12 ――戦闘中のカリスマ――
「遠距離攻撃が1度入ったら後は吹き飛ぶモーションだけで他は全部当たらないで素通りする。そう考えてた時期が、俺にもありました」
肩に胸、腹に足、何故だか腕は無傷であるが、総数12本がハイドの全身に突き刺さっていた。全てが致命傷。ハイドは空を仰ぎながら随分と余裕に呟いていた。
だが、倒れているお陰で直線的な凶器の飛行は総スルーなのは良い事である。動けないほどダメージを貰ったのは別問題として。
アーチを描いて地面に突き刺さる錐は既に消えているが、仮にあったとしても簡単に通り過ぎてくれるだろう。
「しかしまぁ……」ハイドは顔をしかめながら起き上がり、突き刺さる凶器を抜いていく。「まだ生きてるって事は、まだ戦えって事かな」
1本抜くごとに妙な虚脱感がハイドを襲う。体の一部と化してしまっていたのだろうかとも思うが、傷口から大量に流れ始める血液を見てなるほどと頷いた。
抜いた先から回復魔法を全開で傷を塞ぎに掛かっているのだが、一瞬にして傷を治すのはどうにも難しい。
――――気がつくと、前方から飛んで来る錐はなくなっていた。弾切れだろうとハイドは考えていると、その代わりに迫る影が1つ。
「頑丈だなぁ堅牢だなぁ、やっぱりそう来なくっちゃなァッ!」
瞬く間に距離を縮める。今度は息を呑む暇すら与えられなかった。だからハイドは、その代わりとばかりに短く息を吐くと、
「ほっ」
相手の腕の動きを見切る。ハイドから見て少し高い左側上方向に振り上げられた腕が、平行に動いていると勘違いするほど真っ直ぐに、右下へと振り下ろされる。距離は大きく踏み込んでも10歩以上。それでも攻撃は必ずハイドの身体を切り裂いてくれる。
そんな恐ろしい予想をして、ハイドはその腕の動きを完全に真似る。動く右腕の、常に半歩右側――相手にとっては左側――に立ち、攻撃をギリギリで喰らわず、また予測した行動が変更されないように、追われるような位置に。
そこから全力で、腕の動く方向へと駆け出した。腕が通過するであろう道を先に走るのだ。誘導でもするように。正直、生きた心地がしない。だが先ほどの、致命傷のバーゲンセールのお陰で恐怖心というものは欠落してしまったらしい。
一時的なモノだと信じたいが――――それは驚くほど思惑通りに進んでいった。
見えない鉤爪に背を向けて走り出しているのだが、決して切り裂かれることは無く、だが圧倒的に距離をつけているわけでもなく、魔族の腕はハイドを追う。
やがて彼は背に移動し、右腕は地面を削りながら斜めに円を描く。結局、ハイドを捉えられないまま攻撃を不意にして――――その背中に掌をつけられた感覚を覚えた。
「凄いな、計算尽くか……? 参るなぁ――――」
続くと思われた台詞は強制的に閉ざされた。それは魔族の前方から――――先ほどハイドに起こったような凶器の嵐が、再現されたためであった。
最も、それは認識して言葉を止めたのではなく、その攻撃を一身に受け、続けることが出来なくなった故である。
鋭き矢が1本、腹に突き刺さって爆発した。凄まじい速度で突き刺さる矢が1本、胸に刺さって患部を凍らせた。衝撃で体が押される。そのまま背後へと吹き飛べればよいのだが、ハイドの添える1本の腕が、それをかたくなに拒んでいた。
一途な事だ。しかしまあ――――この俺が、ここまでされるのもまた、珍しい。魔族はそこで、まだ名乗っていないことに気がついた。
矢が三連へと移り変わる。その代わりに着弾した際の特殊効果はなくなっていた。
1度不覚に受けてしまってから――――能力を使用する余地が無く攻められている。ハイドは後ろから見て、そう確信していた。
