089話 ウミアラシ
応援(星★評価・ブックマークに追加)、ありがとうございます!
ステラはお好み焼きを少しだけ切ったものを、おずおずと口の中に運び入れる。
「……糖度が高い訳ではないのに甘みがありますね。化学物質が入っていないので、人間種への健康上の問題は無さそうです。タレの方のカロリーが少し高いですが、見た目よりも塩分濃度は控えめです」
「そ、そうか……」
あまりに機械的な反応で、カズヤは悲しくなってくる。
「違うんだよ、ステラ。数値的なものではなくて、感覚を味わってほしいんだ」
「感覚ですか……。ほかほかしてふんわりとした食感ですね。甘みや酸味などが口の中に広がってくる感じがします」
「そうそう、そういう感じだよ。そんなのを楽しんで欲しいんだ」
ステラは少し分かったような、それでもまだ不思議そうな顔をしている。
これをきっかけに味覚を楽しむことを覚えて欲しいとカズヤは願っていた。
「あら、本当に美味しいわね。いろいろなお肉や野菜を一度に食べられるのが嬉しいわ」
お皿に手がのびているアリシアからも、期待通り好評だ。
「でも、あとちょっと何か物足りない気がするのよね。美味しいのは間違いないんだけど……」
ひと通り食べ終わったあと、口元を拭きながらアリシアがひとり言をこぼす。
「そうかな? ところで、アリシアは何を作ったんだ?」
「これよ、トポリというこの地方の伝統的な料理なの。私好みの味付けにしてあるのよ」
アリシアが鍋を両手で抱えて持ってきてくれる。鍋の中を覗き込むと、色々な野菜が入っている黄色っぽいスープのような料理だ。
「バルくんも大好きよね?」
「そ、そうですな……。大好き過ぎて、見てるだけでお腹がいっぱいになるというか……」
バルザードの歯切れが悪い。
アリシアは料理下手かと疑っていたが、匂いや野菜の切り方、色どりを見るとそんなことは無さそうだ。
「それじゃあ、俺ももらうな」
カズヤが、トポリを口の中に入れてみる。
すると、途端に火が出るような強烈な刺激が口中をおおった。
辛みを通り越して、もし人間のままだったら口のなかが痛くなりそうだ。
「……か、辛い! これはちょっと辛すぎじゃないか!?」
カズヤはあわてて水を飲みこむ。
この黄色のスープは、唐辛子のような香辛料だった。
超科学力を誇るザイノイドの味覚センサーを、一発で破壊しそうな程の辛さだ。
カズヤが恨みがましくバルザードを睨みつけるが、必死にカズヤと目を合わせないようにしているのが分かる。
「そんなこと無いわ。皆で食べると思って、これでも普段より控えめなのよ」
アリシアが不満そうな顔で抗議する。
たしかに野菜の旨味やコクがあって匂いもいい。しかし、辛さの主張が強すぎて、その旨味の全てを吹き飛ばしてしまっていた。
「……これは美味しいですね」
しかし意外なことに、ステラが真顔でスープを口に含んでいる。カズヤのときには無かった反応だ。
「でしょ! やっぱりステラなら分かるのね」
ステラも激辛が好みだったようだ。
カズヤとバルザードは手が進まずに硬直している。
「遠慮しないでどんどん食べてね。お代わりもあるから」
どうやらこれを食べ尽くさない限り、食事の終わりはこないようだった。
*
料理騒動から数日経ったころ、カズヤとステラは、ウミアラシがいる海岸までやってきていた。
二人は時々思い出したように、ウミアラシと遊ぶ時間を作っていたのだ。いつもアリシアとバルザードも誘うのだが、付いてきたことは一度も無い。
海岸でカズヤが口笛を吹くと、しばらく経ってから海の色が変わって激しく波立ってくる。
そして、はじめに背中の甲羅が見えてきたかと思うと、海をかき分けてウミアラシが砂浜を歩いてきた。
その大きな身体は恐竜を思わせるほど巨大だった。
山を乗せているのかと思うほど甲羅は大きく、不規則な凹凸が岩山のように連なっている。大木を何本も集めたみたいに太い本6足は、大地を踏みしめて歩くたびに地響きが伝わってきた。
ウミアラシは、カズヤとステラの姿を見つけるとギャアアッと一声鳴いた。
そして、カズヤが投げる大木を喜んで取ってくるのだ。ステラはウミアラシ用に持ってきた餌を使って、犬のように待てやお座りを教えている。
ウミアラシは一度教えたことは忘れずに覚えるので、どんどんと意思疎通が上手になっていた。
これだけ大きな身体なので脳も大きいのかもしれない。想像していた以上の知性はありそうだった。
餌として食べるのは主に木や土だったりするのだが、時々岩にかみついてバリバリ食べたりもする。岩石の成分が甲羅にでもなっているのかと、カズヤは勝手に想像している。
しかし、ウミアラシがじゃれ合おうと突進してくるのだけは真剣にかわさなければいけない。ウミアラシの巨体に突撃されると、いくらザイノイドとはいえ無傷ではいられないのだ。
一日遊んで気が済むと、ウミアラシは海へと帰っていった。
その遊びの帰り道。砂浜に残ったステラがカズヤを呼び止めた。
「マスターに渡したいものがあります。これを読んでください」
そう言って手渡されたのは、一冊の分厚いノートだった。
読んで頂いてありがとうございます! 「面白かった」「続きが気になる」と思ってくださった方は、このページの下の『星評価☆☆☆☆☆→★★★★★』と、『ブックマークに追加』をして頂けると執筆の励みになります。あなたの応援が更新の原動力です!




