12 ――魔族の群が現れた――
煌めく一閃は吸い込まれるように敵の首に入り込むが、異常なまでの固さの皮膚にそれは簡単に弾かれてしまう。
僅かに火花が立った。それだけで、後は怯む様子も何も無い。
勇者一行、魔術師一行、騎士一行、鍛冶師一名の九名の集まりは十名の魔族と対峙している。
ハイドが一方的に二人から迫られ、残るはそれぞれ一体ずつ。
だがそれでも、そんな一行の中で決して弱くは無いが、力の足りぬアンリは苦戦を強いられている。
相手は大柄で動きが鈍い。ロイが指示してくれた、自身と相性が良さそうな敵である。
確かに敵の攻撃は掠りもせず、手数の面ではこちらの方が圧倒している。地面を抉る拳には恐怖を抱くが、当たらなければどうということではない。
だがしかし、当たっても効かなければ意味が無いのだ。
彼女は今更ながら、自身が女に生まれたことを怨んでいた。
「うははっ! 人間の癖に可愛い顔をするじゃないかっ!」
距離を取っているのに眼前に迫っているのではないかと錯覚するほどの脅威。大声を耳元で叫ばれているような反響が口から放たれ、アンリは思わず一歩後ろへ下がった。
「気味の悪い……」
何故人間とは程遠い姿で、人間に近く、またはそれ以上の思考を持ち、力も持てるのか。何故喋ることが出来るのか、何故生きているのか。何故人間と相対的な位置に居るのか。
彼女には全てが理解できず、また考える余裕が無い。それに到る力も無い。そんな彼女は酷く中途半端であった。
あの時、ロイの横に立たなければ後ろで活躍するだけで終われたかも知れない。見栄を張ったばかりにこんな現状になってしまったのだ。
しかし時間を戻せるわけでもなし、ピンチになったら覚醒して隠れていた力が出るはずも無く、だからといってこんな状況でロイが手を貸してくれるはずもない。
自分の力と頭で切り抜けるしかない。アンリは再び決意するように唾を飲み込んで、身体を斜めに、剣を突き出すように構えなおした。
「まずはその綺麗な顔を、弾く……かっ!」
アンリより一回り以上大きな体躯が鈍重に拳を振り上げる。彼女は警戒と様子見をかねてまた一歩下がると、それは急加速し、瞬く間に地面に飛来する。
ドゴンと地面が籠ったような音を鳴らして、大地は爆ぜたように破片を飛び散らせ始めた。それに連なるように足場は激しく揺れて、思わず足元をぐらつかせると、魔族はすぐに迫ってくる。
敵の攻撃は避けられる。鈍いと言うのは決して速くは無いが――――決して、遅いというわけではない。そのような事である。故に動きは常人並であり、おぼろげな足場のそこではまともに魔族の動きを避けることもままならず、
「あぁッ!」
横なぎに振るわれる拳は彼女の顔面を見据えていた。アンリに出来ることはせめて剣をたて代わりにすることだけであるのだが、それも間に合わずに拳は無残に彼女の顔を殴り抜けていった。
身体が回転し、腕がプロペラのように回転しながらやがて地面に叩きつけられる。それから幾度か弾んで、その度に鎧はひしゃげて外れる。
彼女がようやく停止したのは魔族から十数メートル離れてからのことであった。
「うははっ! ……脆い。脆すぎる、メスではやはり、つまらぬのかっ?」
魔族は紅い瞳を光らせながら倒れるアンリへと歩み寄る。彼女がピクリとも動かなくなってしまったので暇になったのだ。
拳はしっかりと彼女の顔を捉えていた。力も抑えてはいたがアンリにとっては十分すぎると言えよう。だから――――彼女に割り当てられたことを不幸だと感じていた。
大きな戦争である。予告した故に強者が集まるはずである。人間の行動力ならば一週間もあれば離れた大陸からでも呼び寄せることが出来るだろう。
だからこそ参加した。なのに、何故これほどまで弱く、これほどまであっさりした終わりなのだろうか。
他を真似して一人の人間に二体でかかるか? だがしかし、一対一が楽しみたいのだ。それでは意味が無い。
彼の苦悩は続き、結局答えなど出るはずが無いまま彼女を見下ろす形となった。
人間の女などには興味が無い。柔らかい肉に、魔族ではおよそ存在しないであろう整った顔は全ての人間がそうである。
だから欲情を湧かす魔族も居るが、彼にはどうでもよい存在である。
「お前は、弱いのかっ!?」
人間はここぞという時に本来扱えない力を出すという。だからこそ、それを出す隙を与えるように屈み込んで見たのだが、しかしやはり、意識は無いのだろう。
呼吸すら停止しているらしい彼女を見るなり、彼は絶望するように溜息をつくと――――不意に右目に激痛が走った。
