080話 新兵器
巨大なアリシアのホログラムが警告する。
だがアリシアの警告を、メドリカ軍は嘲笑した。
「何が引き返せだ! エストラで災害が起こって弱っているのは分かってるんだ。こんなこけおどしには騙されないぞ!」
「私の警告を無視すれば、我が国の領土を守るために反撃しなければなりません。あなたたちが命令を受けて進軍していることは分かっています。すぐに撤退するのであれば攻撃はしません」
「何を言ってやがる。首都の地面が落下したうえに、ゴンドアナ王国との戦争で疲弊してるんだろう。こんな何もない場所で、俺たちを攻撃する手段なんて、ある訳ねえ。構わず進め!」
メドリカ軍が進軍を止める様子はなかった。
「あなたたちの意思は分かりました。後悔しても知りませんよ……」
空中からアリシアのホログラムが消える。
「やはり警告くらいじゃ駄目ですぜ」
「そうね。気が引けるけど、カズヤから教わった攻撃を使うしかないわね」
ホログラムが消えて、しばらくした後、アリシアがメドリカ軍へ反撃が始まった。
進軍するメドリカ軍全体に、突然空気が震えるような不気味な低い音が広がる。
最初はかすかだった音は徐々に大きくなり、やがて兵士たちの耳をつんざくような音へと変わっていく。
「な、なんだこの音は!? 頭、頭が痛い!」
聞いたことが無いような不快な音はどんどん大きくなり、耳を塞いでも頭の中で鳴り響いた。
それは強烈な音波攻撃だった。
メドリカ軍を取り囲んでいる、蚊ほどの大きさしか無い100以上のバグボットたちが、一斉に共鳴しているのだ。
メドリカ軍は一瞬で混乱につつまれた。
音の圧力が兵士たちの頭を締めつけ、手を耳に当て地面に膝をついて苦しみ始める。
なかには痛みで目を覆って大声を上げる者もいた。
耳を抑えて地面にはいつくばり、立ち上がることすらできない。
4000人のメドリカ軍は身動き一つとれなくなった。
やがて不気味な音は小さくなり、再びアリシアのホログラムが空中に現れた。
「……分かりましたか? まだ進軍するのであれば更に攻撃を続けます。もし、自国へと戻るなら何もしません」
「このような攻撃は卑怯だぞ! 我々は本国から、エストラを制圧するように命令を受けているのだ。退却することなど考えられん」
メドリカ軍の指揮官らしき男が大声で叫ぶ。
「あなたたちのことを考えて、退却して欲しいとお願いしているのです。進軍する限り攻撃を続けますよ」
「姿を現わせ、卑怯者め!」
一瞬だけアリシアの残念そうな顔がホログラムに映った。
そして、ホログラムが消えると同時に、再び超音波の攻撃が始まった。
強力な音の振動が、兵士の内臓を揺さぶり始める。
地面に倒れる者、立ち尽くして動けなくなる者、仲間に助けを求める者など、戦意を喪失した者たちがあらわれる。
兵士が苦悶の声をあげるが、増大する音でかき消される。
音響による攻撃は、兵士の心体を徹底的に苦しめ、戦意を完全に削ぎ落とした。
メドリカ軍の兵士は、誰一人として起き上がることができなくなっていたのだ。
「……わ、分かった。退却するからもう止めてくれ。本国に帰還する……」
指揮官が悲鳴をあげて退却を宣言すると、音の大きさも小さくなっていった。
これ以上進めなくなったメドリカ軍は、すごすごと自国へと引き返していった。
その様子を見ていたバルザードが、威力の大きさに嘆息する。
「恐ろしい攻撃だな……。ステ坊にもらった高級耳栓を付けていても、身体全体で音の攻撃を喰らってしまいそうだぜ」
「ステラは”おんきょうへいき”という名前だと言っていたわね。こんな攻撃方法なんて、今まで考えたことも無かったわ」
「でも、この攻撃は敵味方が入り混じった戦場では無理ですぜ。自分たちまでやられちまう」
「そうね、先に住民を避難できて良かったわ。でも今回は、おかげでメドリカ軍を退けることができた。あとはゴンドアナ軍とタシュバーンね」
