098話 よみがえる記憶
突然の脱走劇に、一度は全員成功したかのように見えた。
しかし、皆を気にして最後を走っていたカズヤが、追っ手の魔導人形に捕まってしまったのだ。
「カズヤ!!」
「カズ兄ちゃん!」
「おい、カズヤ! 早く逃げろよ!」
「俺のことはいいから逃げろ!! せっかくのチャンスを逃すな!」
カズヤは身を呈して、ピーナやムルダたちの脱走を助けた。そのおかげで20人ほどが脱走に成功したのだ。
捕まったカズヤは、再び魔導人形の前に引きずり出される。
魔導人形のトップであるギムと、見知らぬ魔法使いの男が取り囲んでいた。
「逃亡するとはふざけた真似をする奴だ。こいつをどうしてやろうか?」
「ジェダ様、こいつは魔導具造りの特殊な才能を持った男です。このまま殺すのはおしいのですが……」
ジェダと呼ばれた魔法使いは、尊大な態度でカズヤを見下ろした。
いつもはスクエア内で威張っているギムが、人間相手に敬語を使っていることに違和感をおぼえる。
「こいつが外で捕らえてきたという、あの魔導具造りか。ならば、この世界での記憶を全部消してやろう。そうすれば何も分からずに、再びスクエアでの囚人生活に戻れるだろう」
「そうして頂けると助かります。ただ、言葉だけは喋れるようにしてもらえますか。こいつの言うことに従う人間どもが多いのです」
ジェダと呼ばれた魔法使いは、一瞥もせずにフンとうなずくと、カズヤの記憶を奪う強力な魔法を詠唱し始めた。
激しい苦痛のなかで、スクエアでの記憶と思い出が消えていく。
だが、カズヤの全ての記憶が無くなったかと思ったその時。
この場を逃げ出したいという強烈な欲求が心の底から湧きあがってきたのだ。
「あっ、貴様! 待て!!」
カズヤは一瞬の隙をついて魔導人形の手を振り切ると、一目散に森の奥へと逃げ出した。
そして記憶が朦朧とするなか、近くにあった大河へ飛び込んだ。
対岸を目指して無我夢中で泳ぐが、しだいに力が弱ってくる。カズヤはいつしか力尽きて、意識を失いながら大河のなかを流されていった。
そして、下流までくると、エストラ近くの河畔に流れつく。
そこでアリシアとステラに出会ったのだ――
*
カズヤは初めてアリシアと出会った時のことを思い出していた。
日本で着ていた衣服と違ってボロボロだったのは、スクエアの収容所で与えられた服だったからだ。左腕についていたあざは、スクエアでの収容所の奴隷としての目印だ。
カズヤが最初からアリシアの言葉を理解していたのは、異世界での不思議な力でもチート能力でも何でもない。アリシアと出会う以前に、スクエアという収容所でこの世界の言葉を身につけていたからだ。
そして、エストラの宿屋の部屋にあった魔石のアイロンやケトルを見て、懐かしいと感じたのは当然だった。それは元の世界の記憶では無く、まさに自分自身が作ったものだったからだ。
カズヤは、目の前で心配そうに見ているムルダに気付いた。
さっきまでは初めて出会った見知らぬ他人だった。
しかし、今は違う。ムルダは同じ人間奴隷としてスクエア内で一緒に暮らしていた大事な仲間だったのだ。
「……ムルダか。無事に逃げ切れたんだな。良かった」
「そうだ、そう呼ばれると懐かしいな! やっと思い出したようだな」
「カズ兄、私のことも思い出した!?」
「ああ、ピーナが元気そうで嬉しいよ。お前のことを忘れていたなんて信じられないな」
そう言ってカズヤは、エルフ族の子どもであるピーナの頭をやさしく撫でた。その首元には、いつものように雲助が嬉しそうに浮かんでいた。
「悪かったな、雲助。お前の悪口を聞いても思い出せないなんてな」
「もしオイラのことを思い出せなかったら、お前の頭に雷を落としてやろうと思ってたぞ」
ピーナと仲良しのフワフワした妖精に、雲助と名付けたのは確かにカズヤだった。雲助は口が悪い不思議な妖精だ。
雲助は暑くなるとピーナの頭の上で日陰を作ってくれたり、少しばかりの雨を降らせてくれる。なにより、ピーナを乗せて空を飛ぶこともできる。
ピーナが雲助を脇にかかえて、スクエア内を元気に走り回っていたことを思い出した。
「ムルダ、他のみんなはどこにいるんだ?」
「脱出に成功した奴らは自分の国に帰ったよ。俺の母国はスクエアがあるレンダーシア公国だったから、今まで隣のゴンドアナ王国に隠れていたんだ。行き場のなかったピーナは俺が預かっていたんだが、そこでお前の噂を聞いたんだ」
「そうだったのか。リナはどうなった?」
「リナは脱走に参加していないから、そのままスクエアに残っていると思うが……。脱走後のスクエア内のことは詳しく分からない」
「ということは、まだスクエアに囚われている人間がいるんだな。それなら、早くリナたちを助けに行かなくちゃ。ザイノイドになった今の俺なら……!」
「なんじゃ、何があったのか早く教えるのじゃ!」
カズヤとムルダの会話を聞いていたゼーベマンが、話の筋が見えずに騒ぎ始めた。
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