070話 経済封鎖
「カズヤ、悪い知らせが2つあるわ」
アリシアが深刻な表情でカズヤを呼び止める。
つい先日にも捕虜の交換が断られた件があったはずだ。さらに何があるというのか。
「メドリカ王国と取引ができなくなったの。昨日、突然エルトベルクとは商品の売買はできないと言って断ってきたわ。魔石だけでなく全ての物資よ」
メドリカ王国はエルトベルクの西側で国境を接している国だ。カズヤのアイディアで生成した魔石を主に売買しているところだった。
「こんなに突然、取引が中止になるなんて……。こんなことは今までにもあったのかい?」
「いいえ、初めてよ。アビスネビュラが後ろから指示を出しているのかもしれないわ」
この世界を支配しているアビスネビュラからしてみると、メドリカ王国に取引停止を命令するなど簡単なことだ。
ゴンドアナ王国による侵略が失敗したことで、いよいよ本腰を入れてきたのかもしれない。
「これだと、外貨や貴重な物資を得る手段が無くなってしまうな」
「タシュバーン皇国との取り引きを、拡大しなければいけないかもね」
タシュバーンとはそれほど友好的ではないが、せっかく作った魔石の売り先がないと困る。
当然のことながら、先日の戦闘以来、ゴンドアナ王国とは取引が停止している。
もとを辿れば、ゴンドアナ王国の紛争に加担するための出兵をしないと決断したことが、アビスネビュラへの反抗のはじまりだった。
「そうなると、黒耀の翼にお願いすることになるのか。それだけは避けたいなあ」
タシュバーン皇国の皇太子であるシデンにお願いするのは気が引けた。ましてやステラが加入している今ならなおさらだ。
「しばらくは、自国内で物資を回すしかないか……」
近隣からの輸入がストップすると、遷都に伴う全ての物資を自国で間に合わせなければならなくなる。
「足りるかしら? 例年でも豊かな生活ができている訳では無いから……」
アリシアの不安は無くならない。
「それで、もう一つの知らせって?」
「エルトベルクが発行する通貨が、国外で使えなくなったという報告が商業ギルドからきたの。Eでの支払いを断られるから、取引ができないと苦情がきているわ」
「そうか、そんなことが……」
この世界では国ごとに通貨を発行している。
周辺国で交換レートこそ変わるが、今まではエルトベルクが発行するE通貨は問題なく使えていたはずだ。
自国通貨が使えなくなるのは、商売上はあり得ない程の大問題だ。国家の信用にも関わってくる。
こんな大問題が起こってしまうと、これを機にエルトベルクから離れる商人が出てくるかもしれない。
大きな混乱は避けられなかった。
「どうやら国境の貿易だけでなくて、エルトベルクの存在自体を認めたくないようだな」
これもアビスネビュラの仕業であることは間違いない。
「いよいよ、本気を出してきたわね」
周辺国との商売上の取引は、事実上不可能になったということだ。
「ただ、これくらいのことで降参する訳にはいかない。他国には頼らずに自国だけで賄えるようにしないと……」
カズヤは、エルトベルクが周辺国から孤立していることを実感した。
そして、その日の夕方、さらなる最悪の知らせがカズヤに届いた。
新市街で作業を続けるカズヤの元に、アリシアが血相を変えて走ってきた。
その瞬間に、カズヤは嫌な予感で表情が凍り付いた。
「エストラの街がまた崩落したわ!! ゴンドアナ王国の空襲よ!」
カズヤは時が止まったように固まった。
*
エルトベルクの旧首都エストラへの、ゴンドアナ王国の空襲は突然だった。
前の崩落から、市民が少しずつ普段の生活を取り戻している最中のことだ。
エストラの城壁で警備をする兵士が、北方の空に魔物の姿を発見した。
「……あれは魔物か!? いや、人が乗っているぞ!」
近付いてきたのはグリフォンと呼ばれる魔物だった。しかも、その上には操縦士のような人影も見える。
「……あれは、ゴンドアナ王国のグリフォン部隊じゃないか!? 急いで陛下に報告しろ!」
報告が国王に届いた時には、グリフォン部隊による空からの攻撃が始まっていた。
一気に急降下をして民衆を襲う兵士。魔法を使って建物を破壊する兵士。爆発する魔石を使って街を破壊する兵士。
さまざまな攻撃でエストラの街を襲撃してきた。
その数はおよそ100騎ほど。
地上にいる兵士に、対抗する手段はほとんどなかった。
地上から魔法や弓で攻撃するが、グリフォンは魔法に対する抵抗力が大きい魔物だ。生半可な攻撃では傷一つ付けられない。
そもそも、エルトベルクは空中戦を戦える戦力を全く持っていない。
それを知ったうえで、100騎という少数での襲撃を仕掛けてきたのだ。
ステラがいればボットたちの情報網により、事前に気付くことができたはずだ。
しかし、肝心のステラは黒耀の翼と行動を共にしており、その情報がカズヤに届くことは無かった。
カズヤは、ボットたちと内部通信で連絡を取り合うことはできるが、常に一対一でしか情報を得ることができない。
さらに情報過多を避けるために、カズヤの方からアクセスをしない限り情報が入ってこない形にしている。
今回の襲撃を、カズヤが事前に察知することは不可能に近かった。
ゴンドアナ王国のグリフォン部隊が、エストラの街を蹂躙した。
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