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3 ――侵入――

「正直なところどうなんだろうなぁ~」


ハイドは呟いた。実際に話してみなければ分からないが、王を妄信しているのか、絶対君主故に抗えず虐げられているのか。


恐らく後者だろうなと思いながら、ハイドはノラ達を遥か後方で控えさせてから、手ぶらで門番二人に接触する。


国を救おうとは考えたが、実際の国の様子を見てみなければ動き方が分からない。そもそも救いなど求めていないかもしれないのだ。


故に考えたのはとりあえず接触してみてから考えるという、なんとも行き当たりばったりな手段である。


因みにノラ達は伏兵として、シャロンの強靭な脚力で十数メートルの街を囲む壁を乗り越えてきてもらうのだ。


「おっす、元気してた?」


門の近くはいつのまに建てられたのか、街灯が立っていて、その為にハイドの存在は近づかなければ分からなかった。


それに警戒していた兵士たちも、見慣れた『役立たず』に気づいてその手の槍に力を込めてハイドへと突き向ける。


「どの面下げて戻って来たんだ? 勇者様よ……」


色々と問題は起こして不評なハイドではあったが、こんなあからさまな嫌われ方をするほどの大問題は起こしたつもりは無い。


噂が尾ひれどころか背びれも腹びれも胸びれなどありとあらゆるひれつけて泳ぎまくっているのだろう。


一体勇者とはなんだったのだろうかと考えさせられる状況に溜息を一つ。


それからハイドは気圧されないように口を開いた。


「この十人中十人が振り向く顔でだよ、頭どころか眼も悪くなったか? 庶民様よ……」


「はっ、そりゃそんな面してちゃ誰もが好奇な眼差しで振り向くわな」


だが負けじと彼は言い返す。そしてハイドが言葉を返すよりも早く、隣の男がそれに続いた。


「せっかく落ち着いたところなのに、これ以上かき回すんじゃねぇよッ! お願いだから、帰ってくれ!」


早くも一人の男の感情が爆発した。


元より彼の帰る場所はここであったはずである。だが、もうお前の居場所はないんだ、というような言い方ではなく焦ったような、今にも崩れそうな崖の端に追い込まれたような台詞が、ハイドの数多在る選択肢の一つを力強く押していた。


「ああそうだ! 勇者勇者だと言われている癖に迷惑ばっかかけやがって……、それでようやく勇者の出番だと言うところでお前は居ないッ! お前は、何のための勇者だよ、そのまま……役立たずのまま死んでしまえよ…………ッ!」


そして次ぐ台詞が、これまでの状況がどれほどまで苦難で屈辱的であったか、なんとなく理解できるようなものであった。


――――弱者はどう抗っても強者には勝てない。だが抗いもせずに虐げられる弱者は果たしてどうであろうか。戦う前に降伏していれば弱者以前の問題である。


その時点で――――。


ハイドは首を振ってから、自身に突きつけられる槍を弾いた。


その頃、遠くの方で地面をする音が聞こえて、頭上高くで壁に何かが乗る音がする。だが門番はそれに気がつく余裕も無い様子であった。


「どこまで抗えば王の目に留まって殺される? 命令や法律を破ったときか。公衆の面前で馬鹿にしたりか? 王の前を横切ったときか?」


だからハイドは、男の前にまで近づいて、そう問う。彼は何かに恐怖しているようで、その歯を小刻みにかみ合わせていた。


答えは一向に無く、ただ相手の鼓動が高鳴っていくのだけが感じられていた。


無防備なハイドにもう一人の男は手を出さずに、そうしてゆっくりと口を開いた。


「……全部、だ……」


「何人が粛清された?」


「分からねェ……だけど、街が、恐ろしいくらいに寒いんだ。頭がもう、どうにかなっちまいそうだ」


母さんは生きてるといいんだが、仮にも勇者の母だ。真っ先に殺されていそうだな。


ハイドは彼等と距離を取ってから首を振って、それから考えるように顎に手を当ててから、


「お前、反逆罪だな。もし俺が化けてる衛兵だったら死んでたぞ? だけどな、俺を信じてくれたことはありがたいな」


そうしてからハイドは背を向けて歩き始めた。


「なんか、面倒そうだから帰るわ」


「なっ……、て、テメ――――」


「俺ァ役立たずだからな。勇者としての生き方なんざ、この国でてからしてないし」


見え始めた希望であったと、分かりやすい反応を見せる兵達を尻目にハイドは姿を消した。


この事は恐らく王はおろか、誰にもいえないだろう。


王に伝われば、何故捕まえなかったのか言及され、最終的には反逆罪で見せしめ処刑だろう。だからこそ、情報調達にはもってこいであるのだ。


幸運だったのは、元から居た兵が門番であったこと。もし新たに加入した、金だけで動く人間であったら真っ先に攻撃されて、確実に姿を明かすこととなっていただろう。


「さて、と……瞬間移動テレポート


完全に身体が闇に呑まれて姿が消えたのを見計らって、ハイドは広大な空を見上げる。


無数に散らばる星の海。三日月は輝いてハイドの姿を薄く照らしていた。


そして身体は無造作に空中へと放り投げられて――――そこから見える街は異様なほどに暗かった。


先ほどの兵達が豆粒ほどの大きさになっていて、ハイドはそれから街に視線を移して、また瞬間移動をした。






「――――なんだってさ。多分金で雇われてる人間以外逃げたいと思ってるよ。普通の神経してりゃの話だけど」


街の端っこ、光の届かぬ闇の中で合流したハイドは簡潔に現在の状況を話して聞かせる。


だが最も重要な、王の人となりやその近辺の情報を聞き忘れたためにただ状況の悪さを見せつけただけの結果となった。


「普通の旅人として来ていたら……奇襲とか出来ないですもんね」


「そう、サッと殺してサッと解決するのがいい。俺の信頼できる知り合いか、生きてたら前の王に会えればいいんだけどなァ」


深夜と言うだけあって街は静まり返っていた。大通りには魔動式懐中電灯を持って徘徊する警備兵が居て、隅々まで確認していた。


「こりゃ街っていうか、最早牢獄じゃねぇか。街から出ることも禁止されてんのか?」


「最初の一年は徹底的に恐怖を刷り込むんじゃないの?」


「恐ろしいな。何の目的があって……」


ただ支配欲を満たすだけかもしれないし、何か他の、自分に多大な利益をもたらす目的があるのかもしれない。


だがそんな事を考えていても意味が無い上にきりが無い。


そんなことで、一行は一旦休憩をとることにした。


建物の屋上を飛び交って、物音を最小限に抑えながら進んで――――到着するのは寂れたアパートの一室。


ハイド=ジャンのネームプレートが健在のそこは、旅立ち前に引き払ったハイドの部屋であった。


ハイドはそのまま郵便受けの底を手でまさぐり、テープで貼り付けてある鍵を入手。


それで難なく部屋へと侵入して――――。


「へぇ、案外良い部屋ね」


シャロンはそのままマットレスだけのベッドに身を投げた。ハイドは電気をつけようとするノラを抑えてから、中身がそのままである収納スペースから三枚の毛布を取り出してそれぞれに渡して、仮眠をとることにする。


――――明日は目まぐるしい一日になることとも知らずに、一行はそれぞれ思い思いの夢を見ていた。

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