6 ――作戦会議――
その日の午後。魔族襲来の騒ぎが収束へと向かい始めた頃、一定以上の責任と権利を持つ者は皆玉座の間の下階、地下の広大な図書施設に集められていた。
城の敷地分くらいは在るのではないかと思うほど広いそこには、多くの棚が一定間隔の余裕を保って並べられている。その癖掃除が行き届いているのか、埃っぽさなどは微塵も無く、ただ少しばかり冷えるような場所であった。
観音開きの扉を開いて直ぐのところに、大きい円卓が配置して在る。数十人は腰掛けることが出来そうなそこに、復活した数人の騎士団隊長と元より居た隊長達、弓兵隊教官、一般兵総指揮官と、皇帝。本来居る筈の魔術師団隊長は後処理に追われて欠席している。
それになぜかハイドも参戦させられており、妙な空気の中、行われる作戦会議は徐々に白熱の一途を辿る。
「貴様、魔族の戯言を信じると言うのか?」
「あそこで退いた魔族は、魔族の作戦としたら最も効率的だ。あのまま戦って数十人を殺した後に誰かに倒されれば取りあえず『平穏』を取り戻すが、取り逃した上に嘘か本当かも分からぬ情報を伝えるのは国の内部をかき回すのに最も適している」
「だったら何故一週間しか取らぬ、一ヶ月ならばより疲弊して……」
「お前は阿呆か? 一ヶ月も待たせれば他国からの支援も十分間に合い考えも浮かぶ。実力をつけるのにも十分な期間だ。故に、一週間がギリギリの線……お前、まだサキュバスに現を抜かされているのではないのか」
等と、真面目に議論をするのは長い間サキュバスに骨抜きにされていた隊長達である。
皇帝は眼を瞑り、それを聞いているのか何かを考えているのか分からぬ格好を取り、ジェルマンはエンブリオと何かを話していた。
女騎士は気まずそうにチラチラと隣のロイに視線を投げるが、そのロイは何故だかチラチラとハイドへと敬意を孕む眼差しを送っている。
ハイドはというと、一般兵総指揮官――アンリエル――と弓兵団教官――ウェールズ――が並ぶ隣で一緒になって会話に参加していた。
「いやだからさ、俺は言ってやったんだ。俺の心は君の愛と言う矢で射られてるって。そしたらなんていったと思う?」
「死ねって?」アンリエルが茶化すように肩を叩くと、ウェールズはそれが嫌なように手を振り払って、
「違うよ! 臭いけどなんで問答無用で殺されなくちゃ……、違うって。『でも貴方の矢は小さすぎて私を満足させられないの』って」
「死ねよ」思わずハイドも後に続いた。
「君等が話せって言うから話したのにこの待遇は一体どんな罰だ! というか、これは作戦会議じゃないのか。ごちゃごちゃしすぎて混沌っていうか、皇帝がいるんだから少しはまとまろうとか考えないのか」
ウェールズが憤慨する。しかし皇帝に怒られるのが嫌なのかその声は非常に小さかった。
「いやでも、こんな状況で作戦会議したってね、作戦なんて浮かびませんよ。戦争なんて対人間ならずる賢い戦い方も出来るけど、対魔物、魔族じゃ……、あっちは人間と違って頭を使いますからね」
「アッハッハ、言うなぁ坊主。お前面白い」
「ちょっと待って欲しい」ハイドは落ち着かせるように少し間を空け、アンリエルが注目したところで再び口を開いた。
「俺は結構真面目に言ったんだ。魔物も来るからといっても、魔族と雑じってちゃまともに数を減らせない。その時点で対人間に育てられた一般兵はお荷物となる」
「……、まぁ確かに。否定するのは心苦しいが、俺がそれを一番理解しているつもりだ」
「そして弓兵だが、まぁ、ある程度は使える。でも前に騎士か何か、障害物を置かなくちゃ直ぐに全滅だ」
「……こればかりは、どうにもならないのか」
「そして、その最も活躍を求められる騎士達ですが……」
ハイドは落ち着いたように、円卓を挟んで半狂乱に近い叫び声で講義している隊長らを眼の端で流して見る。
隣に並ぶ彼等もそれをみて、大きく息を吐いた。アンリエルなどは落胆がひどいせいで机に突っ伏してしまった。
ハイドもまた、ウェールズらへと肘を突いて顔を向けて、
「どうです。絶望でしょう。これで数日もすれば兵達にもストレスが溜まり……、街を警備している兵らが街の人間と揉め事を起こし始めたら末期だと思ってください」
ハイドの考えは全て憶測に過ぎない。しかし妙に説得力があるのは彼が傭兵だという立場がそうしているのだろう。
ウェールズは瞬く間に顔の色を蒼白に、アンリエルは聞くのも嫌なのかわざとらしいいびきを上げていた。
「この国はもうダメなのか……?」
呟くウェールズに、ハイドは軽く肩を叩いた。彼は暗く顔を上げて、よく知らない相手の顔をまじまじと見つめると、不意に妙に自信に満ちた台詞が放たれる。
「何のために俺がいると思ってるんですか」
