4 ――貿易都市ハクシジーキル――
そんなふざけるように真面目な掛け合いをしながら汗水垂らして道を行くと、再び昼中ごろに突入した。
時間だけは平等に流れている。それが確かだと、18年の年月を経てようやく理解した頃に、それは見えてきた。
道の先に、巨大な建造物の数々が集合している。それは小さな塀に囲まれ、その向こうには陽光に煌めく青い海。
それを見てからか、どことなく潮の香りが漂ってきて――――ああ、これが貿易都市というヤツか、なんて少し憂い考えたりするハイドは、隣を一瞥した。
そこには、笑顔で「ハイドさん! ハイドさん!」とハイドの腕を叩いて前を指差すノラ。
ハイドも同じくそうしたい気分であったのだが、だが2つも下の少女に先を越された今、年上且つ勇者の肩書きを持つハイドがそれをするにはバツが悪いなという事で、ハイドは笑顔で「分かってる」とだけ答えた。
「久しぶりに来ましたが、相変わらずですっ! うわぁ~」
等と話を聞かない無邪気な幼児に戻る子供はそのままかけだし――――盛大に転んだ。
「いゃぁっ!」
なんて叫びながら、受身も取れずに額を強打。嫌なのは俺のほうだと嘆息しながらハイドは焦らず、決して走らず急いで歩いていき、そして早くノラに手を指し伸ばした。
「私はノラというものがわからない」
そういうと、ノラは額を押さえながら苦笑した。
「す、すみません。何時もは秀才クール美人キャラなのに、年甲斐も無くハシャいでしまいまして……」
「いや、秀才クールでも美人でもないから丁度いいよ。歳相応で」
額を押さえる手をどかして、傷具合を見る。多少擦り剥き赤くなっている以外に外傷は無いらしい。
ハイドはその額に軽く手をかざすと、
「癒し給へ」
その手は何時ぞやの回復魔法使用時と同じく淡い蒼の光に包まれて、その光に照らされる傷口は見る見るうちに元の肌色へと戻っていった。
それと共に痛みも退いていくのか、ノラは驚いた様子でハイドを見上げる。
「傷つき壊すだけの魔法を覚えてるわけじゃないんですね」
そんな台詞に、ハイドは少しばかり苛っとした。
傷が完治した額に、光が失せた手をそのまま伸ばし、頭を掴む。そうしてそのまま力を込めると、ノラは痛い痛いと言葉を紡ぎ始めた。
「治癒魔法を覚えてなけりゃ俺はこの場に居られなかったからな。誰かさんのお陰で」
「ごっ、ごめんなさいごめんなさい! 勘違いとかそーゆー言葉じゃ済まないとは思っているんですがハイドさんが優しいのでつい普通にしててもいいんじゃないかとっ!」
「ほう。嬉しいこと言ってくれるじゃあないか」
言いながらハイドは手に入れる力を更に強めた。
「う、嬉しいならなんでっ、あぁ痛いっ! やめてくださいよもう!」
そんな言葉を聴いて、『確かにこんなことを続けている暇は無い、そんな時間があるならば早くハクシジーキルへ向かわなければ為らない。目的は無いが、旅を始めて一番初めの街だ。大切にしなければ……』と悟りを開いたハイドは、ジワリと滲む涙で瞳を潤すノラに適当な謝罪をしてから、道の先を進んだ。
――――貿易都市ハクシジーキル。交友都市は主にロンハイドと、海の向こうの数々の巨大国家や、科学や魔法で発展する都市など。
想像を絶する物流が存在し、また情報の流れも世界随一と認められる都市であった。
物を買い、排出する一方で、製造する事業も多く展開されていて、『電槍トライデント』という雷の力を宿した三椏の特殊な魔法の槍は、ここで発明され、実戦活用化されたというのはあまりにも有名な話である。
近くで見ると、ショボイはずの塀は大きく。ハイドの3回り以上も背の高い壁が聳えていた。そうして前にするのは巨大な門が口を開ける姿。
そこからでも中がトンでもなく騒がしいのがよくわかった。
門の両側に、例の『電槍トライデント』を常時装備する門番が立っている。
「旅の者か。遥々ご苦労なことだ。広すぎて迷わないよう注意しておいたほうがいいぞ」
突然話しかけてハッハッハと笑う門番Aに少しばかり警戒しながらも「そうですね」と笑顔で返すノラを見て、「出来た子供だな」なんて思ったりしていると、
「門を進んだすぐのところにある宿屋が、今は空いていて財布に優しくいい具合ですよ」
と、もう片側の門番が勝手に話しかけてきた。
油断していたハイドは「へっ?」と盗賊の子分の相槌じみた声を漏らしてから、「あ、ありがとございます」と軽く頭を下げた。
――――そうして、ようやく手始めの目的地へと2人は到着した。
壮大なBGMが脳内で流れる中、騒音を実際のBGMとして耳にするハイドは言われたとおりに近くの『宿屋』という看板を掲げてある3階建ての建物を目指した。
門から入ってすぐに大通りとなるらしいそこは、中央へと向かえば向かうほど人通りが多いらしい。様々な看板を掲げる店が所狭しと並ぶ一方で、道は馬車や人が忙しなく行き交うようである。
穏やかなロンハイドとは異なる光景に少しばかり気圧されるハイドは、気圧されたまま宿屋の扉を開ける。
「ヘラッシェーーッ!」
そうして落ち着く間も無く放たれた歓迎の声に心臓が止まりそうになった。
「びっくりしすぎですよハイドさん……」
「ヘラッシェ! お客さん2名でよろしいですね?」
「え、えぇはい。あの、門番の人に聞いてきたんですけど……」
「ありがとうございます! お部屋の方は松竹梅とあるのですがどうしましょう?」
頭に三角巾を巻き、赤いエプロンをする若い女性店員はさっきのヘラッシェが嘘のように丁寧な対応を始める。
「じゃあ、無難に竹を2部屋お願いします」
「えっ、それじゃお金が無駄になっちゃいますよ。それとも……わたしと一緒じゃダメですか?」
「ダメです」
上目遣いで何かを図ろうとするノラを一瞥して、ハイドは即答した。
「な、なんでですか!」
「得体の知れない女の子と一緒の部屋で眠れる気がしない。悪い意味で」
「か、可愛いのに……ですか?」
「はいマイナス50点」
ハイドはそういいながら、財布から受付の向こうの、ボードに掲示される通りの金額を店員に渡した。
「……はい、丁度です。それでは……」
部屋の場所と鍵の説明、それと門限の時間など、説明義務を適当に受けてからハイドは言われた2階の部屋へと歩き出した。
「は、ハイドさんってば!」
無い胸の変わりに外套をユサユサと揺らしながら、カウンターの奥にある階段を上るハイドを追っていった。
2階へと到達。そうして扉が並ぶ廊下を行き、鍵についているプラスチックのカードに貼ってあるシールの番号と、扉についてある表示板とを確認し、一致したところでその鍵を背後にいるノラへと渡す。
「ほれ、コレがお前の部屋だ」
両手で受け取るノラは、結局分かれた部屋を恨めしそうに眺めながら、「ではお先に失礼します」と、そうハイドの背に投げて、鍵を開け、中へと入っていった。
ハイドはそれでようやく何も乗っていない肩の荷が降りたと息を吐いて、1つ隣の部屋へと続いて入っていった。