19 ――マジでギブする五秒前――
爆発が、手の中に作られる簡易爆弾がハイドへと直撃する直前、彼は反射的にハイメイの顎へと鋭いアッパーカットをかましていた。
それは、既に行動を終えようとしているハイメイに避けられはずも無く、彼を簡単に身体から引き剥がす打撃を与えることが出来た――――が、彼はそれでも手をハイドに向けたまま、ただ大きく仰け反るのみであった。
だがそれに次ぐ衝撃。脇から入り込んできたシャロンは流れるように斧の腹をハイメイへと添えると、彼女はそのまま力一杯に斧をフルスイングした。
身の丈ほどの斧は風を切るようにハイメイを宙に浮かび上がらせたが――――それでも攻撃の方向は変わらずハイドへと向いている。
シャロンが額から汗を流し始め、力強く舌打ちをする数瞬前。その時既に、彼女はハイドに肩を力強く握られていて、
「瞬間移動」
その場から遠く離れた地に移動する。それから打ち放たれた爆弾が地面を貫き、爆ぜ、巨大なクレーターを作ったのはそれから間も置かずの事であった。
「――――ッはぁっ! ……くそッ、まんまとしてやられた」
無意識の内に止めていた息を思い切り吐き出しながら、視界の端に爆破を捉える。
あの範囲内に剣が落ちていたらもうダメになっているだろうな、と無駄ごとを考える一方で、ハイドはハイメイの思惑に小さく舌を打つ。
「……強いわね」
斧を仕舞い、槍を装備しなおすシャロンは、偶然自分が出していた武器が斧でよかったと、そんな自身の気まぐれに感謝しつつ、やはり無視できない爆弾投下場所へと眼を向けていた。
「しかも頭がキレる。他のを後ろの下がらせておいて良かった」
嫌な予感がした故に出した指示だったが、どちらにしろそうさせることには変わりが無く――――そして巻き起こる煙の向こう側、人の群の中に小さな黒い点が現れた事によって、ハイドの勘が的中していたことに気がついた。
「奴は俺が避けると分かってながら爆弾を放った……、何故だか分かるかシャロンさん。奴は、一時的にでも姿を隠せればいいと考えたんだ。それは何故かって? 耳の良いアンタなら、聞こえるだろう。後陣の喧騒が」
そう言われてから、彼女の耳がピクリと動いて、緊張に塗り固められる表情はすぐさま蒼白な、絶望にも似るソレへと変わっていった。
「魔獣の群れ……、本格的に人間を潰しにかかってるさね。理由は――――」
「分からんが、兎も角止めにいこう」
「それは、人間として? それとも……」
穴の中からは無数に這い出る化けモノたち。ソレらを眺めながら彼女は場違いに聞いた。
こんな、人間とはかけ離れた身体を持つのに『人間として?』と聴く上に、彼女が求めている答えは更にハイドの戦闘に対する意欲を高めさせることを目論んでいた。
だからハイドは、その考えにまんまと引っかかってやろうと、引き攣った笑顔を作り、その肩を掴んで瞬間移動する直前に返答した。
「勿論、勇者として」
凄まじい衝撃波、とは言い難いそれに、僅かな間行動を制限されるメノウたちは気がつくと、目の前に作られる巨大な時空の穴を見せ付けられていた。
そして――――ライオンの顔にヤギの胴、蛇の尾を持つ化けモノや、とぐろを巻く巨大な蛇。大きくて獰猛な狼に、先ほどのドラゴンなどとは比べようも無いくらいに大きな竜が彼等を囲み始めている。
そんな状況は考えられないくらい幻想的で、彼女等はこれが夢であることを必死に祈りながら、ペガサスに跨る男の指示を聞いた。
「殺せ」
そんなたった一言で――――ライオンは火を吐き、蛇はとぐろを巻いて飛びかかろうとし、狼は背後へと回り込むようにかけだして、ドラゴンは大きく羽ばたいた。
「炎滅」
がんじがらめになる魔族を拠点まで瞬間移動で送り、彼女は炎に指先を触れさせて唱えると、吐き出される灼熱は元から無かったように、消えてなくなった。
激しい羽音が音を掻き消す。その中で素早く機敏に、とぐろを巻く蛇ははじけた様に彼女等に飛びかかるのだが――――ソレは不意に、目の前に現れた黒い影に噛み付くや否や、振るわれた鎌に首を跳ねられて、あっけなく地面に沈んでいった。
血が、出口を強く指で押さえるホースのように吹き出て、ソレを一身に受けながら影――――ハイドは彼等に指示を下し始める。
「ロイ兄弟はライオン丸、眼鏡は狼。メノウとソウジュ、ノラ、シャロンさんは協力してドラゴンを殺れ」
「私に指示するとは、偉くなったわね」シャロンが悪戯っぽくいいながら、自身の武器を槍から鎖の先に鉄球のついたモーニングスターへと装備を変えた。
ハイドはソレに苦笑しながらも、それ以外の言葉が発せられる前にペガサスの目の前へと瞬間移動する。
だがしかし、ハイドに対しての発言はそれ以外なかった。ソレは一部を除き、ハイドをハイドとして認識できていなかった故である。
そして残る一部は信頼し――――すぐに感づいたものも口には出さずに、指示された敵へと、それぞれ散っていった。