親指で自分を指すハイドは酷く自信家であったが、それは恐ろしいまでに実力が伴った者の発言であった。この場に来るまでに、ロイに散々彼の話を聞かされていたウェールズはなんとなく、ソレが信用に、信頼に値する台詞だと受けて取ることが出来た。
「この円卓上を見て、使える者と使えない者は分かるのか?」
だからこそ、彼に聞ける。瞬く間に一人の男の信頼を手に入れたハイドは、満足げな笑顔を浮かべると、横を向く身体をしっかりと椅子に座りなおし、背もたれに身体を預けながら口を開いた。
「今座っている者以外は、皆使えません」
そんな言葉にふと気がついた。ウェールズは得意気に眼を細める彼を一瞥してから円卓を撫ぜるように眺めると――――騎士団の四から七までの隊長四人は余すことなく立ち上がり熱弁を振るっている。
それ以外は皆退屈そうにだべっていたり、眼を瞑っていたり、誰かの横顔を見つめていたり、机に突っ伏していたり……。それを見て、ウェールズは確かにと納得した。
一番上、人に指示を出す以上、感情に振り回されてはいけないのだ。故に、この作戦会議という状況こそ冷静になるこそすれ、熱くなったところで意味は無い。
立ち上がるまでになってしまえば既にソレは意見交換などではなく、自分の言葉に酔っているようにしか見えないのだ。
この国に長く居る者ならば、誰々は使えない、誰々は頼りがいが在る、なんて事は分かってくるが、まだこの国に来て、さらに早速嫌われ者になって一週間にも満たない少年が、それを判断することが出来るということは少なからずとも、ウェールズに衝撃を与えていた。
「最も、まぁ、皇帝殿も使う気はないのだろうけど」
ポツリとハイドは呟くと、不意に視線に止まったレイドの眼が開いて、視線がぶつかる。驚いて表情を硬直させていると、なにやら口だけ笑んでから、そうして大きく口を開いた。
「随分と、話は進んでいるようだが――――案は出たのか?」
囁くほどの声が、驚くことに中年男たちの熱弁を止める。やがて静寂がやってくるのだが、妙に圧力のかけられた空間はすぐさま居心地が悪くなる。
立ったまま、座るに座れない四人は皆口ごもり――――数分掛けて、その中の一人がようやく口を開いた。
「へ、兵を固めて北へ進み……総力戦を展開します」
男は俯いたまま言葉を紡ぐ。レイドはそれを眺めながら疑問を口にする。
「相手はそれで倒せるほど生易しいモノではない」
「な、なら在る程度を囮にして、疲弊したところを一気に叩いて……」
「ただでさえ少ない戦力をさらに減らすと?」
「で、でしたら――――」
「貴様等自分がつい先刻何を口にしていたのかすら忘れたのか? 違うだろう、貴様等が先ほど話していたのは戦争等ではなく、自身らの栄光の話だろう。それも、酷く霞んだ」
レイドは彼等に謝罪の意思が無いと判断すると、直ぐに言葉を遮る。そうして静かになったところでわざと醜態を晒させたのだ。
その後直ぐに「申し訳ございませんでした」と個々が席に着こうとするのだが、またレイドは薄ら笑いを浮かべたまま、
「貴様等、今日はもう休んで良いぞ」
不意に聞こえる強制辞退の台詞。男らは驚きを顔一杯に表現するしか出来なかった。
「貴様等がサキュバスに骨を抜かれたのは仕方の無いことだが――――魂まで腑抜けにされたのでは話が別だ。最も、腑抜けなのは元からだったかな?」
クツクツと意地の悪い言葉が響く。何も反論できずに、言われるまま辞退する四人の足音がその場から遠ざかり、部屋の外へと消えて行く。
誰もが酷い事だと思った。だが、それもこれも、彼等の自業自得である。声を出し、何かを話してればとりあえず作戦会議に参加していると勘違いしている彼等が。
「それでは……勇者殿? 貴公の意見を聞きたいのだが」
先に眼があったので概ね予想は付いていた。だが特に考えてなどいなかったし――――作戦を立てるにはあまりにも情報が少なすぎた。
だからハイドは素直を言葉にした。
「大軍で攻めての総力戦、というのは先ほどの彼等の理想論でしたが、私の理想でもあります。しかし現実は非情で総力戦を挑むほどの実力がありません。個々の力が対等ではないのです」
「……それで?」
「ええ、ですが。この軍事国家より遥かに使える人材が多い国があります。西の大陸ですが」
「海を越えるのに速くとも二日。大陸は一週間以上も掛かるというのにか?」
確かに。ハイドはそう頷いてから、まぁ聞いてくださいと、レイドの瞳をじっと見つめた。それからふっと、息を吐いて、直した背筋を緩め、深く椅子に座って背もたれに体重を掛ける。
「恐らく今頃なんじゃないでしょうかね。その国の長が『大賢者』という称号を得る式典を開始しているのは」
なるほどと、レイドの首肯がやってきたのはそれから間もない頃であった。