087話 二人の買い物
アリシアはステラの方をチラチラ見ながら、思い切ったように軽く息を飲みこんだ。
「カズヤとステラは特殊な関係って言っていたけど、いったいどういう意味かしら? その……深い意味はあるのかなって」
「マスターが主人で私が従者だということです。別にそれ以上の意味は無いですよ」
ステラはいつもの淡々とした様子で返答する。
それを聞いて、アリシアはホッとした表情に変わる。
「なんだ、そうだったの。二人で何か……、そう、特殊なことをしているのだと思ったの。余計な心配をしていたわ」
「もし、アリシアが男女的なことを言っているのなら、マスターにそんな勇気はありませんよ。もう少し度胸があってもいいと思いますが……。アリシアも気になるんですか?」
「い、いや、何でもないのよ! 二人のことを、もっと知ってもいいのかなと思って……それより、トラックの調子はどうかしら!?」
アリシアはあわてて取り繕うと、無理やり話題を変えてしまった。
そんな会話をしながら二人が職人街を歩いていくと、店の外に色とりどりの服が飾られている通りに差し掛かった。
老若男女、男女問わずさまざまな服が並べられている。
「……ここのお店が良さそうね」
店外に並べられている服と建物の外観を確認すると、アリシアは一軒の服屋へと入っていった。
「お忙しいところ失礼するわ。ご主人、これと同じ服を作って欲しいのだけれど」
「こ、これはアリシア様! もちろん問題ございません。すぐにお作りします」
事前の約束もなく王女が入ってきたので、店主が慌てて出てきた。アリシアが持っている礼服を軽く確認すると、すぐに返事をする。
「よかった。それじゃあ、お願いするわ。完成したら私の所に持ってきてもらえるかしら?」
「も、もちろんです。完成次第すぐにお届けします」
ステラから服の寸法を聞くと、主人は深々と頭を下げる。
「ここには私が着ているような服はないんですか?」
店内を見回ったあとにステラが店主に尋ねた。
「申し訳ありません。当店では召使い用の服は取り扱っていないんです」
やはりエストラのあの店は貴重なのだ。
服屋に常駐してあるボットからは、次々と新作の情報が届いているというのに、セドナの滞在が普通になった今では、なかなか新作を買いに行くことができない。
(トラックで往復しているときに、誰かに頼んで買ってきてもらわないと)
ステラは、次の便で向かう予定の住人たちを思い浮かべるのだった。
「ステラは他のお店に用事は無いの?」
店主の見送りを受けながら、アリシアたちは服屋を出た。
「そうですね、せっかくなので本屋があれば寄ってみたいです」
「本屋? ステラが読みたい本でもあるの」
「私が読む訳ではありません。たしかに本好きなザイノイドというのも、中にはいるんですけど。私というよりは、マスターにふさわしい本を探したいんです」
「カズヤに相応しい本?」
きょとんとした顔でアリシアが立ち止まる。
「最近、マスターの物忘れがひどいんです。建設予定が重なって忙しいのは分かるんですけど、症状を改善するような啓発本でもあるといいんですけど」
「カズヤがそんな本を読むかしら?」
アリシアには、真面目に読書しているカズヤの姿が思い浮かばなかった。
二人は本屋に立ち寄ってそれらしい本を探してみるが、やはり見つからない。
「……しょうがないですね。こうなったらと、私が自分で書くしかないようです」
「えっ、ステラが本を書くの!?」
「マスターへの注意事項を列記するだけです。宿屋に何冊かノートがあるので、書いて渡してみましょう」
二人はそれぞれの用事を済ませると、領主館へと帰って行った。
※
その少し前。カズヤとバルザードはセドナの旧市街を歩いていた。
途中、サルヴィア教の建物の近くを通りかかると、建物の外で聖職者らしき人物が街行く人たちに何かを伝えていた。
「あれは何を話してるんだ?」
「サルヴィア教の教えを布教しているんだよ。個人の欲望を犠牲にして、サルヴィア様への忠誠を最優先にしろってな」
「そうなのか……でも、欲望を我慢するのは辛いよな。程ほどならできるけど」
「まあ、俺様だってそうだぜ。あとは、労働はサルヴィア様に対する奉仕で、熱心に働いているといずれ救済される、とかだ」
サルヴィア教の教義を詳しく知らないが、過剰な犠牲を求められたらカズヤには実践できる気がしない。
聖職者の熱心な訴えを聞き流しながら、二人は足早にその場を通り過ぎていった。
カズヤとバルザードは、目的地の食品市場にたどり着いた。市場のなかでも食べ物に興味があったのだ。
「カズヤ、着いたぜ。何でこんな所に用があるんだ?」
「実はさ、以前から食べたい物があったんだよ」
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