりか? もしかして、そうすれば王の下へ連行されると思ってるんじゃあないのか? お前」
ニタリと笑い、並ぶ四人はそれぞれ間隔をあける。その奥の街人たちは少し下がり、また背後のそれらも距離を開けるように気配は遠ざかっていった。
「違うのか?」
「違わないが……少なくとも無力化して来いと言われてるんでね」
男は言って、駆け出した。残った二人は様子を伺い、女は手にする杖を力いっぱい地面に叩きつけると、
「呪縛」
ハイドの足元に突如魔法陣が現れて、それと同時に、ハイドの脚は何かで固定されているように動かなくなった。
下半身が動かず、だが上半身は自由な状況。
困ったなと息を吐く余裕はあれど、魔法陣を破壊してから男の攻撃を弾く時間は無く――――考えているとハルバードは瞬く間にハイドの頭上に降り注いだ。
風を切って斧のような刃が脳天へと落ちるが、ハイドはその腹を剣で力強く叩いて弾き、軌道をずらしたソレは地面に落ちず、次いで零距離でハイドの腹を切り裂いた。
左脇下から胸へと向かうが、骨に邪魔されて進まず。だが深く身体を切り裂いてから、それは潔く引いて――――次ぐ斬撃は小柄な男から放たれた。
一度右肩から袈裟に切り裂いてから腕を起こし、無数の突きを繰り出す。素早く、何度もハイドをメッタ刺しにして――――その直後に割り込んでくる影は、鋭く腹を突き刺した。
鮮血があたりに飛び散って、ハイドが大きく咳き込み、その口から大量に吐血する。ソレを見て男はニヤリと口元を歪ませて見たのだが――――同時に彼も、ハイドが嫌らしく笑ったのを見た。
「スタンバイ解除」
掠れるような声が小さく呟かれて、慌てて逃げ出そうとするのだが、頭上に圧倒的存在感を持つ――――電撃の塊を見つけて、思わず身体が硬直した。
「圧縮式・雷槌」
ハイドから搾り出した魔力は余すことなく電撃へと変換され、また圧縮されたソレは散らばることなく、一箇所にその槌は振り落とされた。
その中で、ハルバードは雷槌が迫る空へと身を舞わせていたが、そんなチャチなモノは避雷針にもならず、無情にも飲み込まれていく。
男の肩が力なく下がり、絶望したのかハイドにかかる魔法は無用心にも解けていた。
雷が轟と唸る声は全ての悲鳴も飲み込んで行き――――凄まじい電量は、その場に居る五人を瞬く間に包み込んでいった。
大気が震え、一瞬景色も光に包まれて、電撃が彼等を苛む数秒間は彼等に永久の苦痛にも感じさせる。
それが終えると――――帯電するそこら一帯は、それでも消滅はおろか、焦土にすらなっていなかった。
ビリビリと地面に電気がはじけ、だがそれも直ぐにどこかへと姿が消える。
その中では誰一人として立っているものは居なかったのだが――――意識があるものは、ただ一人だけ。
「ま、慣れてるしなぁ」ハイドが小さく呟いた。
だが他は皆死んでいるかもしれない。対魔族用の魔法ではあるが、奇襲には割りと使えるので抑えて使ってみたのだが……。
ハイドは致命傷を受けた箇所に回復魔法を掛けながら立ち上がる。あれほど切り裂かれ、突かれ、貫かれしても意識も命もあったのは、やはり魔族化の影響であろう。
魔族化していない限り電撃系の魔法は使い放題で、あらゆる身体機能は微々たる物では在るが、上がっている。
全く都合のいい身体だなと吐き捨てながら、辺りを見渡す。
街の人間は、まるで息の合ったように腰を抜かし地面にへたれている。間抜けすぎる姿に笑いすらも起こらないハイドは次いで、早くも意識を取り戻した――――女へと歩み寄った。
彼女は雷槌の範囲内にはいたが、それもギリギリと言う位置なのでダメージも少なく、瞬時に紡いだ魔法障壁によって軽減したのでほぼ無傷。
気絶したのは巨大すぎる雷槌に驚いたためだろう。
「よく兵隊なんかやってたな……」思わずそう呟くと、それに気づいた女は怯えたように身体を弾ませて、肩を抱くようにして背中を壁に押し付けた。
「ったく」
ハイドは面倒そうに、腕に装備されているジャマダハルや地面に落ちているシャムシールを破壊して無力化し、そうして男等をそれぞれ上着で拘束しズボンで一まとめにしてから、女へと近寄っていく。
「私をどうするつもり? 見せしめに殺すの? 反逆者の癖にッ!」
「殺しゃしねーって。こいつ等だってまだ死んで無いし……ただよ、お前等の親分は俺をどうしようってのか、気になってな」
「素直に吐くと思ってるの? ば~っかじゃないの」
「口の悪い娘だな」
娘とは言うが、ハイドより年上そうに見える女である。しかし、やはり兵隊と言う事で敵には決して屈服しないのは偉いことだが、敵の身になってみれば面倒である。
女には手を出さないと決めてはいるが、戦場に入り込んでいるのならば最早性別などは関係ない。初めてアオと対峙したときと同じである。