流れる一閃は避けることもしない馬の首を切断していた。幻覚でも錯覚でもなく、偽者でもないので首からは血液が吹き出てそのまま地面へ叩きつけられる勢いで落下する。
ハイドは地面へと瞬間移動で一足先に降り立ってハイメイの動きを探ろうとするが――――既に背後へと回られていて、その背中に鋭い拳が食い込んだ。
そのまま直ぐに第二撃。反り返る背中に手を添えて――――爆発がハイドを勢い良く前方へと吹き飛ばした。
衝撃で肺の中の酸素が完全に吐き出されてしまい、それ故に大きく息を吸い込むのだが――――まるで喉の奥が張り付いたように空気が吸い込めなかった。
それだけではない。気がつくと体中が突然暑くなりはじめて、肺が突然膨らんだ。
そして気がつく。そこは真空であったと。
体内から爆破しないのは魔族の頑丈な身体のお陰であり――――故に、ソレを打ち破る術もあった。
衝撃から止まる身体をそのまま地面に倒して、拳で強く大地を殴り抜ける。すると地面は大きくへこんで破片を飛び散らし――――空気は一点に集中するように戻り始めて、暴風が起こる。
起き上がるとまたハイメイが立っていて――――。
ハイドが鎌の柄尻を後ろに伸ばすも感触が無く、気がつくと、ハイメイはまるで挑発するように、ハイドより少し離れた前に立っていた。
「何が洗脳だ、もう、念力とかで良いんじゃねーの?」鎌を長く持って振るうと、また錐が攻撃を防ぐように地面から飛び出した。
依然として攻撃は彼に当たらず、一方的なダメージを負うハイドはそれでもわざとらしく元気を見せる。
それが嘘かホントか、ハイメイは見破ろうとも考えずに口の端を吊り上げた。
「いや、洗脳だ」
その中で不意に誰かの気配が、殺気を込めて武器を振るわせていた。あわてて、地面を蹴って横に避けると身の丈程の大きな剣は地面を破壊していた。
そんな彼はアルセで――――ハイドが振り向くと、ラウド以外の全員が、魔獣と共にハイドへと向かってきていた。
「知らないのか。能力は、自分より強い者には効かないが、自分より弱い者には十分効くんだぞ」
飛んでくる斬撃を短縮魔法で相殺し、襲い掛かる鉄球を跳んで避けると、上空から巨大な火弾が降り注いで――――それを瞬間移動で避けるも、地に足を着いた瞬間に矢が飛んできた。
何処からとも無く火焔放射が放たれて、頭上に展開される魔法陣からは鋭い氷の刃が顔を覗かせている。
後ろへと下がるべく跳ぶが、その背中に重い一撃が入り、強く弾き飛ばされてしまう。
フォーンの一閃であった。そうしてあえなく身体は焼き尽くされ、氷の刃に全身をメッタ刺しにされる中で飛来する矢は腹部に当たって激しく爆ぜて。
それらが終わると思うと、無数に飛来する煌めく閃光が身体を嬲り始める。
ハイドは僅か数秒にして、大きなダメージを積み重ね、地面に倒れる羽目となっていた。
「弱い勇者に強くなる時間を与えるために魔王は一度、出会っても去るって言うが――――俺はそんな余裕は与えんぞ」
ハイメイは、ハイドを囲むシャロン達、魔獣達を分けてその頭の先へと立ち、全身に優越感を満たしながら言葉を続けた。
「お前はここで死ぬ。元より役立たずの運命だ。寧ろ次期魔王に一目でも――――」
言葉は消えた。
一瞬、何が起きたか、ハイドにも、ハイメイにも分からなかったが――――ようやく追いつく頭は、そんな簡単な出来事に不意を突かれたようであった。
それは――――隙を縫ってやってきたエンブリオが、ハイメイの顔面を殴り飛ばしたという、説明するには至極容易な事象であった。
ハイメイは放物線を描きながら、やがて地面に叩きつけられる。
洗脳されている故に、自発的な動きが無い彼等はじっとハイドを見つめるだけで――――エンブリオはソレを不思議そうに眺めながら、ハイドへと手を差し伸ばした。
「何が終わってるかも、だ。まだ始まったばかりじゃねぇか――――おら、寝てんじゃねぇ、起きて手伝え」
魔族の姿のハイドに恐れることも敵意を持つこともしない彼によって、ハイドはようやく立ち上がると、
「百歩譲って貴様に協力する。そして万歩譲って貴様の姿を妥協しよう。だから俺に手を貸せ」
眼鏡を捨てるラウドの瞳は黄金色に輝き始めていた。
洗脳の条件が分からぬが――――ソレを受けていないエンブリオに、なぜか無効化できるらしいラウド。そして、魔人で勇者なハイド。
こんな予想だにしない妙な組み合わせにハイドは溜息をつくと、プライドを傷つけられ、未だ動きそうに無いハイメイを尻目に声を上げた。
「とりあえず、魔獣を先にやっちまいましょう」
洗脳の効果により無防備を強制されているソレらは、本来の脅威を見せる暇も無く、彼等の狡猾で、だが正義的手段により命を絶っていった。
残るのは――――ようやく立ち上がり、壊れた仮面を脱ぎ捨てたハイメイ一人きりであった。