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5 ――突撃――

数日が経ち――――程よく騎士と、なぜか一般兵にも嫌われたハイドはそれでも訓練を続けている。


朝食後の訓練。それは本格的な一対一の模擬戦闘であった。


二人組みが多く出来上がり、ハイドはその内の一人と対峙しているのだが……。


「おらぁっ!」


叫び声、意気込みは立派である。しかし迫力が伴っていない上に、袈裟に振り下ろす剣にばかり意識を持っていっているのか、腹ががら空きであった。


ハイドは短い溜息と共に、身体を半歩横にずらすと、それにすら対応できずに彼は攻撃を外してしまう。また、大きな溜息を吐き、おそまつな足元を強く蹴って転ばせると、鎧が重りとなって体勢を立て直せず、盛大な音を立てて地面に崩れてしまった。


これほどの力のものには鎧は不要だろう。実際外に出れば行動は制限される上に体力を無駄に使う。敵と戦っても反応を鈍らせる故に、攻撃は直撃するだろう。鎧があれば命を取りとめることが出来るかもしれないが、逆を言えば鎧があるからこそ、攻撃を喰らってしまう。


こんな男でも命からがら、なりふり構わず走り出せば何とか逃げ切ることも出来そうでは在るが、鎧がその可能性を殺いでいる。


そもそも――――。


「お前、ホントに騎士としての実力が在るのか?」


選び抜かれた優秀な兵。それが騎士だと聞く。だがどうしてか、目の前の、あるいは辺りで『おままごと』をする連中はどれもこれも、対魔物としても優秀かどうか怪しいものである。


「貴様、俺を侮辱なめるなァァァッ!」


叫び声は一丁前。しかし尻を地面に置いたまま剣を振り回す姿には流石のハイドも視界を覆わずにいられなかった。


「立てよ。お前は立ち方からだ。馬を殺されればお前は単身で戦わなくっちゃなんだから」


「ロイさんは、アンタよりもっと強くて、アンタよりもっと優しい……」口ごもるように彼は呟いた。


「はあ? 誰だよ」しかしその名前には心当たりなど無く、故に聞き返すのだが、


「アンタが、この間ボロ負けした男さ」


ふんと鼻を鳴らす男は慌てて立ち上がろうとするが、鎧が邪魔になって上手く立ち上がれない。ハイドは仕方なしに手を貸してやりながら思考をめぐらせる。


この間、ボロ負けした男……。いや、俺をボロ負け『に』した男か。最近は誰ともまともに戦わないし、後で知れた総指揮官殿エンブリオにも圧勝だった。いや、そもそもいざこざがあったことなど誰も知らない。


この間、関わった男……となれば導き出されるのは唯一ただひとつの答え。食堂で妙に暴力を振るってくる男である。第一騎士団の隊長らしい彼とはそもそも、少しばかり言い合いになったとだけだと、個人的に思っているのだが。


「噂って怖いな」


特にアウェーであるここでは。ハイドはその四面楚歌具合に寒気が差していた。


「だったらお前、第一に行けばいいじゃねーか。そのための努力はしたのか? 誰かが夜中、一生懸命剣を振ってる中お前は何をしていた?」


どうにも、最近説教臭くなって困る。まだ若いはずだが、口だけ達者な者を見ると苛ついて仕方が無い。相手にとってはいい迷惑なのに。そうにハイドがつらつらと口を滑らせていると、


「……訓練は、人以上に頑張ってんだよッ!」


彼は叫びながら剣を振り下ろす。重量に応援されて『落ちる』のでそれなりの速度を持つが、やはり、ハイドに当てることは出来なかった。彼は再び足払いを受けて転ぶと、また懸命に立とうとし始めた。


