3 ――旅の途中――
やがて夜が訪れる。戦闘は2人に疲弊のみを残して無事終了。
薄暗い中、完全なる闇が辺りを包む前に宿を取ろうとノラが言うが、辺りには何もない。
蟲の鳴き声だけが聞こえる、薄暗い道中。森が無いのが幸いしている程度のその道であった。
「なぜ、ロンハイドとハクシジーキルとを繋ぐ道なのに、旅の宿屋などが無いのでしょうか」
二日も掛かるのに……、そう付け加えてぶすっと草原に座り込むノラに、ハイドは1つ息を吐いてその正面に腰を下ろした。
「多くの人は馬車を利用するからな。つか、さっきまで自分が勝手についてきただの何だの言ってたのに突然なんだよ」
「共に生死を分け合った仲じゃないですか」
「死に掛けてない上にお前は何もやってないだろ。首に刻印刻むぞこの女郎」
ハイドは近くにあった木の枝をへし折り、適当な所へ置くと、底へ小さな火球を投げ込む。
バチバチと火が爆ぜる音を鳴らしながら大きさを増し、それは下の草原を飲み込んである程度暖を取れるほどの焚き火へとなっていった。
「……わたしも戦闘員になりたいです。強くしてください」
「超神水でも飲んでろ」
焚き火を背にして座り、荷物を置いて、寝転がり腕を枕にしてくつろぎ始める。ソレを見てから足を崩したノラは、汗ばんで気持ちの悪い外套を脱ぎ、隣に置くバッグへかぶせた。
「お風呂に入りたかったのですが、水場も無いのなら仕方の無いことです」
そう呟くのを聞くと、直ぐに衣擦れの音が聞こえた。
ガサゴソと音がする。バッグから何かを探っているらしいとハイドは考えて、そのまま眼を瞑った。
「何かあったら起してくれ」
それだけ言うと、ハイドは静かな呼吸を繰り返し始める。
背後で下着姿になっていたノラは溜息混じりに返事をして、さっさと着替えを身に纏い始めた。
華奢な腕に、肉の薄い下半身。控えめの胸……そんな自分の姿を再び見直して、ノラは物悲しそうに息を吐く。
もう16歳なのに、この未発達ぶりは目を疑うものがあるだろう。知り合いの女の子はオトナと見間違えるほどの美貌の持ち主なのに……。
ノラは考えて、先に寝てしまうという性別を疑う行為を見せるハイドの背を眺めてから、見張りのためにと大きく伸びをしてから、再びバッグの中から荷物を取り出した。
出したのは、携帯食料と飲み水の入った水筒。朝から何も食べていない上に少しばかりの休憩を一度だけの旅路。寧ろよくもったと誉めるべきであるノラは、静かにそれを空っぽの胃に流し込んでいく。
「ハイドさんは強いですね。わたしは身体も精神もまだまだなのですが、明日の朝気がついたらいなくなっていたなんて事はやめてくださいね?」
「……それはフリと判断していいのか?」
寝ていたと思ったら起きていた。敷居が高すぎる憂い声を出してみたノラはその顔を赤く染め上げながら、
「や、やめてくださいよっ! そんなことしたらわたしが置いて先に行きますからね!」
そんな談笑が続き、夜は更けていく。
――――朝日が辺りを照らす。数時間前に消えた焚き火の前で横になり、静かに寝息を立てるノラの背後に、ハイドは準備万端の格好で立っていた。
「水平チョップ!」
そうして放つチョップは鋭く、ノラの首筋に対して垂直にぶち当たる。
その衝撃に身体を大きく弾ませたノラは、少しして唸りながら目を開けた。
「い、痛い……です……」
「起きろ、朝だぞ。起きろ、朝だぞ」
目覚ましの音声アラームを口にするハイドに、ノラは不平を漏らしながら焚き火で乾いた外套を羽織直し、バッグを肩から提げた。
「なぜそんな暴力的な行為をするのです? 女の子は優しく起してもらいたいのですよ」
「それじゃ俺は女の子だったのか! 衝撃的事実に俺は胸の高鳴りを抑えられん」
ガビーンという効果音がよく似合う、驚いた表情をするハイドに、
「くだらない話はやめて先に進みましょうよ。今日こそはお風呂に入りたいので」
華麗にスルー。
そんなつれないノラの言葉に従って、ハイドはしっかりと作られている道へと足を進める。
「偉そうなことを言うのは口の横のよだれを拭いてからにしろよな」
「えっ?」
ノラは言われてから、言われたそこへと手を伸ばすと、やはりそこには言われたとおりよだれによってカピカピになった皮膚があった。
手の甲でごしごし擦り、それを落として、顔が紅潮していくのを感じながら慌てて先をいくハイドの隣へとつく。
「わ、わたしは女の子なんですから、そういうことはあまり……」
「女の子なら注意される前にちゃんとしとけ」
「べ、別にハイドさんの為に身だしなみをしっかりとしているわけじゃないですからねっ!」
「お前は昨日の謝罪の気持ちをすっかり忘れてるね。もうだから女のコってのは嫌いなんだよ」
「女の子全般を否定しないで下さい! わたしが特別です」
「よく聞こえるけどお前それ全然フォローしきれてないからね? 自分のことなのに」
「まだハイドさんはわたしのことをよく知らないから」
「知りたくも無いんだがな」
「な、……ハイドさん。女の子って言うのは、すごく傷つきやすいんですよ」
「そうか、知らなかったよ。お前が男だったなんて」
そんな仲が良いのか悪いのか、分からない掛け合いを続けながら二人は道なりに、そうして道の果てにある貿易都市をめざして歩いていった。