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13 ――増援――

大重量のモノが地面に叩きつけられると大地は大いに揺れ、だがしかしソレにも慣れてしまったように、騎士達は落ちたそれに群がった。


「……これでもう終わりですか?」


見上げる空には魔物の影も無く、故に聞くまでもないのだが、ソレを確かだと実感するには問答が必要だと、一人の弓兵は感じていた。


「援軍が無い限りはそうでしょう。しかし、その可能性も低いと思います」


自身より頭一つ分背丈が低く、それなのに誰よりも多く魔物を撃ち落した少女は微笑んで男に答えた。そんな落ち着く音声にほっと胸を撫で下ろしながら、辺りをざっと見渡してみる。


焦げた大地に、凍る地面。影のように地面にへばりつく焼死体に、弓を構える氷の彫像と化す兵。見る影も無いほどにバラバラになる残骸――――その一方で、勝ったぞと喜ぶ兵達の姿。


前方では未だ喧騒が続いているのだが、そこでは兵の損失を半分以下に抑えて終えた。


――――ドスン、ドスンと、背後から鈍重な足音が大地を揺らしながら迫って来る。何事かと思って二人は振り向くと、そこには無機物の巨人が次第にその大きさを増して居た。


「いやあ、遅くなっちゃった」


そう告げるのは悠々しくも危なげに引け腰で魔導人形ゴーレムの上に立つメノウであった。


しかしこれほど戦力の塊だと言わんばかりのモノが、遅くなったの一言で戦争終了間際に投下されても、逆に使い道に困ってしまう。


現場指揮官のジェルマンなどは困り果てて頭を抱えてしまっているというほどの現状であった。


しかし前線なら未だ役に立つだろう。空の魔物戦ならば更に役に立ったであろうが……。


「だって魔力の消費量が凄いんだもの」


聞いても求めてもいない言い訳が出るあたり本人でも罪悪感のようなものはあるのだろう。


「それは分かりました。……でしたら、申し訳ないのですが戦線へ行ってもらえないでしょうか?」


現在の状況は半々というのが正しい。魔物の固い甲殻で弾かれて命を失うものが多い一方で、圧倒的な力を持つ者がその分を補い、地道に数を減らす者も居る。だからといってこのままを維持するのではなく、コレより更に状況を良くすることを心がけなければ成らない。


だが魔道人形は元より、多勢に対して一体、もしくは数対で戦いを挑むためのものである。その戦力は正に一騎当千。これほどのモノならばその倍以上の力を有しているからだ。


「いえ、ここでも十分です」しかし彼女はそれを拒否する。


移動速度の問題か? しかし、それでも戦線とこの場、それほど離れているとも言いがたい距離である。


「……どういう意味ですか……?」


だからジェルマンが聞く。照る太陽に最も近い位置に立つ彼女がその時、不敵に笑ったようにも見えた。





恐怖が身体を駆け巡る。必死に取った受身で流れるように身体を起こすが、また直ぐに振るわれる突きの一撃に身体は再び地面に倒れた。


相棒は殺された。確かソレはついさっき、いや、十分以上前だったか。……考えれば、昨日だった気もするし、そもそも相棒なんてものはいなかった気がする。


――――彼は混乱の窮地に立っていた。目の前には三体のサソリ。ハサミを上げれば人間を簡単に追い越す高さで、その黒さは死の象徴とも言える。


気がどうにかなりそう……にもかかわらず、彼は未だ生きている。呼吸は乱れるが、身体には一切の傷が無い。


戦闘が始まる前に鎧の大部分を脱いだことが救いでもあったし、必死に練習した受身が功を奏した事もある。だが何よりも、一度だけ手合わせしたハイドのお陰であった。


彼の速さが脳に焼き付いていた。彼の挙動が嫌になるくらい憎らしかったのが、教科書テキスト代わりになってくれた。


剣も以前よりは大分速くなった。立ち回りも、状況の変化の理解も格段に上がっている。――――全ては、この数分なのか、数時間なのかもよく分からない戦闘の中で上達したことであった。


足も速くない、攻撃力もダントツというわけではない。そんな兵は皆真っ先に脱落して行った。彼はソレを知っている。実際に眼で見てきたからで、故に、疑問に思っていた。


「なん、っで――――俺は生きてんだッ!」


尻尾を弾くために振るった剣が、逆に弾かれて手から離れる。


重い衝撃に大きく背後へと飛ばされた手が麻痺し、感覚を失うが、それでも彼は必死に横に転がった。一瞬後に、自分が居た場所にハサミが勢い良く閉じたのを横目に見ながら、彼は再び走り出す。


