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第12話『魔物の空、帰国の時節』

「悪いね、そんな適当な雨よけで」


シャロンはジェルマンにブルーシートを手渡してそう告げる。時刻は既に昼を回り、雨が降り出してしまう始末。シャロンの口から出るのは溜息ばかりであった。


「いえ、構いませんが……気がかりですか?」


「気がかりといえば、気がかりだけど……まぁ、我が強いな子を持つ親の気分さね」


本来ならば子を持ってもおかしくは無い歳である。だが彼女には子どもどころか、そのような過程に持ち込む男性が居ない。シャロンはやれやれと肩をすくめて、亜空間から傘を出した。


雨は次第に強くなる。馬にくれてやるわらも湿り、口にしなくなってしまった。


「貴女は何故彼と共に旅を?」


「楽しいからよ」


彼女は即答する。ジェルマンは少し考えて、


「えぇ、確かに楽しそうだ。この平和な時代だからこそ、ありえるのかもしれませんね」


彼は言ってから、ハイドの出身国を思い出す。彼はその名を出すだけでも困った顔をしたが、あの国は特別不幸の最中であった。


ジェルマンは彼の国の不幸を口にしたつもりで、ハイドは勇者じぶんについて言われたと思っている。故にただしい意思疎通が出来ず――――1つの運命の変化をふいにした。


初対面のとき、ジェルマンがハイドに構わず聞いていたら、ハイドは自身が知るよしも無かった国の近況を聞いていただろう。そうすれば、未来は変わっていた――――恐らく、悪い方向へ。


ロンハイドの不幸を考えるジェルマンは無意識の内に苦い顔をしていたのだろう。シャロンから優しい声が降りかかった。


「具合が悪いの?」


「あ、いえ。大丈夫です。少しばかり、考え事をしていただけなので」


「ならいいんだけど――――」言いながら、シャロンの耳ははじける様に大きく弾んだ。遠くから、森の中から足音と人の声を拾ったためである。


シャロンは大きく息を吐いた。どうやら完全に無事らしい。足音で怪我の具合が良く分かる。常とくらべて大よそ違うが、それは負傷というよりは疲労らしかった。


綻びたシャロンの顔がそれほど不思議であったのか、ジェルマンはソレを口にする。


「私はてっきり、貴女が笑えない人かと思っていました。ほら、良く居る、感情表現の苦手な方かと……しかしやはり、貴女は笑っているほうが素敵ですね」


「あら、ありがと」


そこだけ聞けば口説き文句であった。彼は恐らく、そうだと気づきながらも、それ以外言い方を知らずに、口にしたのだろう。彼女もまたソレに気づいているので、ただそう流すだけであった。


――――やがて待ち人は現れた。雨の中、全身を濡らして酷く疲れたような重い足取りで、彼らは挨拶もなしに馬車へと乗り込んだ。


ハイドは鞘に仕舞った剣を抱くように椅子に深く座り、ノラは弓を強く握って、槍をシャロンに返した。


「ありがとうございました。使いませんでしたけど……」


「それがいいさね。弓だけで済むのなら、わざわざ危険を踏まなくてもいいんだから――――それで、あの妙な言い回しをする彼は?」


ハイドはジェルマンのブルーシートに潜り込み、ノラはシャロンから新たな雨よけシートを貰い受ける。そこでようやく一息ついたのか、ハイドは口を開いた。


「ちゃんと殺りましたよ。どっちかっていうと、森の方が疲れました」


森の中は魔物がしっかりと出現する。狼や熊のように強靭なモノは居ないが、その分量が尋常ではない。昆虫型なので、苦手な者にとっては最強とも呼べる最悪な場所なのだ。


シャロンはソレを察したように曖昧に笑って返すと、手綱を鳴らす。馬は準備していたように唸ると、整備された道を歩き出す。雨の中、走るのは危険なためそれ以上速度は上がらなかった、


「酒場のマスターが選んだだけの事はあるが……、まさか倒すとは思わなかった。いや、申し訳ない。君を甘く見ていたようだ」


「構いませんよ。まだ20歳にもならないガキですし」疲れたのであまり話しかけてもらいたくない。それがふと出てしまったように、無愛想に返した。


「報酬に色をつけさせてもらうよ」


悲しきかな、そこは人間として素直である。ハイドはそんな台詞に椅子に掛けていた身体を離し、背筋を伸ばすと、


「なんのこれしき、魔族の2体や3体、どどんと来て見やがれってもんですよ!」


「ハッハッハ、君は現金だなぁ――――それじゃあ、傭兵すけっととして来てくれないかな。報酬でよければ、君の言うとおりのモノを用意するし、帝国からも何かもらえるだろうし。最も、君の働き次第だけどね」


ハイドは再び椅子に体をうずめた。――――何故だかそれが一番心地の良い姿勢となったので、ハイドは何があっても、それ以降は動くことが無かった。


「却下です。取りあえず国に着いたら一泊させてください。それでお金貰ったら帰りますんで」


「そうか……残念だが、向こうに着くまでで君の考えが変わることを祈るよ」


「そうすか、じゃあ俺はビッツ公爵の考えが変わることを祈ります」


「ジェルマンで結構だ、が。まぁ、今はゆっくりと休みなさい」


彼の落ちてくる瞼に必死に抗っている様を見て、ジェルマンがそう口にする。彼はそれで安心したように、眼を瞑った。間も無く聞こえる、小さな寝息に、ジェルマンはやれやれと息を付いた。


気がつくと、正面の椅子に横になるノラも深い夢の世界へと旅立っていた。


「確かに――――君らはまだ子供だな」


魔族を倒しせしめた2人だとは思えない、子ども子どもとした寝顔である。ジェルマンは彼らに自分の娘を重ね合わせて微笑むと、御者台に腰掛けるシャロンから溜息が聞こえた。


――――雨は夜の深まる頃に、ようやく止み始めてきた。

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