「だけどさぁ……お前、バカだろう? アホだろう? 浅はかだろう? 愚図だろう?」
続く衝撃は不特定の間隔でハイドの腕に伝わる。鈍くはじける身体を支えるのはそう楽ではないのだが、不意に聞こえる、何故だか余裕のある台詞に、ハイドは無意識の内に手を離そうとしていた。
が、魔族の決して矢が突き抜けることの無い身体に、一杯の矢が突き刺さって衝撃が押して、彼の緑の背中はハイドの手に張り付いたようにくっつき離れない。
判断が遅かった。魔族は十分に油断し、そして矢が身体に突き刺さるタイミングを計って声を掛けたのだ。目的は、ハイドに自分が何をするか判別をつけさせるため。
それを理解してしまえば、途端に解決方法が浮かんでしまう。だが、それが浮かんでも実行できない状況となればハイドは自身の間抜けさに打ちひしがれるだろう。
魔族はそう考えてほくそえみながら、『分断』を発動させた。
――――音も無く、衝撃も無く、一瞬、痛みさえも無かった。
感慨を受ける間もおかず、スローモーションに見せる優しさも無く――――ハイドの右腕は肩から切り離された。
右腕は落ちずに後ろへと押される。同時に魔族の背中も迫ってきて、それが悔しくて、ハイドは蹴り飛ばしてから横に跳んだ。
腕を胸に抱きながら魔族から距離を置く。微かに聞こえていた、弦の弾ける音は失せていた。
――――痛い、痛い痛い痛いッ! 直ぐにでも意識がトびそうだ、クソッタレ、なんて様だ。口から漏れるのは荒い呼吸だけ。故に悪態がつけるのは心の中のみである。
体が揺れるたびに電撃の如き衝撃が体の中を過ぎていく。体の中に溶けた鉛を流されているように熱く、のた打ち回りたいほど痛みが走った。
何処に向かっているのかは分からない。何故腕を抱いているのかも分からない。後ろから魔族が迫っているかの判断もつかない。
なんで――――視界がうっすらと紅く染まっているのかも分からなかった。
「はっはッ! ようやくか、待ったぞ、待ちくたびれた。恋しかったぞ、愛しかったぞォ――――お前のような特例は初めてだからなァッ!」
遥か後方で小さく聞こえる大声が聞こえた。それに気がついて足を止める。振り向くと、森は大分遠くに位置していた。
それほど走ったのに、呼吸は乱れていない。視界に入る空は瞬く間にして夕日に染まっていた。曇りなのに……。
ハイドはようやく気がついて、流れるように残った左腕を眺める。それは吐き気がするほど黒かった。
いつの間にか、魔族化していたのだ。そして感じる、力のありあまる感覚。澄んだ五感が心地よいが――――全く持って嬉しくなど無かった。
望んでない時になられても困るというものだ。タイミングが悪い。つくづくそう思った。
「ったく、さっさと『のして』、この腕をくっつけて貰わなきゃだなぁ……面倒臭ェ」
腕の痛みは割合に軽減されている。ハイドは楽になった身体でまた駆け出した。
風を切る。自分が風になったような錯覚を覚えながら、地面に突き刺さり未だ健在で残っている自分の剣を引き抜いて―――――瞬く間に魔族へと迫った。
燻る火種を踏み消して、土へと変える灰を巻き上げて駆け、一閃、否、一突き。魔族の胸を貫く確かな重みを感じた。
「おまえ」
「黙って斬られてろッ!」
力いっぱいに振り上げる剣はスムーズに魔族を切り裂いた。縦に、頭まで裂く白刃は、それでもなんの感触も得ないまま魔族をぬける。
傷口から予測されたように体が裂けた為であった。閉じて打った舌の音が妙に大きく頭の中で響く。
「黙って? 斬られる? どちらも、俺にゃ無理な注文だなァ。無茶だぜ拙劣だぜ破綻して――――」
言葉を遮る一閃。肩から袈裟に切り裂くが、刃を嫌う体は触れさせること無く道を開けるように避けていく。やがて通過し終えた部分は直ぐに傷は塞がって――――敵を切り裂いたのに手ごたえが無いという妙な感覚をハイドは得ていた。
