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8 ――作戦実行――

それから数日後。中庭では見知らぬ初老が、歳のせいで禿げ上がったのであろう頭を陽光に光らせていた。


隣には身の丈ほどの長さの刀を持つ長身の男。またその脇には彼の肩にも満たぬ身長の、この汗ばむ暑さなど分からぬようにマントを羽織る少女が居た。


騎士達は皆、それらを遠巻きに眺め、交渉なのか、ただの談笑なのかも分からぬレイドとのやりとりに注視していた。


「――――あぁ、なるほど。なら、何十人程が必要だ? 『お師匠様』よ」


初老の男は無精ひげを撫でながら、嫌らしい笑みを浮かべる。わからん奴だと溜息を吐く護身用の男を一瞥してから、師匠と呼ばれたレイドは似合わぬ笑顔を清々しく見せた。


「百人ほど居れば助かる……それと、私が長い時を掛けて作った玩具があるだろう。あれも寄越せ」


しかし口調は変わらず。初老の男は憎々しげにレイドを睨んだ後、


「魔物、魔族連中にまともに戦える人間と言ったら私の組織の人間殆どなんだが……」組織の人間しか居らず、また全て出払うことは国の自衛が出来なくなると、暗に言うのだが、


「問題は無いだろう? こことは違い、それぞれが護身の為の力を持つ民が居る貴様の国は。それを築かせるために私は民の全てに魔法を行き届かせるよう、助言したのだからな」


「戦力が薄くなるから、という理由で断る事を出来なくさせるためにか」


無論。彼がそう言って頷くのを見てから、初老の男はつまらぬと、首を振る。


「今回の戦いの為に武器を作らせている。鉱山都市の折り紙付きだ。その為に時間が掛かって――――恐らく、その襲来直前になると思うんだが」


「ならば今の内に魔法陣を外に移しておけ。遅れてやってくる英雄なぞは外道極まりないのでな」


「ったく。お師匠。アンタは一体いつまで生きるつもりだ。というか……アンタが前線に出ろ」


いつまで生きるのだ。そう言われているレイドであるが、彼はいたって普通の人間である。エルフ特有の長い耳も無ければ鬼人族のような角も無いし、竜人族のように肌の一部が鱗でもない。


ましてや魔族でもない彼は、初老の男がまだ少年であった頃には既にこれより少しばかり老いた姿であった。


不老不死というわけではない彼は、大賢者の内の一人である。そして世界に名高い大賢者『デュラム』と、現在目の前にしている、この間大賢者になったばかりの『アークバ』の師匠でもあるのだ。


彼が老いてもまた若返り、長く生き続けることが出来る理由――――それは、彼の持つ魔法にあった。


「魔法使いは常に後陣に居るものだし、私は兵とは違い脆いからな。まだ二、三百年ほど生きて見たい」


隣の長身の男――ソウジュ――はそんな、現実離れしたことをいかにも本当の事らしく言い合う二人を見ては、大きく息を吐く。


彼は宗教国家にて大賢者の推薦と、死亡の報告を終え、アークバに連絡し、ついでに護衛の任を与えられ――――ようやく称号授与式典も終わり帰れると思った矢先にここへと寄越されたのだ。


自国の現状も未だに把握しきれずに街を後にしたので一刻も早く帰りたいのだが、話を聞く限り、まだ当分帰れそうに無いとのことなので、その吐く溜息は知らず知らずの内に数を増していた。


一方、マントの少女――アオ――は見たことも無い街並や、巨大な城を眺めては「へぇ~凄いねぇ」だの「ほぉ~すごいねぇ」だのの感嘆の言葉を、前後に「お兄ちゃん」と付け加えて声を出していた。


ソウジュの心労もコレでは増えていくばかりである。彼が肩を落としていると――――中庭に集まる騎士達の向こう側。街から城へと真っ直ぐに繋がる道を歩く見慣れた、勇者の姿があることに気がついた。


その後ろには、同年代らしき男女を連れているようだが、どうにも親しいようには見えない。声を掛けようと試みるが、現在そこを離れるわけには行かず、そもそも野次馬の人間が邪魔すぎた。


