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7 ――言いたいことも言えないこんな世の中じゃ――

背後でまた銃声が響く。ハイドはそれを聞きながら腹に回復魔法を掛けた。


中々いい魔法であった。炸裂する銃弾は爆発はせず、直撃した腹の傷を拡大する。見たことも聞いたことも無い種類の魔法なので、ハイドは一旦退くことにしたのだ。


そうして――――やがて扉の前にたどり着く。しかしやはり、先ほど呟いた台詞は心の内そのものなので、ノラと顔をあわせた瞬間、どう罵倒するか自分でも分からなかった。


さび付いたような音を立てて、ドアは開いた。暗いそこは、廊下から差し込む光のみが光源であったが、


「ハイドさんっ!」


彼女はそういって飛び出てきたので、ハイドがわざわざ探す必要も無かった。そして割合に元気そうであったので――――。


「お前……、自分が捕らわれのお姫様か何かと、勘違いして無いか?」


「……え?」


――――流れていた時間が停止したような気がした。全ての循環を断ち切った手ごたえが、ハイドにはあった。


だが、胸の奥から湧き出る言葉は留まることを知らず、ハイドはひと言口にしてから、滑るようにソレを吐き出す。


「付いて来た本来の理由なんてのはどうでもいい。人の考えなんて直ぐに変わるからな。だが、お前はなんだ? その元気はどっから出るんだ。抵抗はしなかったのか? ただ呑気に助けを待ったのか。ココに来るまでずっと、それだけを考えていた?」


一気に言って――――大きく息を吸い込んだ。


ハイドが見つめるノラは呆気に取られた様子であったが、次第に、その瞳を涙で潤していく。


泣けば何でも済むのか。そりゃ楽でいい。それだけは胸の中に捨てて、


「ふざけるなよ。お前は腐っても俺の仲間に居るつもりなら――――自分テメェの尻くらい自分テメェで拭いやがれ!」


それから、とハイドは彼女の瞳が大きく開かれるのを見ながら続けた。


「もし出来ないのなら国に帰れ。お前はまだ捨てられちゃいないだろ」


「覚悟を……決める」


視線を落とす。彼女は自分の掌を見て、そうして拳を作って見せた。ノラはそれからハイドを見つめ返すと、


「殺せばいいんですか?」


たまに見る――――異常なまでに冷めた瞳。感情の無い表情。ハイドは初めてそれを間近で見て、背筋を凍らせた。


「殺すな馬鹿」ハイドは彼女の頭に軽くチョップをかまして「お仕置きするだけだ」


「待て! 僕に手を下すのか? いいのか? 僕のバックにはジェルマン公爵が付いているんだぞ!? 嘘じゃない。呼べば直ぐに来てくれる! さっきだって親しく電話で――――」


言いたい事を言ってすっきりすると、ようやく余裕の出来た頭にテールの声が入ってきた。


何やら、ついさっきまで会っていたジェルマン公爵と親しいと自慢しているらしい。奇遇なめぐりあわせだとハイドは振り返って、


「な、なんだって!? じぇ、ジェルマン公爵って、や、やばいよシャロンさん! 『あの』ジェルマン公爵って!」


わざとらしく慌てふためく。そして転んで、腰を抜かして、壁を背にしてもまだ後ろに退こうと、背中を押し付ける。


惚れ惚れするほどステキなパフォーマンスに、テールはどことなく余裕が戻ってきた顔をした。


ソレほどまでに、ハイドの錯乱っぷりは目を覆う程酷かった。


「そうだ! いいぞ、今なら許してやる。彼女を置いて帰るだけで、君たちは命を救われるんだ! いいだろう! そうさ、いい譲歩だぞ!」


シャロンの呆れた顔が視界に入る。そこで不意に、正気に戻ったようにハイドは立ち上がって――――テールに歩み寄った。


「電話したって言ったな。そりゃいつ? さっきって何分前?」


「な、何分って」彼はハイドの変わり様にうろたえながら「さ、30分程前さ」


「そいつはおかしいですなァ? だって公爵宅からここに来るまで30分以上掛かるから……そうでしょう? ジェルマン卿!」ハイドは彼の背後に呼びかけるように叫んだ。


「なっ」そんな行為に驚くテールは振り返り――――廊下の奥で心配そうに彼を見つめる妻の姿を視界に入れた。


そうして、強い衝撃が不意に手を襲う。抗えない握力はそのまま銃を落としてしまい、


「ダウト。本当にお前が電話をしていたなら振り返る必要は無かったはずだ」


この状況で、言ったことが事実ならばその行動は不要で、わざとそんな事をする必要も無いし――――テールにはそんな小細工するほどの余裕は無い。


「そ、それは――――」


「ひとのナカマとったらどろぼうで、嘘つきは泥棒だ。良い勉強になったなぁ盗人野郎」


やれ。ハイドはテールから離れて呟くと、背後から小さく頷く声がして――――入れ替わり様に、ノラの影がテールに襲い掛かった。




宿屋に到着するころには昼が大きくずれ込む時間になっていた。


今日ノラに教えたことはハイドにとって利益のあることだった。自分で考えて、自分のために行動する。何よりも自分を守る第一歩である。


だが、まだ1つ、彼は彼女に教えるべきことがあるようであった。


「ノラ、純真なのは良いことだが、1つ教えておく。明らかに悪い人間についていくな。実力行使で拒絶しろ。わかったか?」


「はいっ」


「もし面倒ごとがこれで終わりじゃなくて、これが始まりだとしたらどうする?」


また嫌なことを言ってくれるなぁ。ハイドは息を吐いてから答えた。


「全部片付ける」迷わずに答えると、シャロンが肩を叩いた。


「君に出来るか」


「やかましい」


小馬鹿にするように笑われた。少しばかりムッとして、ハイドはそのままベッドに飛び込むと――――続いてノラが、同じベッドに座ってきた。そしてシャロンも真似て、


ハイドが出来なくても、私たちが居るって事を忘れて欲しくは無いのさ」


そんな台詞にノラは大きく首を縦に振った。ハイドはまた大きく息を吐いて――――受けた仕事を彼女等に伝えるのを忘れたことに気がついた。


この調子なら簡単に頷いてくれるだろう。思惟して、頭の中でまとめてから、やがてハイドは口を開いた。

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