084話 試作車
アビスネビュラの策略で、エルトベルク全土で攻撃魔法が使えなくなるという惨事に見舞われたときには、アリシアの指導で魔術ギルドに頼らない独自の魔法――古代魔術を普及させようとしている。
魔術ギルドに頼らない新たな魔法を使うことは、並大抵の魔法使いにできることではない。
それは、アリシアが魔力が溢れて止められなくなるという、幼少期からの魔力過剰症という病と戦ってきたおかげでもあった。
両手のひじ辺りまで痛々しいほどの大きな火傷痕が残っている代わりに、常人を遥かに上回る魔力と、魔法への理解を手に入れることができた。
アリシアはそのことを誇りに感じている。魔法への理解を深めたことによって、魔術ギルドの欺瞞にいち早く気付くことができたからだ。
「簡易的なものでいいから輸送のための車があるといいんだけどなあ。人の移動だけでなくて荷物の運搬もあるし」
「そうね、そんなものがあると便利よね。それと、移住のための食糧と生活物資の準備が整う頃だとお父様が言ってたわ」
旧首都エストラでは、アリシアの父親である国王が遷都の準備を整えていた。
先に国王が新首都へ移ってしまっては、市民の動揺がさけられない。そのため、国王は変わらず旧首都に留まり続けることになっていた。
その代わりに、新首都セドナの建設はアリシアが中心となって進めている。
「移動させるだけじゃくて、その間の護衛も必要だぜ。エストラからセドナまでには魔物や盗賊も出るからな」
アリシアの警護として後ろに控えていたバルザードが、自慢の槍をいじりながら口をはさんできた。
バルザードは濃淡の紫色の毛が混じった狼型の獣人だ。この世界では国に1人いるかどうかという実力をもつ元Sランクの冒険者で、雷魔法と槍を使いこなす勇猛な戦士だ。
冒険者ギルドに冒険者ランクを剥奪されてからは、アリシアの個人的な護衛としてつき従っている。
「そうだよな、警護のことも考えないとな」
懸念材料を聞きながら、カズヤは少し考え込む。
すると、ふと何かを思い付いたように顔を上げた。
「そうだ、ステラ! 魔石の代わりにガソリンで動く車を作ることは出来ないか? ……っていうか、ガソリンって言っても伝わるかなあ。この星に石油があるかにもよるんだけど」
「なんだよ、ガソリンとかセキユって? 俺様は初めて聞いたぜ」
「ガソリンとか石油っていうのは、この世界の魔石みたいな物で、色んな道具の原料や動力源になるんだ。こっちでも使えないかなと思って」
「もちろん、マスターが言いたいことは分かります。この星の地中奥深くにも化石になった生物の層があるので、石油と呼んでいる原料に関しては問題ありません」
さすがステラだ。
すでに衛星やF.A.を使って、この星の地下資源までも把握している。
「ただ、そんな原始的な乗り物でいいんですか? 人々の健康や周囲の環境にも悪影響を与えますけど」
ステラは若干否定的な意見を述べる。
たしかに星間を移動する宇宙船に乗っていたステラにとって、ガソリン車があまりに原始的な乗り物だと思うのは理解できる。
「でもさ、仕組みは単純だし、俺は使い慣れてるんだよな。使うのは今回の遷都でエストラとセドナの間を往復する時だけなんだ。終わったら廃棄すればいいよ」
「……というか、マスターは以前そんな不健康な乗り物に乗っていたんですか? そのせいで肺や内臓が汚れていたのかもしれませんよ」
得意げに語るカズヤを、ステラはまるで汚い物を見るような目で見つめ返す。
「ま、まあ、そうかもな……」
容赦ない突っ込みを受けて、カズヤは口ごもる。
生物としての身体から、機械人間のザイノイドへと移植してくれたのはステラだ。もちろん、カズヤの身体の中のことは何でも知っている。
だが、さすがに他人に肺や内臓の悪口を言われるのは初めてだった。
「でも貴重な魔石を使うよりはいいだろ? ガソリン車を作ってみようよ」
ステラが言うことも分かるが、今のところ移住用の交通手段として、ガソリン車以外の代案が無いのも事実だ。
ステラの宇宙船は調査が目的なので、大規模な乗り物などは積んでいない。
「マスターがそこまで言うなら分かりました。作ると決まったら、さっそく試作品を作ってみましょうか。どんな形で何人乗せられるかも試す必要があります」
カズヤの説得を受けて、ステラは渋々と提案を受け入れた。
情報処理型ザイノイドであるステラは、目的が決まると行動も早い。建設用ボットのうちの一台を使うと、すぐさまガソリン車作りに取り掛かった。
以前打ち上げた人工衛星の地質データを元に地中を掘り進めると、すぐさま原油の採掘をはじめる。
セドナ郊外の原っぱに組み上げられた製造工場の見た目は、地球にあった自動車の整備工場にも似ている。
その光景に、カズヤはちょっとした郷愁を感じていた。
「この景色ってなんか懐かしいよなあ。匂いや音も人間の時みたいに感じられるといいんだけど……。ちなみに、ステラの星でも原油をエネルギー源にしていた時代はあったのか?」
「もちろんありましたよ。過去のデータに記録されているので、作ること自体は難しくありません。かなり昔の話ですが」
ステラは、棒状になった金属を器用にくるくると捻じ曲げながら答える。
物凄い腕力がかけられているはずだが、涼しい顔で作業している。
車を作るのに必要な部品の一部は、ステラが金属を正確に捻じ曲げることによって一瞬でできあがった。
その作業を片端で眺めるカズヤは、まるでマジシャンの手品を見ているような気分だった。
「そうだ、ステラの星の名前は何て言うか、聞いたことあったっけ?」
カズヤが、ふと思いついた質問を口にする。
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