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11 ――人と魔物と大護老――

「四と七は東、五と六は西。ロイとアンリの馬鹿共が行っちまったから一と二は俺に続けェッ!」


手ぶらのエンブリオは珍しく騎士総指揮官らしき発言をする。そうして言われた通りに固まった兵達は東へ西へと展開して行く。


だがしかし、エンブリオはただ指揮するだけの人間ではない。故に真っ直ぐ真ん中を突っ切るのだが、彼は今何も持っていない。


握っているのは拳だけ。その両手に鋼鉄の手甲を嵌めているだけの身軽な格好である。しかしその姿こそが、誰からも信頼を寄せられる戦闘態形であった。


武器を持っているときが油断や手加減をしている状態。彼が持つ武器は肉体であり、その武術はあらゆる国に精通する皇帝レイドから授けられた技術であった。


「ビッツさん。弓兵隊は――――」


「ジェルマンで結構。私たちは、空の掃除です」


残される第三騎士団。指示されていない弓兵隊に疑問を抱いた副隊長――ズール――が口を開くとジェルマンは即答する。


そうして空を見上げると、既に空の方の魔物も距離を縮めて――――そうして間も無く一本の矢が地上から飛び出して、下を見下ろす一体の龍の瞳を貫いた。


前方では兵達の刃が高い金属音を掻き鳴らし、交戦はようやく始まったようであった。






「花鳥……風月ぅっ!」


奇声にも似た叫び声は、魔力の伝導率を跳ね上げさせる。


放つ拳は彼を挟み込もうとするハサミの結合部分に素早く直撃し、亀裂が入ると思うとまた力が加わり、貫かれる。そうして拳は次いで巨大なサソリの顔面にぶち当たり、その堅牢なはずの甲殻はいとも簡単にひびが入って、押される強大な力に耐え切れず身体が宙に浮かび上がって、吹き飛ばされた。


空を舞っておぞましくカサカサ動く足を眺めながら、エンブリオはまた次の魔物に向かった。





鈍く煌めく白刃は、その動きさえも鈍かった。降り注ぐ剣を容易に弾くゴリラはその主へと突進してくるが、そのすんでのところで不意に放たれた刃を頭に受けて動きを止める。


だがしかし、その頭蓋骨は柔くなどはなく、ただそれだけの、全力の一撃だけでは倒せなかった。ただ怯む、それだけのことなのだが――――振り払われた剣は既に元の位置に構えられていた。


それは僅かな時間ではあるが、動く余裕を失ったゴリラの顔面を貫くには長すぎる時間であり、彼はそれでも必死に剣を突き出すのだ。


ただそれだけのことなのに妙に息が切れる。手に伝わる、肉と骨を断つ感触は意外に気になることは無かった。


「おい休むな」


先ほど助けてくれた相棒が肩を叩く。分かったと彼は返事をして次の、今まさに眼があったサソリの魔物へと対峙した。


彼の相棒が果敢に剣を振り上げる。先ほどと変わらぬ動作に、変わらぬ安心と信頼を抱いていた。


だが彼が未熟なのには変わりなく、突きと挟むことには定評のあるサソリにとって、その動作などは隙を見せる以外の何かに見えるはずが無い。


故に――――尻尾の鋭き突きが閃いたと、認識できたのは相棒が背中に血に濡れた何かを生やしたところを見た時であった。


尻尾は単純な動きが故に力がこもりやすく、だから鉄製の鎧などは簡単に貫いてしまう。彼の相棒が身を挺して恐怖も添えて、それを証明してくれていた。


流れる血は外には出ずに鎧に溜まる。だが接合部分からはしっかりと漏れ出していて、しかし彼の呻き声などは聞こえない辺り、恐らく即死だったのだろう。


それだけが救いだったのだろうが――――キシャアと、サソリは大きく口を開けると、その回りには細かい刃が無数に横並び、少し奥にもそれがあるのが見える。何重にも続く口内に、相棒は足から放り込まれ、噛み砕かれて、その度に脊髄反射で大きく弾んでいた。


やはり彼の死は報われるはずが無かった。


おい、休むなよ。そう掛けようとする台詞すらも怯えて喉の奥に引っ込んでしまう。思考が一瞬にして白紙へと戻ってしまった。


周りではまだ仲間が戦っている。そのはずなのに、途端に孤独になったような不安が彼の腕を震わせていた。現実味を帯びる死が、彼の動きを止めていた。


――――相棒が絶命し、精神的に不能者になった男の居るペアは、そこで早くも戦線離脱する。




「くっそォッ!」


一人の男が血に濡れる腕を押さえて叫んだ。彼は第四騎士団の隊長である。それを庇って前に立つ副隊長の突き放つ槍は見事にサソリの口から甲殻を貫き背中へと抜ける。しかしそれでも隊長は罵倒をやめなかった。


「貴様ァッ! どこに目をつけている! 敵よりも俺を優先しろ!」


「しかし今の状況では明らかに貴方が……」


「口ごたえするのか、貴様。この戦場ならば、誰がどう殺されようとも魔物に殺されたとしか思えないんだが、なァ……?」


一閃。副隊長の槍は迫るトラに先制して突き刺さる。風を貫く槍は素早くその頭を貫通していた。


「いいから回復魔法を掛けろ役立たずがッ!」


「……はい」


強く歯をかみ締めながら彼へと寄る。なぜこのような人間がこの地位に立っているのか、副隊長の彼には理解できないし、それを知る第四騎士団のメンバー全員にも分からなかった。


