092話 魔導人形の暴走
ふと気付くと、アリシアの頬に涙がつたっている。
悲しげな表情から想いがあふれ出している。母親の話をしたときには泣いていなかったはずだ。
思いがけない様子にカズヤは狼狽える。気が付かないうちに何か悪いことを口にしてしまったのだろうか。
「どうしてカズヤは、自分のことをそんなに悪く言うの? 私たちは、こんなにカズヤのことを頼りにしているのに……」
アリシアは涙を流しながら、真剣な顔でカズヤを見つめている。本気で言ってくれていることが伝わってきた。
自己評価が低いことを他人からどう見られるのか、カズヤは今まで考えたことがなかった。
アリシアは涙をぬぐって気持ちを落ち着けると、再び顔をあげた。
「別に地味で平凡なことを卑下する必要はないでしょ。逆に、落ち着きがあって信頼できると評価する人もいるのよ。地味や平凡の良さに気付いている人は意外とたくさんいると思うわ」
「そんな人いたかなぁ……」
カズヤは軽く思い返してみるが、そのような人物は思い浮かばない。
「きっといたわよ。私だったらカズヤのことを放っておかないけど」
カズヤはドキリとした。心臓の鼓動はないのに心が震えている。
アリシアは表情を変えずに、カズヤの目を見つめている。
夕日に照らされた草原は、カズヤがこの世界で見てきた景色の中で一番きれいだった。
「それに、王位を継ぐべき人間の割には私も地味で平凡かも。もう少し派手で煌びやかだったら良かったかな」
アリシアは少し自嘲するように笑った。
アリシアのような王女を地味だと言ったら、他の人は一体どうなるというのだ。
カズヤは、さっきアリシアが言った言葉を繰り返してみる。
「……ということは、アリシアも落ち着きがあって信頼できるということか」
「そうなっちゃうわね。ちょっと自分を褒め過ぎかしら」
二人は顔を見合わせて笑った。
(……そうだ、あの時はあの時なりに必死に生きていたのだ。他人から見て地味で平凡だったかどうかを、気にする必要なんてない)
カズヤは自分に対する見方が、少し変わったような気がした。
陽が沈んで暗くなる前に、二人は領主館へ帰って行った。
入り口にはステラが直立して待っていて、その後ろには立派な男性用の礼服が飾られていた。
「これはエルトベルクの正装よ。カズヤに合わせて作ってあるから、外交や式典のときに使ってね」
なるほど、これを作るためにアリシアはステラと出かけたのか。
カズヤが腕を通してみると、ちょうどいい大きさだ。ステラが服の寸法を伝えたに違いない。
似たような意匠の服を、国王やアリシアが着ていたことを思い出した。これを着るということは、エルトベルクを代表していることになるのだ。
カズヤは服の乱れを直しながら、心を引き締めなおした。
そんな短い平穏な日々が続くなか。
セドナの片隅で、不穏な出来事が起こっていたのだった。
*
ある日、セドナの領主館に一人の兵士が飛び込んできた。
「アリシア様っ! 魔導人形を保管している倉庫で、魔導人形たちが暴走しています!」
「魔導人形が!? 管理者の土魔法使いたちは何をしているの?」
「それが……。何も指示を出していないのに、人形が勝手に動き回っているようなんです」
「勝手に動き出すなんて聞いたことないわ。分かった、すぐに行く!」
本来、魔導人形は制作した土魔法使いの命令に従うように作られている。それに反して勝手に動くことなど、原理上はありえないはずだ。
アリシアから話を聞いたカズヤも、急いで倉庫に駆けつけた。
エルトベルク軍の魔導人形を保管している倉庫に向かうと、たしかに10体ほどの魔導人形たちが暴れ回っている。
自らの建物を壊して、押さえようとする兵士たちに襲い掛かっていた。
「このままにしておけないわ。残念だけど壊すしかないわね」
暴れている原理が分からない以上、止めるには壊すしかない。
やむを得ないこととはいえ、戦力になるはずの魔導人形を壊すのは残念でならなかった。
カズヤは、近くにいる魔導人形から順に行動不能にしていく。
通常の魔導人形たちの攻撃は、特別強いわけでは無い。
恐れを知らずに立ち向かって来ることと、食事を取らなくても昼夜休みなく襲いかかってくるのが恐ろしいくらいだ。
カズヤたちは、魔導人形にとって最小限の破壊で済むように、身体を押さえつけてからはめ込まれた魔石を外していく。
ステラやバルザードたちの助けもあり、すぐに全部の魔導人形を停止させることができた。
カズヤは破壊された魔導人形を見下ろしながら、異変が無いか各部を触ってみた。
「アリシア、今までにこんなことはあったのか?」
「いいえ、今回が初めてよ。魔導人形は制作者の命令しかきかないはずなのに……」
「でも戦争の時には、土魔法使いじゃなくて指揮官が命令してるんじゃないのか?」
「指揮官が土魔法使いに命令しているだけよ。その命令を魔法使いが魔導人形に指示しているだけなの」
なるほど、魔導人形が指揮官の命令を直接聞いている訳ではないようだ。
「それ以外の方法ってないのかな?」
「聞いたことがないわ。特別な魔導具でも使えば可能かもしれないけど……」
魔法が得意なはずのアリシアが首をかしげている。
そうすると今回の事件は、土魔法使いが全く命令していないのに、10体以上もの魔導人形が勝手に動いたことになる。
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