085話 ステラの部屋
「ステラの星の名前は何て言うか、聞いたことあったっけ?」
「デルネクス星系です。マスターがいた星とはかなり離れていますし、そもそも次元が違う可能性もあります」
次元が違う……?
カズヤは不用意に放った質問に後悔した。
ステラに宇宙の話を聞いても理解できるはずがない。ただ、デルネクスという星の名前は初めて聞いた。
「部品は出来上がりました。あとは組み立てるだけです」
力仕事だけなら、ザイノイドであるカズヤにもできる。
ステラの指示を受けながら二人で組み上げると、あっという間に試作品の乗り物が出来上がった。
見た目はレトロ可愛いトラック型だ。大量の人と物資を運ぶには、単純な作りの方が使いやすいからだ。
「こんな形の方が、たくさん乗せられそうだ。見た目も丸々して可愛いな」
「おお、面白そうな乗り物じゃねえか、俺様も乗せてくれよ!」
目ざとく試作品のトラックを見つけたバルザードが、意気揚々と乗り込んできた。空飛ぶウィーバーはあんなに怖がっていたくせに、地上の乗り物となると平気なようだ。
「じゃあ、バルも乗れよ。俺が運転してやる。こう見えても、元の世界では車の運転免許を持っていたんだぜ」
得意満面の笑顔でカズヤがトラックに乗り込んだ。
しかし、トラックの最前列に行っても運転席のようなハンドルが見当たらない。足元を見ても、アクセルやブレーキも付いていない。
カズヤは、そんな部品を作った記憶が無いことを思い出した。
「あれ、ステラ。このトラックはどうやって運転するんだ?」
「別に運転する必要はないですよ。エストラとセドナを往復するだけなので、人工衛星を介した自動運転にしてあります。道中にはF.A.を随伴させるので、魔物の襲撃も防げるはずです」
「あ、ああ、そうですか……」
ステラの完璧な回答に、運転する気満々だったカズヤは意気消沈する。
自動運転の方が安全かもしれないが、カズヤの運転技術を披露する機会はなくなった。
「おお、おもしれーじゃねえか! カズヤも乗れよ、こいつ勝手に動くぜ。ハハハハッ!」
ボフボフと排気ガスを出しながら動くトラックに、1人ではしゃいで乗るバルザードを、カズヤは白い目で見つめるだけだった。
「……まあ、試作品が完成したなら量産するのは簡単だな」
このトラック一台で、数十人と家具などの物資を運ぶことができる。10台くらい作って、一日一往復させるだけでも十分だろう。
旧首都エストラから新首都セドナまで、人と物資を移動させる目処がつきそうだった。
*
新首都の建設が順調に進んだある日。
不意にカズヤの部屋をノックする音がした。
カズヤとステラはセドナの旧市街にある領主館に、アリシアやバルザードと一緒に住まわせてもらっている。
元からザイノイドであるステラは、睡眠をほとんど取らなくても大丈夫だったが、元が人間であるカズヤには、心を休める個室と睡眠が必要だったのだ。
相変わらずステラは、カズヤと同じ部屋で大丈夫だと主張したが、アリシアの判断で二人の部屋は隣り合わせで別々にされてしまった。
以前ステラがうっかり口走ってしまった、「マスターと私は特殊な関係」という言葉が誤解されたままなのかもしれない。
そんなことを思い出しながらカズヤが部屋の扉まで歩いて行く。
すると、廊下にはステラがポツンと一人で立っていた。
「あれ、どうしたんだステラ。今日は特に予定は無かったはずだけど」
「アリシアに買い物に誘われました。行ってもいいですか?」
普段のステラはカズヤの傍に立っているか、建設現場のボットの様子を確認して周っていることが多い。
そのステラが、アリシアと二人で行動するのは珍しいことだった。
「二人でお出かけなんて珍しいな。もちろん、いいよ」
「マスターが心配なので最初は断ったのですが、アリシアがどうしてもと言うので。何かあったら内部通信で連絡をください」
それだけ言うとステラは、階段をスタスタと降りていった。
一人で部屋に残されたカズヤは特にやることがない。
「まあ、いつも通り新市街の建設の様子でも見に行くかな」
カズヤやステラが何もしていなくても、5台の建設用ボットたちは昼夜問わずに黙々と仕事を進めてくれている。
その作業をセドナからの住人や、早くにエストラから移住してきた人たちが手伝っている。
人間が行なう作業は難しくないので、特にカズヤたちの指示がなくても問題なく作業ができる仕組みが整っていた。
領主館から外に出ようとカズヤが廊下に出ると、隣の部屋の扉がわずかに開いていることに気が付いた。
そこはステラの部屋だ。
カズヤは悪いと思いつつ、のぞき込む欲求を抑えられない。
扉の隙間から、中をそっとのぞき込んだ。
ステラの部屋は、まるで生活感のない殺風景な部屋だった。
念のため用意されているベッドのシーツは一切乱れた様子がなく、着替えのメイド服だけが整然と並べられている。その横には無防備に下着も置かれていた。
しかし、そんな部屋の机の上に、一冊の本が載っていることにカズヤは気が付いた。
紙で作られた本を宇宙船のなかで見かけたことはない。おそらくこの世界の書物をステラが部屋に持ち込んだのだろう。
(ザイノイドのステラが、書物で知りたいような情報でもあるのかな…)
ステラがどんな本を読んでいるのか、カズヤは無性に気になってきた。
悪いとは思いながらも、カズヤは吸い込まれるように部屋のなかに入ってしまった。
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