狙った結果である。これで剣を当てるまでにはいかないが、受身を教えればそれを身に着けることくらいは出来るだろう。


「頑張ってそれじゃあ、高が知れるって――――」


思わず言葉が止まってしまう。遠くから、近づいてくる――――人ではなく、魔物でもない魔力を感じてしまったからである。


魔人としての力を得たせいでそれを察する力は強まったのか、ハイドはそれを捉えることが出来ていた。


「なんだとッ!」


また刃が上から落ちた。ハイドはそれを一歩引いて顔面スレスレで避けると、そのまま男に背を向けてジェルマンへと走り出した。


鎧を着込まないハイドは騎士達のなかでも良く目立つ。故にジェルマンもそれにいち早く気づき、直ぐに彼へと向き直った。


「どうしましたか?」


ハイドは剣を腰の鞘に仕舞いながら、


「少し、催したので席を外します」


一方的に告げるとハイドはまた駆け出した。中庭を斜めに突っ切り、二つに分かつ道を真っ直ぐ、城へと背を向けて。


トイレならば城の中に在るというのに。ジェルマンは疑問に思いながら、手の空いた男の相手を勤めることにした。





この距離ならば街から離れた位置で倒せるだろう。どうやら単体らしく、ここまで魔力を感じさせるのは中々強者らしいが、いかんせん速度が足りない。


森の魔族に匹敵するとも思えないので、ハイドは気楽に感じていたのだが――――その迫る速さは、突如として急加速を迎えた。


音速かと勘違いするほどの早さ。瞬く間に迫るソレは、目の前にした鉄製の門扉を強引に突き破っていた。


音が建物に反響し、城へと響く。ハイドはそんな激しい音を間近で聞きながら剣を抜き、止まりかけていた足で強く地面を蹴ると――――視界の端に、黒い影が侵入した。


ハイドへと向かうものではなく、例の魔族へと駆ける、男。何かと思って見ると手には彼の横幅ほどあるのではないかと思うくらい広い幅の大剣があった。


長大でもあり、それは正に等身大。それは瞬く間に門扉の手前の地面に突っ込んだ魔族へと振り下ろされた。


人造石の畳である地面が強い衝撃で揺らされながら砕ける。破片を飛ばしながら大剣が地面を破壊するが、その瞬間を狙ったのか、魔族は上手く逃げ出していた。


地面を弾いて跳ぶ魔族は何故だかハイドへと向かう。恐らく、魔力を抑えているので雑魚と認定されてしまったのだろう。


まさに一瞬。魔族の速さはソレほどである。それ故に、ハイドは剣を抜く間も無く、ただソレを肉眼で捉えていたのだが――――それが爪を立て、彼を引き裂こうとする動作を見せた瞬間、それが直撃する距離へと迫った刹那、ハイドは深く屈んで魔族の腹に拳を喰わせた。


地面と平行に跳ぶ魔族は、既に彼が屈んだ時点で目標を失っていた。故に反応などできず、そこでようやく素早い動きを止めた――――かと思われたのだが。


「ったく、面倒ェの」


大きく仰け反り、バランスが崩れる間際で大きく翼を振って上空へ。ハイドは剣を抜きながら息をつくと先ほどの影が声を掛けてきた。


「なんで、お前が……」


大剣を担いで彼は横に並ぶ。ハイドはこっちの台詞だと吐きながら空を見上げた。


「自分の隊はどうした隊長ロイさんよ」


ロイで、大剣……。どこかで見たことがあるような気もするが、記憶には無いようである。


「俺はレイド様の言うとおりに来たら魔族が来てて……、多分、騎士達も直ぐに応援にやってくるだろう」


後ろのほうでは民間人が慌てふためいたような声をあげ混乱に塗れながらその姿を小さくしていく。その奥で金属音を鳴らす足音が重なるのが聞こえて、ハイドは溜息をついた。


「肉の壁とはエゲツないな」


人の壁と言い換えておこう。倫理に触れそうなので。ハイドは考えながら、整列する騎士や兵たちが無残に肉の塊へと変わっていく姿を想像する。


嫌になるくらい壮観であった。


「手前ぇ、どこまで腐ってやがる……」


しかし先ほどの攻撃でハイドの実力を嫌でも見てしまった為、彼はそれ以上のことは言わなかった。


空で停滞する魔物は未だ攻撃の気配を見せない。降りてくる様子すらなかった。何か挑発でもしようか、そう口を開くと、


「ロイ! 貴様、またそうやって勝手に一人でっ!」


いつぞやの女騎士がハイドたちの前に回りこむ。それから何やら痴話喧嘩が始まって――――後ろから聞こえる足音も間近に迫ってきた。


大通りをそのまま埋める数。これほどまで用意しないと安心できないのか? ハイドは漏れ出る愚痴に強く封をしながら、別の言葉を紡いで聞かせた。


「後は任せた」


元気良く二人の肩を叩くと、ハイドはそそくさと後陣の最前線へと退いていく。


怯えたのか? いや、あれほど……俺よりも素早く動けて、且つ、アレだけの攻撃で魔族を退かせる程の力を持っていて怯えるなんてことは無いだろう。


総指揮官よりも強いのではないか。彼は。嫌な奴ではなければ、もっと人気があるはずなのに。


ロイは思考にズレが生じてきていることに気づいて首を振ると、女騎士に視線を落とした。


「ロイ、足を引っ張るなよ……?」


「どっちの台詞だよ」冗談交じりに言うと、彼女は鋭い眼差しでロイを突き刺すと、その細身の剣を抜いて空に掲げた。


「貴様ァ! 降りて来い、そんな太陽に近づいたら翼がもげるぞォ!」


翼だけは忙しなく動く中、魔族かれは赤子が眠るように身を縮めている。そんな状態の魔族に彼女は声を荒げたのだが――――その瞬間、全てを解放するように全身を伸ばす姿が、紅く煌めいた。


刹那、全身から炎弾がはじき出される。無数に、広範囲にそれは飛び、騎士達へと襲来する。


「固まるからだよ馬鹿共がっ!」


魔族の言葉を代弁するような台詞が大きく叫ばれると、一番最初に飛び、騎士達の中心へと飛来する炎弾は見えぬ障壁に弾かれ、その姿を消した。


耐熱性外套ミラクルカーテン……まさか役に立つとは思わなかったなぁ」


呟きが騎士達の喧騒にかき消される。障壁がその衝撃によってそれは淡く陽光に煌めくと――――騎士達の頭上に広く、地面に対して平行に壁が展開されていることに誰もが気がついた。