「ッ、化け物が」
敵の一撃。僅かに腕の届かぬ位置から、その腕を振るわれた。鉤爪は的確にハイドを捉えるが――――それを防ごうと、顔の位置まで上げた左腕にそれは受け止められた。
本来ならば、諸共切り裂かれて肉片へと変わっているであろう腕に。
「フン、バケモンが」
冷笑が浮かぶようであった。見えない表情にハイドは胸を締め付けられた気がした。左腕に掛かる重みは直ぐに消えて――――同時にハイドは魔族へと跳ぶ。
不意を突かれたのか、または試したのか。魔族はその顔面にハイドの拳を受け流すことなく受ける。振り下ろされる鉄拳は顔に食いついて、魔族を地面に叩き落した。
逃すことなく、衝撃が未だ身体を襲っている最中の彼の腹を踏みながら、
「ハイかイエスで答えやがれ――――俺に殴られて死ぬか、炎で燃やされて死ぬか、どっちがいい?」
「お前、そりゃ支離滅裂ってもんだ」
「はい失格」
ハイドは真っ直ぐ魔族の胸に剣を振り下ろした。不自由すぎる選択肢を与えられて、答えられない選択を迫られる。そんな不条理の中、傷を与えるためにではなく、その場に固定するために魔族は剣を突き刺された。
自由になった左掌に、ハイドは小さな炎の灯火を作る。魔族は少しばかり無口になったように思われた。
「あぁ、やっぱ――――人間との戦争ごっこに行かなくて正解だったなぁ。模擬回答よ」
死に際によく聞くような台詞がハイドに届く。今勝手にしなれたらハイドは困るので、殺さないようにその頭を蹴り飛ばした。
魔族の体が大きくぶれた。剣が刺さる位置も僅かにずれる。
「おい、死ぬのは勝手だが、っていうかまぁ俺が殺すんだけどさ――――その前に腕をくっつけろよ。負けを認めるんだろ? もし元通りにしてくれるんなら、生かしてやってもいいんだぜ?」
「だったら、貸してみろ」
弱々しく手を上げる。そこまでダメージを与えられていないのにそんなことをするのは、演出に拘るからであろうか。
ハイドは少しばかり戸惑いながら、身体に似合わぬ肌色の腕を差し渡し、傷口を見せる。腕を細切れにでもされたら困るなと不安になっていると、傷口に何かが触れて――――重みを感じた。
先ほどまで無かった指先の感覚が、忘れていたものを思い出すように蘇る。欠けていたものが戻った快感が爽やかな風となって胸の中を駆け抜けた。
「おし、すっとした」
胸の前で小さくガッツポーズを作る。――――するといつの間にか、魔族は正面に立っていた。
「間抜け、俺は身体を裂く事が出来るんだぞ? 与太者が、愚図野郎」
驚き、ハイドは突き刺した剣を抜きながら後退する。驚愕のせいで嫌になるくらい心臓が高鳴って呼吸が苦しかった。
「だ、だがなぁ、もうそんな間抜けは二度とぬかさん」
「だからさ。だから、よ。お前は俺を良く知った。お前はこれでしっかりと動けるだろう。お前の能力を俺が知らないのはいいハンデだし――――これでようやく、俺も本気を出せるというものよ。嬉しいなぁ、歓喜な事だ。喜ばしい、心が躍る、絶頂すら覚えるッ!」
――――そしてまた、驚愕が心を支配する。嫌な予感が的中した事実がそうしていたのだ。
楽観すぎる希望的観測のせいでハイドは心情を窮地に追い込んだ。それは正に、自分のせいである。
もうどうにもならず、手の出しようが無い状況となった――――はずだった。
今は違う。そう認識したのはまだ『強い人』であった頃のハイドである。
現在は完全に『魔人』。対等といえる身体能力、魔力量、技術力。恐怖心は欠落したままなのが、丁度良かった。
――――空はいつにもまして、より暗さを増していた。