類は友を呼ぶ。よって四から七は皆似たような隊長を持っており、そのために、こんな隊長の理不尽な指示などでは死にたくないという思いがより強い。故に個人個人がそれを堪えきれる様に強靭であった。


周りはそれを察したのか、自然と彼等に魔物を寄せ付けぬような隊形を取る。勿論、隊長を気に掛けるのではなく、手を出せぬ副隊長が無残な死を遂げぬように。


しかし誰もそれは口に出来ない。不敬極まりなく、罪に問われることがあるからである。


「終わりました」


「時間が掛かりすぎだ。三十二秒? 俺ならこの時間で五体は倒せている」


たった一体に苦戦し、傷つけられて吼えた男がどの口で言うのだろうか。しかし手を動かさない怠惰が既に彼を支配したのか、ようやく隊長は本気を出し始めた。


「まぁ、良い。お前一人で俺を護りながら戦え」


言われながら槍の石突でゴリラの頭をかち割った。嫌な感覚が手に伝わって、鈍い衝撃を地面に伝えながらソレは横たわる。


しかし、彼のような男が居ないほうが仕事がはかどる事は確かである。最も、居たら面倒なのだが、それが自衛すらできない上に、傷一つ付けてはいけないお荷物になったらどうであろうか。


彼の運命は加速度的に崩落を始めるのだ。それは足掻いても変わりが無い。そんな絶対が存在するのが、戦場ここであった。


「しかし、それでは――――」


信じられぬことに、隊長が振り上げる剣は一寸の狂いも無く彼の頭に振り下ろされた。本能的にソレを槍で弾き返して距離を置くと、それこそが彼の狙いだったのか、にやりと嫌な笑みが浮かんだ。


背後では、部下の手に余る量の魔物が穴を縫うように接近している。それを横目に見て確認してしまったからこそ、彼の言葉は止まってしまった。


だが隊長は、自身を恐れたのかと勘違いしている。逆らえない絶対権力を有していると始末に負えない思考を展開していた。


「ほう、逆らうのか。この俺にいッ!?」


言っている場合ではない。そんな状況でないことなど十時間以上前に城を出たときから分かっているはずなのに――――振り向けば刺され、振り向かねば魔物の流れに殺される。それさえも理解できぬ阿呆が目の前に居た。


「貴方は、一体ここ、何をしに来ているんだ」


足音が如実に近づく。だがまだ、相対するには至らぬ余裕があった。


「生き残れば次の地位があるだろう? まだ上に昇れるんだよ、貴様のような、一般兵上がりとは違ってなぁッ!」


数多居る貴族の上位官職のうちの一人。それが彼である。実力は無く、だが権利ちからばかりが余る男。だから安定する上、だから安全な机仕事を目指しているのだ。


それには功績を立てなければいけないが、部下を使えば難しいことではない。


彼の頭は常に幻想みらいが想定されていた。それをようやく、この思い出す必要の無い状況下で記憶の海からサルベージした副隊長は行動を開始する。


ブラディ螺旋スクリュー!」


手に握ったままの槍を振り向き様に大きく振るう。切っ先から伝導する魔力がなぎ払われ、辺りに飛び散ると――――それは前方の魔物に絡みつく。彼はそのまま槍で縦横無尽に宙を切り裂くとその魔力の糸は複雑に絡みつき、やがて魔物は決して破れることの無い糸に細切れにされた。


肉の裂ける音と甲殻が無理矢理引きちぎられる音、それと魔物の異様な断末魔が叫ぶ中、彼は仕上げとばかりに槍を振り上げると、糸に絡みついた肉片が巻き上げられて、小さな竜巻を作る。


無駄な動きが一切無く、複数の魔物を一度に倒す効率の良い技であった。そんな一連の攻撃を横目に見る部下たちはまたそれで士気を上げる。


「馬鹿者が。俺を無視するからだ」


クツクツと笑う隊長は剣を突き出していた。その先には副隊長の背中があり、その刀身は綺麗に中へと入り込んでいる。


力を示す為の剣はその痛みを部下に与え――――自分の身を護るための剣は、自身の地位を保つためだけに振るわれていた。


「馬鹿は、貴方だッ!」


小さく呟きながら下げた槍を後ろに素早く引く。石突は瞬く間に隊長の胸へと迫り、到底反応できるはずも無い彼は無様にその鳩尾を貫かれた。


「き、貴さ――――」


さらに石突を振り上げる。開く口、下がる顎にそれは見事直撃して彼はあっけなくその場に崩れ落ちた。


副隊長もまた崩れそうになるが、隊長の戦闘経験の無さが功を奏したのか致命傷には至らなかった。


彼は再び発動させる回復魔法を自分に掛けてから、そうして声を張り上げた。


「隊長が不慮の事故で意識を失いました。これよりの指示は俺が出します!」


そう言って確認する仲間の数は、既に半数近くにまで減っていた。

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