やがて城の中へと姿を消すハイドは結局、彼等の方へ眼もくれなかった。ソウジュはそんな中で、彼とは一体いつになったら決着をつけられるのだろうか。


暇つぶしにそんな事を考えていた。




「――――っ!!」


ハイドの悲鳴は巨大な轟音によってかき消されるが、そもそもその悲鳴が生まれる原因となったのは彼にあった。


自分の立つ位置から真っ直ぐ前方まえへ、地面が長く深く抉れ、そして林のど真ん中を消失している景色を見て納得し、大きく息を吐くと、地面に突き刺した剣を持ち直して、


「よし。これで俺の訓練は終了だ」


だがそんな言葉とは裏腹に、彼の瞳には未だ燃え滾る炎があった。


意図的な環境破壊の脇、抉れた地面の両脇の影にそう声を駆けると、ロイとアンリはほっと息を吐く。


かれこれ一時間。二人でハイドを攻めていたのだが、結局一撃も与えることが出来ずに――――締めとばかりの巨大な一閃を見せられたのだ。


しかしそれもようやく終わりだと、息を吐いて立ち上がるのも束の間。


「今度はお前等の訓練だ」


そんな絶望にも似た警鐘は、拒絶しろとロイの頭の中で激しく鳴り響いていた。


だが口を開く余裕も無く、考えがあるのかすらも分からぬアンリは雄たけびと共に駆け出していた。


軽いフットワーク。左右へ、ジグザグに走りながらそれでもあっという間に距離を詰める彼女はハイドが反応する余裕も無く鋭い突きを繰り出した。


風が切られるのを忘れるほど素早い一撃。確かな手ごたえであるが、同時に鳴り響く金属音と、手に伝わる鈍い痺れは――――彼の剣の腹で切っ先を止められているが故である。


「舐めッ!」


剣を引く。連動して流れるように長い足がハイドの側頭部目掛けて飛来する。これまた速い、見切るのも予想するのも至難な行動ではあったのだが、ハイドにとっては大きな隙を見せただけに終わる。


彼女の足を、自身の肩ほどまで上げられた位置で掴んで力一杯引く。体重の軽い彼女は鎧を着てもあっけなく宙を浮いて――――勢い良く宙を滑るように、ハイドの背後へと投げられていた。


「だから、大技の時こそ注意しろって言っただろ」


言いながらハイドは剣を頭上に、寝かせるように構えると、その腹に重く鈍い一撃が加わった。凄まじい衝撃がハイドを嬲る。


突如として空から飛来したロイは全力で剣を振り下ろしたのだが――――剣に受け止められるも直ぐに、その剣はまともに衝撃を受ける事もせずに傾いて、地面へと重量を流された。


剣の通り道を作って長期戦を強制的に断ち切ったハイドは、自身の足型にへこんだ地面から足を抜いて、体勢を崩したロイの首筋を冷たい切っ先で撫でてやる。


「その馬鹿力はホントにすげぇ。だからこそ、その今みたいな全力を最後に使うんだよ。『コイツこんなに力があったのかー』って思わせるために。あと相手が疲弊したときこそ持ち前の力を見せ付けるんだな。余力十分だとみなされるから」


適当に思いついたことを口にしてから、ハイドはその剣を鞘に仕舞う。疲れたと、溜息を吐いてから、


「まだ続ける? 俺は帰りたいけど……」


「お、俺も帰りたい」


直ぐに同意を得られたハイドは元気良く頷いた。それから割合遠くまで吹き飛ばされたアンリを待ってから、そう遠くは無い街へと足を向ける。


――――城へと戻る中で、中庭が妙に騒がしかった。


ロイの話によると、どうやら助っ人が来てくれたらしい。恐らくアークバだろうなと大体の予想をつけていると、その野次馬の向こう側。中心部分にソウジュの姿が見えたので、ハイドはすぐさま視線を外した。


「なぁ、見てみろよ。あの人、あの刀持っている人……尋常じゃない力だ。あんな人が支援に来てくれるなんて、心頼もしいなぁ」


後ろではロイが嬉しそうに肩を叩いてくる。同じ頃にハイドはそのソウジュから飛ばされる視線を受けてコメカミ辺りに緊張を張り巡らせていた。


「……おい貴様。あの男が見ているぞ」


少しは心を開いてくれたらしいアンリはそう告げるが、その事には既に気づいている上にハイドはあまり関わりたくないのだ。


以前は休戦協定を受けてくれた期間中だったので戦闘にはならなかったが、現在、この戦争下で、しかも今度はアークバという頭付きだ。


彼がどう出るか分からぬ以上、下手には手を出さないほうが良いだろう。


「俺がカッコいいからだろ?」


だから冗談にそう言うのだが、アンリはやはり、冗談は分からないらしい。


股間を強打した鞘を、頭蓋骨をぶち割ると言わんばかりの威力で振り下ろしてきたので、ハイドは思わずソレを受け止めた。


「つまらん冗談を言う貴様が悪い」


――――確かにロイには負ける気もするが、真面目な顔でつまらん冗談と言われるのは心外である。しかもある程度美しい女の子に言われるのは相乗効果でハイドの心を傷つけていた。


「野郎、言うじゃないか」


「野郎じゃない」


「女郎、言うじゃ――――」


最後までいえぬ台詞は背中に突き刺さる鋭い拳が原因であった。嫌になるくらい呼吸が苦しくなるのだが、それでも拳は、ギリギリと食い込むことをやめないで居た。


「殺すぞ」と。囁く死の宣告は次第に現実味を増していくようであった。


そんな毎日がほんの少しに感じる数日間。


それが過ぎた頃――――ようやく一週間暖めてきた作戦は実行に移され始めた。

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