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086話 ステラの日記


「……こ、これは、本じゃなくてノートか!?」


部屋の外から書物のように見えていた物は、ただの分厚いノートだった。


隣にはペンが置いてあり、ノートにはステラお得意の怪しげなイラストが載っている。以前ステラが、自分が描く絵について熱く語っていたことを思い出した。


一見すると何の絵か分からないのがステラの絵の凄いところだ。



絵をよく見ると、何となくカズヤらしき人物と、バルザードらしきモフモフした動物が描かれているように見える。


そして、絵の横には謎の文字が踊っていた。それは、この世界の文字ではないし、もちろん日本語でもない。



「ザイノイドであるステラが、何でこんなアナログな物を使っているんだろう……」


大量の情報を瞬時に記憶できる情報処理型ザイノイドであるステラが、なぜわざわざ紙のノートに絵や文字を書きつけているのか理解に苦しむ。



今までのカズヤなら謎の文字を判読するのは不可能だ。


だが、すでにカズヤもザイノイドの一員だ。


視覚センサーを使うことによって、ノートの文字がカズヤでも理解できる言葉となって脳の中に送られてきた。


罪悪感を感じながらも、カズヤはこっそりとノートを読んでみた。



そこには、日々の生活のなかで、ステラが気になっていることが書かれているのだった。



・セドナ旧市街の市場の近くで、ボットが新たなもふもふワンちゃんを発見。次回近くに立ち寄った時に撫でるべし。


・マスターが約束を忘れて遅刻した。何度言っても直らない。


・マスターに必要な物リストを渡したのに、そのリスト自体を忘れていた。かなりの重症。


・領主館の隣の家の猫ちゃんが、今日は遊びに来てくれなかった。今度は私の方から会いに行こう。


・マスターがまた靴下の左右を間違えて履いている。


・市場で子供用の服がたくさん並べられていた。小さな服がとても可愛い。


・セドナ市外の森の中で、ふわふわした毛の生き物が木の枝にいた。あれは何の魔物なのか気になる。今度バルちゃんに聞いてみなくては。


・旧市街で可愛いお花屋さんを見つけた。マスターが立ち寄ってくれる気配は無い。


・マスターが今日も同じ服を着ている。ザイノイドとはいえ、服は毎日取り替えた方がいいと思うのだけど。


・マスターは、自分が何をしようとしていたのか一瞬で忘れることがある。いよいよまずいのかもしれない。何かいい方法は無いだろうか……。



ステラが描いたノートの中身のほとんどは、カズヤのこととモフモフした生き物のことで埋め尽くされていた。



(俺の物忘れって、そんなにひどかったかなあ……)


身体全体をザイノイド化したカズヤだったが、脳と中枢神経の一部だけは生物のままだ。そのせいで、判断力や記憶力は人間のときのままだった。


脳をザイノイド化しようとステラに勧められたことも一度や二度ではない。しかし、カズヤは自分が人間だったことに強いこだわりがあるので、毎回断ってきた。


しかし、ステラがノートを埋め尽くすほど心配している。脳を変えるつもりはないにせよ、カズヤは我が身を振り返って少しばかり反省した。



すると、廊下の階段を荒々しく登ってくる音が聞こえてくる。


カズヤは慌ててステラの部屋から飛び出した。


「よお、カズヤ! 姫さんがステラと買い物に行くといって出かけてしまったんだ。俺様は置いてけぼりだぜ」



階段を上がってきたのはステラではなく、バルザードだった。


「なんだ、バルか……。アリシアと別行動なんて珍しいな」


「ステ坊と一緒にいるから大丈夫だって、姫さんが言うんでな。お前は何してんだ?」


どうやらバルザードも、カズヤと同じ状況らしい。急にやることが無くなって、カズヤのところを訪れたのだ。



「俺も特にやることがないから、旧市街の建築現場に出ようかと思っていたんだけど……。そうだ、バル! せっかくだから市場に行かないか?」


「何だよお前まで市場に行くのか。まあ、姫さんが居ないから、何処でもいいんだけどな。いいぜ、市場に行こう」


この状況は、今までやりたいと思っていたことを試すチャンスではないかと、カズヤは気付いたのだ。


バルザードに案内してもらうようにお願いすると、二人はセドナ旧市街の市場の方へと出かけていくのだった。





その頃、アリシアとステラも仲良く二人で、市場の職人街の方を歩いていた。


「……それでアリシアは、マスターに儀礼用の正装を買ってあげるつもりなんですね」


なぜアリシアがステラを誘って買い物に来たのか、理由を聞いてステラは納得した。


アリシアは、礼服の見本が入ったバッグを手に提げている。



「そうなの。この前の戦いでのカズヤの活躍に対して、お父様が報奨を用意したんだけど断られちゃったのよ。お金は復興に使って欲しいって。その代わりといったらなんだけど、エルトベルク様式の礼服をあげようかなと思って。カズヤって着るものに頓着しないでしょ?」



「着る物どころか、身体の汚れすら気にしないので困ってます」


ステラが思い出したように溜め息をついた。


ザイノイドになったら、身体のバイ菌で病気になることはない。だからといって、汚れが目立ったり、臭いがきつくなるのは困りものだ。



「エストラだったら王宮に出入りする服職人がいるんだけど、ここセドナにはいないのよね。せっかくだから私からの贈り物にしようと思って。カズヤを驚かせたいからバルくんにも留守番を頼んだの。ステラならカズヤの服の寸法を知っているでしょ」


「マスターのことなら、臓器からパーツまで全部知っていますよ」


それどころか、この前はカズヤの内臓の汚さにまで文句を言っていたのだ。



「……あの、ところでなんだけど……」


珍しくアリシアが言い淀みながら、ステラの方をチラチラ見る。


そして覚悟をきめると、思い切ったように息を飲みこんだ。


「カズヤとステラは特殊な関係って言っていたけど、いったいどういう意味かしら? その……深い意味はあるのかなって」


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