流石に、彼が一人で全ての炎弾を打ち落とすのは不可能である。故に魔法障壁で、と考えたのだが、その思考自体が意外だったようで、否、そんな誰かが起こした『現象』が物珍しいようで、騎士達のざわめきは大きさを増す。


降り注ぐ炎弾の勢いは増すが、その事如くは耐熱性外套ミラクルカーテンによって消されてゆく。やがてソレが収まる頃は、魔族もようやく地面に降り立つ時であった。


「……やはりこの国はダメだ。いつか廃れる。そう思っては、居たんだがなァ……存外に、マシな男がいるじゃないか」


破壊された門に、自身が破壊したモノの破片が散らばる前に立ち、だがその視線は武器を構えて対峙する二人の隊長を捉えることは無かった。ただそんな景色の一部として見て、奥の……ハイドだけを見ていた。


ハイドはそんな魔族を見てから、彼等に視線を移して――――魔族に見限られるようじゃ、確かにダメだな。そうに感想を漏らしてしまう。


「あんな、人間の腐ったような男ならば、魔族に気に入られても仕方が無いだろう……だが、私にはそんな男でも守らねばならぬ使命がある!」


叫んで、駆け出す――――彼女の前に、ロイは立ちふさがった。大きな背が彼女を守るようにも思われたが、そう認識するよりも早く、ロイは口を開いた。


「まだ分かんないのか。腐ってる野郎が、身を挺してまで雑魚と口にしてた騎士達を守るのか?」静かな怒りが煮えるような、奥底を震わせるような声が彼女を突き刺した。


「なっ……、た、ただの気まぐれでしょう? それか、こんな大事、レイド皇帝が見ているに決まってる。だから、今回限りで……」


それを聞いて彼女はたじろぐ。彼等の関係は隊長同士の付き合いよりも深いために、彼女は無意識の内に彼だけは絶対的な味方だと思っていた。


勿論それには違いないのだが――――。


「ああ――――そうか。お前はそう考えるんだな。それじゃあお前、人の上に立つ資格は無いよ」


失望したと、そう言うような言葉を吐くなりロイは走り出す。待てと、口が形作るが声が出ない彼女は、ただ呆然と、彼とは真反対に立ち尽くすのみであった。


「貴様に用は――――」


言葉を遮る一閃。風を断つ鋭き大剣は魔族の皮一枚を切り裂くのみ。やがて大剣はその魔族の足元の地面を激しく砕き――――それを見、感じた彼は高らかに笑って、


「貴様等、なんの為に群れているのだ……?」


不意に飛ばされた質問。ロイは少し考えて口を開こうとするが、嘘のように、口が開かなかった。


何のために集まっているのか――――それは支えあうためである。ともに強くなるためでも在る。だが何故だか、ロイは即答どころか、答えを口にすることが出来ない。


今魔族に立ち向かう己と、最低の男だと蔑まれながらも騎士達を守るハイド。それを互いに見合わせると、自分が酷く滑稽に見えたのだ。


何故か分からぬが、そんな彼はそれでも俺を信じていてくれる。ロイはそれにも気がついた。


本来ならばハイドは、魔族に攻撃の余地も無く圧倒し、殺せるのではないのか。買いかぶりすぎかも知れないが、そう思わせるほどの実力を持っている。


そんな彼が、言わずとも進んで仲間を守ってくれる勇者が、ただのポイント稼ぎにその行動を取っているとは到底思えない。


魔族はロイの答えを待つように相対していた。恐らく、返答次第では――――。


彼はその後を考えるのが嫌になるが、それよりも、ようやく出る答えを口にした。魔族と会話するという、妙な感覚ではあるが、それを望んでいるのならばわざわざ剣を振るわずとも良いだろう。そう考えられたのだ。


「群れれば自分が弱いことを忘れられる。仲間に一人でも強い奴が居れば自分も強くなった気でいられるからだ」


一拍。それはほんのすこしの時間であるのだが、ロイには永久にも感じられるほど緊張を迸らせていた。魔族はそうして口を開き、口の端を吊り上げた。


「それを理解できる貴様もまた、ある程度は強いのだろう。気取った、人間らしい答えではなくて少しばかり残念だが――――褒美をくれてやろう」


そんな台詞にロイは重苦しい剣を大きく掲げるが、少し待てと、魔族に声を掛けられる。


「情報だ。貴様等が本当に救いようの無い者ばかりであれば俺が先に殲滅していたんだがな。まだ成長の余地がある。だから教えるが――――今から一週間後。北の空から魔族と魔物が群を成してここへ攻めてくる。最終決戦とでも銘を打っておくか? 我々は弱い生き物だからな。群れていないと、とても戦いなど出来はせん」


それだけいうと、翼を大きくはためかせる。巻き起こる強風に押されると、魔族は飛び上がり、それきり別れの言葉を放つことも無く彼方へと姿を消して行った。


何も知らぬ騎士達の歓声は、ハイドを踏みつけ何故戦わぬと軽蔑しきった後に、辺りに響き渡っていた。


その日を境にして、国は嫌になるほど忙しい日々が続くこととなった。

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