何をしても許されたいのです
なにをしても許されたい攻め×なにをされても許す受け
⚠攻めが殺○犯。軽度のグロ描写あり。
「アンタの家族、殺しちゃった」
許して。
つい何秒か前には壊れたように笑っていたのに。許してと口にした途端、男は透明な血液を流していた。無表情に、赤い血に塗れ泣いている。
許してという言葉は、愛して欲しいと聞こえた。さくらには、血をまとった男がどうしようもなく愛に飢えているように見えたのだ。
この状況に冷静でいる自分も大概だと思いながら、さくらは肩にかけていたリュックの紐を、重力に従って下ろす。床に穴が空きそうな重い音が響いた。
男の肩が震える。おかしい。怯える立場なのはこちらのはずなのに。
いつも通り学校を出て、いつも通りの道を通って、いつも通りの家に帰ってきた。代わり映えのしない一日。普段通りの一日を締める予定だった。
玄関を開き、いつもはおかえりと声を掛けてくれる母親は、沈黙していた。帰ると出迎えてくれる年の離れた妹は、そこにはいなかった。さくらより早く帰宅した父は、酒を飲んで上機嫌なはずだった。
今、いつもはさくらを笑顔で迎えてくれている家族は、苦痛に歪む顔でさくらを見ている。
リビングの扉を開けると、そこには家族だったものが転がっていた。どれが三人それぞれのものかも分からないほどに、パーツがあちらこちらに散らばっていた。生臭さと鉄臭さが混ざった空気は、肺に不快感を取り込んだ。
その中心で、ぼんやりと窓を見ている男が立っている。さくらが玄関のドアを開けた時点で、存在は分かっているはずなのに。男は心を窓の外に馳せているようで、こちらを見ようとはしない。
だらりと下がった左手に、パズルのピースを作り出したものを持っていた。刃物だと主張する銀は、暗くても存在を隠すことはない。
この男が、さくらの家族を殺した。殺人犯。
恐れる相手であるのに、さくらに怖いという感情は浮かばなかった。道ですれ違う人々へ程度の関心。ただ、目を離すことはできなかった。ここが崖の上なら、男は今にも岩の端から足をずらし、落ちていく危うさを漂わせていた。
ようやくこちらを見る気になったのか、億劫そうに男はさくらへと首を移動する。妙な斜めのバランスで、器用にもピエロの面のように笑った。
「おかえりぃ」
「……ただいま」
「あんた、さくら?」
鼓膜にじん、と男の低い声が広がる。
「そうだけど。なんで知ってんの」
「この子、ずうっと呼んでたからさ」
お兄ちゃん、さくらお兄ちゃんって。この子、の所で、転がる小さな頭をつま先で小突く。妹だった頭は、逆らうことなく半回転した。
「殺しちゃった、殺しちゃった! 三人とも、あんたの名前呼んでたよ! ああ、殺した……死んだんだ!!」
あは、あはははは!
低い声が裏返り、心底楽しそうに腹を抱えていた。どのくらいそれを眺めていたのかは分からないが、一頻り笑い終えた男は、笑いすぎた生理的な涙では無いモノを流していたのだ。
次は許して許してと泣き、膝をついてさくらの腰に縋り付いてきた。
「許して、殺しちゃったんだ、許して」
「へえ。そっか」
言えば、男の目が見開かれる。長いまつ毛が広がり、瞳が一層大きくなった。
「どうすんの、これ」
飛び散る赤に、散乱する肉の塊たち。このままでは異臭が近所にも届いてしまう。
「一緒に埋めに行こうか」
「……怒んないんの」
男はコップを取り落とした子供のように怯えていた。まるで親に怒られることを身構え、いつその感情をぶつけられるのか伺う小さな少年。
さくらが嘆く側であるのに、彼は被害者の顔で両の拳を白くしている。
「家族が、嫌いだったの?」
「嫌いじゃないよ」
じゃあ、なんで。
音にはならなかったが、空気が不可思議げだった。
「何で俺が君を怒らないのか、不思議?」
こっくりと頷かれた。色素の薄いらしい髪は、薄暗い室内でもさらりと流れる。
男の質問は、さくらにとって的をえてるようで、外れていた。
無。
今のさくらにあるものは、何も無いのだ。怒りも悲しみも、喜びも安堵も無い。ただ家族が死んだ。それだけ。
彼は、家族を殺した自分が何故責められないかが不思議で、それでいて怖いのだろう。理由がいるのであれば、そうだ。
「まあ、女の子みたいな自分の名前が、あんまり好きじゃないから。かな」
これでいいか、と男を見やると目をまん丸にして、口を半開きにしていた。ボーリングの球のような顔だと眺めていると、男の頬がジワリジワリと色を付けていく。人形じみた整った顔が、人間の表情を作った。
「それって、許してくれるって、意味っ……?」
「まあ」
これが許すという部類にはいるのなら、そうなのだろう。
机がそこにある事をそうだと肯定するのと同義で答えてやると、彼は目を溶かした。
「嬉しい! 嬉しい!!」
「そっか」
「許してくれたってことは、オレのこと、好きだってことだよね!」
「ん?」
「オレを選んで、何よりも愛してくれてるって、ことだよね!!」
雲行きがおかしい。
さくらが口を挟もうにも、男は息荒く立ち上がると、首を天井に向けうっとりと早口に続ける。
「自分の家族を殺してバラバラにしたのに、怒らなかった。責めないで、受け入れて、理由を考えてくれた。それどころか、隠すのを手伝おうとしてくれた」
頭の重みで、首がねじれこちらをぐるんと見た。
ほのかな光を反射した黒目が、爛々とさくらを捕らえている。
「これって、究極の、愛だよね」
やっと、みつけた。