また前転するように回避行動を取りながら剣を拾って前を見据えると――――同時に、阿呆みたいに横並ぶサソリの群が、一つの影になぎ払われていった。


横腹に貫通し、サソリは穴と言う穴から炎を噴出し――――連鎖するようにソレは燃え盛って行く。黒い甲殻はやがて、ソレが本来の黒さなのか焦げた炭なのか判別の付かぬ色を見せ初めて、そうしてソレらは動かなくなる。


「何故生きているかって? この状況で哲学とは見習いたいものだな」


剥げた頭がキラリと輝く。それが白い歯ならばどれ程清々しく見えたことだろうか。


エンブリオは血に塗れた手甲を男に向けながら、年甲斐も無く好青年らしい微笑を魅せた。


「貴様が生きようとしたからだ。勝とうというわけじゃなく、逃げようとでもなく。必死に生きようとしたからだ――――最も、運が無い奴はそう思っても死んでいったがな」


魔物の死骸と人間の死体。数で比べれば魔物が圧倒的に多いのだが、割合で考えれば人間側がやや押されている。


それは運なのか。確かに体調等に左右されることなどは運と言っても違いは無いだろうが……。


「俺は、ただ運が良かったってだけで、生き残った、のですか……?」


運が尽きれば直ぐにでも死んでしまうかもしれない。次の瞬間にはこの頭は地面に落ちているかもしれない。その可能性をグンと引き上げることが出来る場所に居る故に、である。


「だが運が良いだけで生きている人間は多いぞ? 例えば貴様が妄信するロイ・アルセや、貴様等が憎むハイド=ジャン。そして何よりも、この俺だな」そう良いながら手甲でぎこちなく親指を突き立てて自分を指した。


「総指揮官殿も、ですか……」


その中で、彼は背後に一つの影が眼に入る。


――――激しく足音を掻き鳴らして、地面を強く踏んで飛び上がる。


男には声を駆ける暇も無いほどの速さであったのだが――――。


そんな軽快に降り注ぐゴリラの腹をたった1本の腕で貫いた。鈍い衝撃が離れた男にも確かに伝わる。肉の裂ける音、骨のへし折れる音。全て彼に伝わっていたのだが、エンブリオは重さなど感じないように腕はブレず、綺麗に突き刺さった腕に血が流れる事だけを見せていた。


瞬時に動かなくなるゴリラを尋常ではない筋力で放り投げながら、彼は頷いた。


「今のも運が良かっただけだ」


そんな台詞に彼はきょとんと眼を丸くする。ありえない話だと確かに感じている彼は、こう考えていた。


足音で判断がつき、次にその振動のタイミングからどれ程の力でどれ程の高さ、距離を飛ぶか分かったはずだ、と。


だがしかし、エンブリオはソレより前にゴリラの存在を掴んでいる。それは、自分で自分を指した際に、手甲が映し出した像を見た時であった。


本来するはずも無い行動で命を救われる。横目でチラリと見る行動で敵を発見することも『運が良い』行動であるのだ。


「ところで」彼は男の横に並びながら、同じ風景を見る。男は今度はなんだろうと思いながらその横顔を見ると、「貴様、脇は空いているか?」


脇? 彼ならば間違いなく尻と言いそうなのだが――――そう思っていると、


「空いているならば、貴様の相棒となろう」


心強い戦力はさらに男の命を永らえさせる結果となる。




怯える悲鳴、絶叫、断末魔。全てがその場から消え去ったのは、数時間にも及ぶ健闘の結果であった。


「我等はこの地に勝利をもたらした!」


エンブリオが高らかに声を上げる。人間たちは勝利したのだと。


時刻は昼を回る。残った仲間たちはそれでも元気良く剣を空に突き上げて歓声を響かせていた。


空と地、全ての魔物はその場からいなくなり、結局何の活躍もせず、ただのモニュメントと化す魔導人形はそれでも頼もしく思えるのは不思議であった。


前方でも大きな爆発や激しい影の動きが収まっている。恐らく向こうでも『勝利』という形で戦闘を終えたのだろう。エンブリオがそう思っていると――――空から降り注ぐ一筋の光が、地平線へと落ちるのが見えた。


その瞬間、それが地面へと触れると巨大な半円の爆発が巻き起こって――――数秒、間を置いて衝撃波が疲弊した兵達全員をその場から吹き飛ばして、また数秒、今度は絶望的な爆発音が彼等の耳へと届き始めた。


そこから光の塊は尾を引いて、地面を抉りながら迫る一つの姿は彼等にとって不意打ち過ぎるほどの敗北感を与えていた。

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