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10 ――Green of the Dead――

やがて馬車は真赤に染まる大地と、粉々に砕けた馬車が放置してある場所へと到着した。


生臭いそこには、腕やら足やら、蛇腹じゃばら状の赤黒い腸やらが乱暴に散乱している。


「酷ェな。誰が片付けんだよ」


ハイドは呟きながら炎をそこへと投げる。油分たっぷりの死体は黒い煙を上げて炎の中に姿を消す。


死体を燃やす火炎は煙の中で舌先を躍らせては、また隠れる。馬車はそこから離れるようにして、森へと近づいた。


ここは馬車でどれくらいで抜けられるんですか?」


森の中の道は一応しっかりと整っているらしいが、鬱蒼うっそうそびえる木々は、ただでさえ曇天のせいで薄暗い森の中に闇の色を足していた。


「――――圧倒的だよ、一方的だなァ」


そらから不意に声が降り注ぐ。それと同時に、つい先ほどまで感じていなかった、巨大すぎるほどの魔力がハイドたちに襲い掛かっていた。凄まじいほどの殺気が、彼らの視線を強制的に空へと仰がせた。


「お前等は一生かかってもこの森からは出られない。何故かって? だってお前、入れなかったら出ることは出来ないだろう? 残酷だなァ凄惨だ。俺は悲しいぜ、センチメンタルだぜ?」


入り口付近の一等高い木の上に立つソレは、そう言うと軽く跳んで――――軽快にハイドたちの前に立ちふさがった。


いつも見る魔族とは違う肌の色。それは深い緑色であった。瞳は共通で紅いらしいが、その毒々しい色に似つかない人間らしい動作が、そのハイドたちに違和感を与えていた。


腰まで伸びる長い髪は鮮やかな緑。それを全て後ろに回し、体系は痩せ型。額から生える角は眉間部分に1本。鋭く長いそれは一角獣を髣髴ほうふつとさせる。


「つまらん野郎共だな。腕はあるようだが、もう少し反応ってのを見せてみろよ。面白くねぇなあ、アンニュイだ」


異質。感じたことのない、妙な感覚。饒舌である事がもっとも不自然であり――――恐ろしいまでの殺気を向けているくせに、手を出す様子が無いところが、異常に見えた。


ハイドは乗りかけた馬車から降りて、魔族と対峙する。剣を抜き、白刃を見せると彼は口笛を吹いた。


「こいつァ業物わざもんだなァ。それに、お前に良くあってると見た。ステキだねぇナイスだねぇ」


クツクツと笑うように肩を振るわせる。ハイドは魔族の一挙一動を見逃すことなく睨みながら片手を挙げ、進めと合図する。


「ハイド君! ソイツとまともにやりあうのは無茶だ! 撒く事だけを考えろ!」


馬車の中からジェルマンが叫ぶ。同時に、誰かが馬車から降りたような足音が耳に届いた。


「シャロンさん、行って下さい。森の向こうで半日待って、夜になっても来なかったら先に行って――――仕事が終わったら、迎えに来てください」


「……わかった」彼女は言って、亜空間あなから1本の短い槍を取り出す。それは一時いっとき、レギロスでノラに扱わせていた護身用のものである。


シャロンはそれをノラの足元に突き刺すように渡して、


「2人とも、死んだら殺すからね」


「な、君! ハイド君たちを見殺しに――――」


馬の鳴き声が、ジェルマンの言葉をかき消し、勢い良く加速する馬車は見る見るうちに森の暗がりへと消えていった。


その後姿を最後まで見届けながら、邪魔をしない魔族の彼に意外そうだと表情を作るハイドは、剣先を向けながら声を掛けた。


「へえ、素通りを許すのか。お前の巣なんだろ?」


表情の無い魔族は、それでも顔が綻びたように声を上げた。そのハイドの台詞こそが、自分にとっても意外だと、茶化すような動作で。


「俺にそんな無粋な真似を求めるのか? 確かに邪魔もしたいが――――お前らの方が面白そうだからなぁ、珍妙だぜ感興をそそられる」


声を高らかに告げる。彼の角はショッキングな緑色に輝きを灯し始めた。感情が高ぶるとそうなるのか、あるいは何らかの攻撃の予備動作なのか。


思惟するまでもない。相手に関しての情報は全く無いのだ。こちらから動いて探るしかない――――ハイドは一瞬の内にある程度先までの作戦を練ると、ノラに告げた。


「俺のバックアップを頼む。隙を見つけたら自由に突っ込め!」


了解はいっ!」


返事と同時に2人は左右に散る。ソレを見るなり、そう早くもない速度を見切る魔族は迷わずハイドを追った。


それを予測したのか――――ハイドは足を止め、急ブレーキを掛ける。地面をする足元では砂煙が上がり、背後では迫る気配があった。それは止まる素振りなど見せず、むしろ突っ込むつもりらしく更に加速した。


速い――――が。


「せいやぁっ!」


振り向き様に剣を振るう。足を止めてから数秒と経たぬ内の行動。


剣先は確かな重みを受けて、その重量を腕へと伝える。透き通るほど白い刀身は、気が抜けるくらいあっけなく、魔族の横腹を半分ほどまで切断していた。


抹茶色の液体が刃にこびり付く。身体を伝って大地を潤す液体を流す彼は――――切断面を自然なまでに結合させ始めていた。


まるで綺麗に分かれた細胞が再びくっつくように、横腹は傷を消し、やがて裂傷は剣が突き刺さっている事実だけを残して美しいまでに復元された。


魔族の卑屈だがどこか愉快な笑い声が、見当たらないスピーカーを通して空気を振るわせる。


紅い瞳しかないその顔は、その紅さをより濃くしていた。


「俺に攻撃は通用しないぜぇ? 完璧すぎるのよ、これが俺の無謬むびゅう性能力――――『分断』」


触れたものを意識的に分かつ能力。自身が断ったものならば、また再生させることが可能である。


彼はハイドの斬撃が身体を切り裂く前に自分で裂いたのだ。そして、勢いが死んで腹の真中で停止した頃に、また傷を閉じていく。


勿論切り裂くので痛みは伴うが――――他者からの影響で断たれたものは結合させることは出来ないために、そのような行動を取ったのだ。


ハイドは彼の能力を見るなり、腹を蹴り飛ばして剣を抜いた。魔族は足を擦らせて勢いを殺し、体勢を整えながら、ハイドに指を指した。


「お前、混じってるだろ」


「逡巡するぜい、優柔不断さ――――お前のような奴がステキ洞察力を持ってると、勿体無くなる」彼の口調を真似てハイドは指を指し返す。


「殺すのをな」


表情のない彼は、にやりと笑った――――気がした。

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