「お前等は金で雇われたのか? 買われたのか?」
この兵隊が実質街を脅かすので、目の前の彼女等が口を開かなければ街の人間もわざわざ動くことは無い。怠惰とも受けて取れるが、わざわざ自分の手を汚すことは誰でも嫌である。
だからハイドも、極力優しく出るのだが、
「簡単に吐くと思ってるんだったら――――粘着炎ッ!」
「炎滅」
いきりたって彼女の眼前から炎が飛び出てくるのだが、ハイドは手で薙ぐように弾きながら、その魔法で炎を消し去る。
女は驚き、より一層身を縮めながら。だがしかし威勢ばかりは大きくなっていく。
「お前等の契約書を、反逆者の俺が暴れてうっかり消し去っちまおうか?」
だがその一言で、彼女から続々と放たれる炎は途切れて、過呼吸なのではないかと心配になるほど激しく繰り返す呼吸は、一度の大きい深呼吸の後、正常に落ち着き始めた。
「そうすりゃ元々無かったことだし。ただレイドか、アンリエルにゃ怒られそうだけどな」
「し、知ってるのか……っ!?」
そんな個人名に驚いたように聞く彼女に、ハイドは驚かされてから、少しばかりの間を置いて、
「知ってるも何も、ついこの間まで親しくしてた野郎共だ」
しかしレイドには若干嫌われていたが。報酬すらもらえない有様で、正に使い捨ての人形であった。だがアンリエルとは仲が良かったので、嘘とまではいかないだろう。
「……派遣されて来たのは大体四ヶ月前。その時は十五人だったけど、今じゃ十人だ。それで、まともな奴も六人だけ」
協力してくれる気持ちになったのか、彼女は細々とこれまでを話し始める。
まともな奴、というのは大男を入れて良いのだろうか。もし良いのならば、既に残っているのはまともじゃない奴らばかりになってしまう。
「それで私たちは適当に埃っぽい部屋に押し込まれて、食事も適当。城の中の兵も憔悴しきってるし、私たちよりも扱いはぞんざい」
「前国王は生きてんの?」
餓死しているだろう。最終的にはそんな考えであったが、城の中では王も部下も互いに信用しあっていない。なのでもしかすると、という可能性もあるのだ。
「わからない、というのが本当のところ。前国王は私たちが来る前にはもう死んだって聞かされたけど、生きてるという噂があることも事実」
「お前つい数分前には『反逆者の癖に』だとか言ってたけど、お前も十分それに加担してるよな」謀反や反逆とまでは行かないものの。
「そうしなければ何も変わらないもの。反逆者なんてのは、体のいい革命要因なんだから」
恐らくは当分、それか一生この国を護ることを契約させられたのか。恐らくソレも、半ば無理矢理で、しかも契約内容はこの国に来てようやく知らされたというところだろう。
エンブリオがくればよかったのに。ハイドはそう思いながら、彼女へと手を差し伸べた。
ソレを見て、また怯えるように身体を弾ませた後、大きく深呼吸をして、その手を頼りに立ち上がる。軽い身体は簡単に起き上がると、ハイドと同じ目線で彼女は城を見た。
「準備はいい?」
自分の考えがまるで読まれているらしい。
準備、と言われれば全然よくは無い。シャロンも自宅に行かせっぱなしであるし、ノラの行方もまだ分からない。
義父が最後に言った『仲間を殺したくなければ』という台詞が胸につかえて、そうして最悪の予想が出来上がってしまっているが、気にする時間も無い。
ここまで兵隊を動かしてしまったのだから、王の側ももう退くことは出来ないだろう。元より退く考えなど無いのであろうが、それ故に、ハイドもそれに応じた速さで動かなければならない。
これ以上、無駄な犠牲は出したくないのである。
「なんか、勇者って感じがしてきたな」
世界は平和の最中である。魔王の居る時代の悪環境など知らぬ故に、どれほどまで平和なのかは分からぬが、とりあえずは平和という形らしい。
その中で、悪王という、魔王の代わりの悪が目の前に現れた。これで世の中の曖昧な善悪とは比べ物にならないくらい絶対的な善と悪が形成されているわけである。
ハイドはそんな状況に、不謹慎にもワクワクしていた。もしかしたら街の人間も認めてくれるかもしれない。かれるはずであった勇者の存在は、図らぬところで勇者としての活躍が出来るのかもしれない。
考えていると、そんな台詞を肯定ととった彼女はハイドと、横たわる仲間を包むほどの大きさの魔法陣を足元に広げて――――やがて彼等は、その場から一瞬にして姿を消した。
「こんな感じ?」
ハイドは瞬間移動で城の中へと移動し、派遣兵の狭い部屋で男たちを治療した後、変身魔法でハルバードを装備していた男に化けた。
制服は勿論拝借の上である。
「……よく出来てるねお前。そんな感じ」
「次は?」
「とりあえず王に報告して、それから地下牢獄に行く」
「行けるの?」場所は分からないが、みすみす逃げ帰ってきた兵隊を許すほど優しい王なのであろうか。
