序章『その者紅き大地に降り立ち』
乱れる呼吸をそのままに、震える腕を震えるままに、少年は剣を構えた。
額から流れる血で視界が霞む。腹部が血で紅く染まっているが、コレは一体いつの傷だろうか?
疑問を疑問のまま、解消しようとはせず、また出来ずにいる少年は、真っ直ぐに、前を見据える。
「既に死に体だろう。何故まだ立ち上がる?」
低く鈍い声が空気を震わす。少年はソレが酷く嫌そうに、首を横に振るわせた。
「何故って……アンタがそこに居るからだよ」
口の中がカラカラに乾く。声を出しただけでも咳き込みそうになるのはソレが原因であった。
「既にその回答は聞いたぞ」
「アンタが同じ質問をするからだろうが」
見た目不相応に喋る少年。それに相対するのは、全身を黒のローブで包む正体不明の男。
辺りは炎に包まれ、それは円形に。誰も逃さないような状況の中で、少年は次いで声を荒げた。
「唸れ轟雷ッ!」
大きく振り上げ、隙を露にする。そんな隙を見ても手を出そうとしない敵に対して、少年はその剣を振り下ろしながら烈しく叫んだ。
その剣が、上段から正眼へと移り変わるその中で――――大きな砲筒の如き閃光が、少年の眼前から弾き出された。
轟と、空気を喰らうように唸るソレは凄まじい速度で駆け、敵へと向かう。
敵もソレを認識して、右の掌を突き出した。その直後――――敵は囁くように、口を動かした。
「――――、――――」
爆音にかき消されるそれは何なのか、誰にも認知することは出来なかった。少年に到っては、そもそもその姿が見えていない。
刹那。それは敵へとようやく到達する閃光が要する時間であった。
だが――――その刹那の時間で、その轟雷は、まるで元より放たれてなど居なかったように”姿を消した”。
一瞬。何が起こったのかわからないほどの早さ。
寧ろ、それは時間を要して行われたのか。刹那、コンマ秒などの時間を超越した何かによる力なのではないか――――。
そう思索する。落ち着いて、息を大きく吸い込む。
気がついたら、少年は走りながらその行動を行っていて――――次の瞬間には既に、無防備に構える敵へと剣を振り下ろしていた。