大きな役割を果たしたアリシアの顔に、いつもの笑顔が戻っていた。
*
セドナの東側では、タシュバーン軍が国境に近づき、いよいよ攻撃が迫ってきていた。
エルトベルクには、タシュバーン軍にさける戦力は持っていない。
セドナの新市街に立て籠もっていたカズヤは、タシュバーン軍をどうやって防いだらいいのか悩み続けていた。
「我が軍の進撃に困っているようだな」
「……シデンか」
カズヤの後ろにシデンとゼーベマンが立っていた。他の黒耀の翼のメンバーの姿は見えない。
「お前が望むなら、俺がタシュバーンの進撃を抑えてやってもいい」
「わ、若、何を仰るのです!? めったなことを言うものではありませんぞ!」
シデンの提案を、ゼーベマンが必死に止めようとする。
「シデン、どういうつもりだ? お前はアビスネビュラの一員じゃないのか」
「確かにそうだ。だが、自国に利益がない戦いをするつもりはない。はっきり言うが、裕福でもない小国エルトベルクを攻めたところで、我らタシュバーンが得るものはほとんど無い。どうせ奴らの命令で、無理やり兵士を出さざるを得ないだけだ」
シデンの言葉に嘘はない。その証拠に、ゼーベマンが慌てふためいている。
「そんな無益な戦いで自国の兵士を犠牲にしたくはない。出撃しろという命令なら、戦っている振りをしてにらみ合っていればいい。それ以上は爺がうまい理由を考えてくれるさ」
「若~、無茶をさせんでくださいよぉ……」
ゼーベマンが泣きそうな顔になる。
「借りを作るのは癪だが、その話が本当なら助かる。タシュバーンの進軍を止めてくれるか」
「お前たちにはエイプ戦での借りがあるからな。なに、国境付近でウロウロしていればいいだけだ」
シデンはにやりと笑うと、踵を返して離れていった。その後をゼーベマンが慌てて追い掛けていく。
カズヤには、今までの言動からシデンへの信頼が少なからず生まれていた。
奴が言うことは信用できる。
これでタシュバーン軍を心配する必要は無くなった。
カズヤたちに残されたのは、ゴンドアナ軍との戦いだ。
衛星の攻撃をうけて指揮官を失っても、やはりゴンドアナ軍が退却する様子はない。指揮官を変えて再び進軍を始めている。
カズヤはステラに、以前の作戦を再度提案してみる。
「まだ敵との距離があるうちに、催眠ガスを試してみないか。また効果があるかもしれない」
「すでに対策されている気はしますが、試しますか?」
カズヤの提案を受けて、ゴンドアナ軍にF.A.《フライトアングラー》を使って催眠ガスを散布する。
だが、前回と同じ攻撃なので、すぐに対策されてしまう。
上空からまいた催眠ガスは、魔法使い部隊による風魔法で散らされてしまう。ほとんどの兵士に効果が無かった。
そのうえ、催眠ガスをこちらの方へ飛ばされて影響が出てきたため、これ以上使うことができなくなった。
「前回は相手の睡眠不足を誘ってからの初めての攻撃でした。やはり対策されてしまうと効果ありません」
催眠ガスは前回の戦闘の決定打になった攻撃だが、さすがに敵も対策をしている。
同じ手は2度も通じなかった。
乱戦になると自国の兵士にも影響がでるので、今回は使えないことが確定した。
「それとマスター、残念な報告があります。以前解放した捕虜のうち、1000人ほどが敵国の兵士として戦場に戻ってきています」
「……そうか、仕方がない。あれだけ警告したんだ。今度は容赦はできないな」
やはりステラが言っていたことが正しかったのだろうか。
温情をかけて助けてあげても、相手がその恩義に応えてくれるとは限らない。カズヤにとっては、ある程度覚悟していたことだ。この結果を受け入れるしかない。
だがこうしている間にも、ゴンドアナ軍対策の城壁が次々と完成していく。
何もなかった街道上に、高く長い幅1kmにも渡る城壁ができあがっていた。
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