右目に留まらずにソレは深くにまで突き刺さるようであるが、骨にまで到達すると潔くソレは引いた。
「――――私は強いッ!」
振り上げられる拳から地面を転げて逃れる。それから立ち上がり、距離を開けずに腰の高さにある頭を蹴り飛ばした。
魔族はそれでも怯まずに軸足を掴もうと手を伸ばすが、素早くその足も振り上げて側頭部に鋭い二連打が突き刺さる。
それでようやく彼は身体を仰け反らせ重心を崩し始めたので、アンリはトドメとばかりに力いっぱい顎を蹴り上げた。
「……被らないように斧にしたのはいいんだけど」
血に濡れた斧を振るって血を払うと、彼女はそのままソレを担いで地面を見下ろした。
「威力がありすぎて困るねこれは」
胴を真っ二つに、そして下げていたが故についでに裂かれた両腕が無造作に地面に転がる姿。魔族は一度も攻撃に回ることも出来ずに、たった一撃でこの状態にされていた。
能力も名前すらも分からぬ魔族。ただ一つだけ、『弱かった』としか理解できぬソレを見下ろしながら、彼女は苦戦を強いられているような仲間の下へと走り出した。
「そぉらよっとぃっ!」
ハイドは息を吐きながら四つんばいになり、吹き飛ばされた身体の速度を低減しようと目論むのだが、
「甘いんだよバーカ」
空から降り注ぐ炎の弾丸はそれすらも許してくれなかった。咄嗟に魔法障壁を紡ぐ時間もないので仕方なく、強く地面を蹴って起き上がり、背後へと飛びながら剣でソレを打ち落とす。
瞬く間にピンポイントで焦土を作り出す炎は、だがしかし火竜の剣の刀身を溶かすどころか焼き尽くすことすら出来ないで居る。
それでも多すぎる炎の量は、弾く時間の間に紡いだ耐熱性外套が防いでくれた。
――――だが、それでもまだ手を休めることは許してくれないらしい。
目の前から迫る新たな影は凄まじい暴風を起こして、それは竜巻へ。ハイドを中心として巻き起こるそれは炎を飲み込み業火の渦巻きとなった。
砂が焦げて視界が覆われる。巻き上がる墨は黒く、だが妙に赤々とした炎は未だハイドへと到達し得ないのだが、瞬く間に竜巻の中心の空気は消えていった。
肺が内側から圧迫される。真空へとなっているようで、肺胞が破裂しそうになっているのだ。目を開けていることままならないその中で、ハイドは竜巻に巻き込まれようとそれに触れた。
一瞬にして体がそれに飲み込まれていく。刹那の時も要せずに左右上下が分からなくなった。魔法障壁のお陰で炎は感じないが、それでも四肢は凄まじい風の流れに千切れそうになってしまう。
だが、そこには空気があって、
「類友ッ!」
竜巻と成る炎は彼の叫び声に応じるかのように一点に、ハイドの握る剣へと集まっていく。一度、直ぐに消え去る炎の後、それは瞬く間に収束を始めた。だがその間、魔法障壁を消したハイドの身体は炎に晒される事となる。
最初は竜巻の勢いに負けるソレであるが、集まれば集まるほど、火力は増し、やがては竜巻を打ち負かすほどの量が集まって、一閃。
ただの一振るいで竜巻の空気は貪られ、致命的な燃料を奪われ、維持できなくなった竜巻は脆くも崩れ、ハイドは地面に叩きつけられるように着地する。
「痛い……」
熱気を吸い込み砂をも飲み込んだせいで食道や気管が激しく痛む上に、体中が痛みにわめいている。天を貫くという程の大きさではないのだが、竜巻に巻き込まれて無事だっただけでも良い結果といえるだろう。
炎の滾る剣を構えたままハイドが呟くと、前方では待っていたと言わんばかりに二体の魔族が立っていた。
「もっと痛くしてやるよォッ!」
そう叫んだのは炎の魔族。対して風の魔族は氷雪系の魔族かと勘違いするほどに無口で、冷静そうでもあった。
「類異」
揺らめく濃縮された炎の中で、結晶の様なモノが光ると思うと――――炎は一瞬にして新たな行き場を求めるように剣を後にする。
縦横無尽に炎が広がる。その火力は魔族が最も良く知っていて、それが故に、焦ったように飛び上がった姿が滑稽であった。
ハイドも同じく飛び上がる。そして炎にばかり気を取られていた魔族はその首に迫る白刃に反応が出来ずに――――ハイドは吹き飛ばされた。
刃が魔族の首に触れるか否か距離。突如横殴りに吹く大風に巻き込まれてその一撃を無下にされたのだ。
「お、驚かせやがって……」
少し遠くの大地に、放られた人形のように落ちるハイドをみて魔族はホっと胸を撫で下ろす。
「油断するな」
ゴミ屑め。付け足すことも出来るが、長引きそうなこの戦闘での仲間割れなどは眼も当てられないほどに酷いことなので口をつぐんだ。
悪い。そう謝る彼に溜息をついて、辺りの惨状を眺めながらハイドが動く前に攻撃をと、彼は真っ先に走り出した。