「何、逆らう気になればいくらだって逆らえる。兵士も信頼なんて毛ほど無いし……、でも今回は、ただ命令無視して地下に行くだけ」
なんでもないように言ってのける彼女は、それが元の性格なのであろうか。
仮にこの環境のせいで捻じ曲がってしまっているのならタフネスだと拍手を送りたいものである。
「王って兵隊が皆裏切れば無力なのに、どうして兵隊は裏切らないのかね」
部屋を出て、細い廊下を進み、扉を開けるとそこは玄関ホールである。
ある意味収容所の其処を出て、玄関から入ると真ん前にある大きな階段を上りながら、彼女は考えた。
「世襲制じゃなければ実力主義で王が一番強いからだけど――――この国じゃ、そうだね……王族殺しは重罪だし、それがどんな最低な野郎でも変わりが無いから、じゃない? 王は憎いけど、それを殺したが為に家族諸共処刑されちゃあね。処刑しなければ国民に示しがつかないわけだし」
「やっぱ人間って面倒だな」
紅い絨毯を真っ直ぐ進むと、そこには両開きの大きな扉。彼女はそこを控えめに二度ノックすると、
『入れ』
中から男の声が籠って聞こえた。
「失礼します」
彼女はそう言って扉を開け、中に入った。ハイドも続いて、そうして扉を閉めて、二人分くらいは座れる玉座に一人で座る男を見た。
その両脇にはまだ若い女が二人、それぞれ薄手の布を身にまとうだけのいやらしい格好で立っている。
それだけで趣味の悪さが伺えるのだが――――その男が身に纏うものは皆金で装飾されていた。
前国王の王冠とは比べ物にならないくらい、それ自体が純金で出来ていそうな冠に、金のネックレス。指輪に、靴にも金の装飾が施してあった。
典型的な成金タイプ。まるで王族の雰囲気が見えない男の顔はまるまる太っていて、不健康そのものであった。
予想を悪い方向に走る格好に、ハイドは思わず噴出しそうになるが、それをかみ殺して跪く彼女に倣った。
「報告どおりの男を発見いたしましたが、仲間の殆どが返り討ちにあってしまいました」
「……ならば何故貴様はのこのこと逃げ帰ってきたのだ?」
だがしかし、返答は予想のど真ん中である。格好がずんぐりむっくりとしているのに、気取った喋り方がハイドの頭の中で悪い方向に変換されてしまい、笑いは堪えきれずに肩を震わせる。
彼女はそれを横目に睨みながら、静かに続けた。
「全滅してはこの危機を国王に知らせることが出来なくなってしまうと思ったので……」
「甘えるなっ! 貴様、自分の失態をこの私の責任にするつもりかァ……? 舐めた口を利く小娘が……ッ! そもそも、おい、貴様、何故貴様までこの場に来ている? 貴様はまだ戦えるだろうがッ!」
そんな緊迫する中で不意にハイドへと話が振られる。激昂するマートスは鼻息荒くハイドを見ていると、その顔が上がって――――妙に冷静ぶった、常とは違う男の顔を見た。
「申し訳ございません。ですがその目標も、我々の犠牲によって重傷を負っているはずです。恐らく数日は籠って――――傷が治りしだい突っ込んでくるでしょう」
「……誰だ、貴様」
自分に都合の良い情報を告げた途端に、マートスはそう返す。何か可笑しなことを言ったかと思って女を見ると、凍りついた表情で床を見つめていた。
「誰って…………」
そういえば名前を聞いておくのを忘れてしまった。今更その事に気づいても遅いのだ。それ故にハイドの脳は一瞬にして――――その回転率を増した。
「……貴様、まさかハイド=ジャンではないだろうな? 奴は小細工が上手いからな」
「な、何を仰られるのですか。私は見ての通りですよ」
「本当か? ならば貴様には私の名が答えられるはずであるが……」
疑り深く首を傾げる。滑稽な動作では在るが、胸の奥底に電撃が走るハイドにはもう笑うことが出来なかった。
この場合――――実際に兵隊に名前を教えているか、それとも教えていないのにそんなハッタリをかますの二通りが在る。
しかし仮にも国王である故に名乗って入るだろう。偽名か本名かまではわからぬが……。
チラリと女を見ると、冷や汗を頬に流してハイドを見つめていた。ハイドが失敗すれば協力者である彼女は共に処刑されてしまうかもしれないのだ。
そうぶれば最早契約書どころの騒ぎではない。
だからハイドは安心させるためにウインクすると、彼女の顔は瞬く間に絶望した色へと変わっていった。
「マートス国王だとは周知の事実です」
そう言うと、今度は逆にマートスが驚いたように眼を見開いた。
「……紛らわしい。常どおりに喋れよ愚民が――――もう今日はいい、姿を見せるな愚図共」
もうダメかと思い腰を上げようとするハイドへ、そう言葉が降りかかる。彼も疲れたのか、特に命令は出さずにそういって玉座に深く座り込む。
ハイド達もほっと息を吐いて、そそくさとその場を後にした。