068話 ステラとの衝突
セドナに黒耀の翼が現れて数日したころ、アリシアが暗い表情でカズヤの方に歩いてきた。
「カズヤ、少し時間をもらえるかしら? 相談したいことがあるの……」
表情を見る限り、かなり深刻な相談だろう。アリシアに従って、カズヤとステラはセドナ旧市街の領主館へと歩いていく。
「ゴンドアナ王国が、捕虜と食料の交換を断ってきたの」
「え、何だって!?」
「それどころか、今後は捕虜に関する全ての取引を停止すると言ってきたの。捕虜の扱いはこちらに任せるそうよ」
「捕虜がどうなっても構わないというのか!?」
要するに、ゴンドアナ軍の捕虜たちは本国から見捨てられたのだ。
今までの取引にはなかった急な変更なので、裏からアビスネビュラの指示があった可能性もある。
「あと、どれだけの捕虜が残っているんだ?」
「何回かの取引は終わっているけど、まだ3000人近く残っているわ。彼らの今後の処遇をどうするかで悩んでいるの」
捕虜としての価値が無いのなら、3000人もの兵士を養っていくのは大変だ。次の手を考えなければならない。
「セドナの建設を手伝ってもらうのはどうかな?」
「それも考えたんだけど、敵だった彼らが素直に手伝ってくれるとは思えないわ。管理する方が大変よ」
たしかに、敵国の兵士が素直に作業してくれるとは思えない。
「仕方がない、彼らを第三国のメドリカ王国の国境近くで解放しよう。養っていく余裕はないんだから」
「マスター、それは甘過ぎます。彼らを解放すれば、また兵士となって攻めてきますよ」
カズヤの話を聞くやいなや、ステラが反論した。
もちろん、その可能性も考えたが、養っていく方が被害が大きいと考えたのだ。
無言で応じるカズヤに、ステラが言葉を続ける。
「いたしかたありませんが、全員殺しましょう。後顧の憂いを無くすためです」
冷静な面持ちで話すステラの恐ろしい発言に、カズヤの顔色が変わった。
「何てことを言うんだ! 彼らは生きるために嫌々従ってきた可能性もある。誰もが国の命令に逆らえるほど強くは無いんだよ」
思いがけず声が大きくなる。
今でこそ人外の能力を持ったカズヤだったが、つい最近までは一介の会社員に過ぎなかった。
国や権力を相手に反抗できる人間が多くないのは、痛いほど分かっていた。
「彼らはこちらを殺す為に攻めてきたのです。戦場に出てきたのだから自己責任ですよ。捕まって殺されても文句は言えないはずです」
「彼らはすでに武器を無くして囚われている。無抵抗な彼らを一方的に殺害するなんて、アビスネビュラの奴らと同じじゃないか!」
「彼らは自ら投降してきた訳ではありません。戦場でこちらが武力を使って捕らえただけです。彼らにはまだ反抗する意思がありますよ」
珍しくカズヤとステラの意見が平行線になる。
大局的に見ればステラが言っていることが正しい気がする。
しかし、それを実践するということは、捕らえた人たちを一方的に殺害することになる。
それではアビスネビュラと同じではないか。
カズヤたちがアビスネビュラに反抗しようとしている、大義すら揺らぐような気がしたのだ。
「ステラ、申し訳ないが命令だ。彼らが再び攻めてきても仕方がない。彼らをメドリカ王国の国境で解放しよう」
「……分かりました。マスターの命令に従います」
その瞬間、ステラの顔がスッと一変した。
人間的な感情が失われ、機械的で冷めた表情に変わる。命令に従うのは、ステラの本意ではないのだろう。
カズヤとのいつもの関係では無く、マスターと従者という主従関係が明確に現れてしまった。
二人の間に気まずい空気が流れる。今までに、ここまで意見がわかれたことは無かった。
気まずい空気に耐えきれなくなったカズヤは、ステラの目を見ずにその場を離れた。
最終的な決定は国王の判断待ちにはなるが、捕虜の扱いは戦闘を任されているアリシアが決定することになる。
話を聞いたアリシアも、最終的にカズヤの意見に同意した。
カズヤは施設まで出向くと、捕虜たちに今回の経緯を話した。
ゴンドアナ王国の本国に見捨てられたことと、メドリカ王国の国境で解放することを伝える。
そして、再び兵士となってエルトベルクを攻めてきたときには、容赦しないことも伝えておく。
「くそっ、命をかけて戦った俺たちを見捨てるというのか」
捕虜たちから自国への恨み節も聞こえてきた。
カズヤは厳しい表情で伝え終えると、残りの事務的な処理はアリシアに任せた。エルトベルクの兵士たちが国境付近まで輸送し、そこで解放する流れになった。
捕虜の扱いは決まったが、カズヤとステラの間には大きなしこりが残った。
カズヤはステラとの意見の違いを受け入れることが出来なかった。
このことが悲劇を生む原因となってしまったことに、カズヤは後々気付くのだった。
読んで頂いてありがとうございます! 「面白かった」「続きが気になる」と少しでも思ってくださった方は、このページの下の『星評価☆☆☆☆☆→★★★★★』と、『ブックマークに追加』をして頂けると、執筆の励みになります。あなたの応援が更新の原動力になります。よろしくお願いします!




