049話 責任者
演奏するアリシアとステラの周りには、円形の人だかりができて多くの市民が集まってきた。
「……どうしたんだ!? この素晴らしい曲は誰が演奏しているんだ」
「アリシア様が演奏しているのよ。隣の女性もとても上手だわ」
二人が息のあった演奏を続けると、周りの市民たちからも手拍子が始まった。
それはとても軽快なリズムで、見ている人を笑顔にするような曲だった。曲の終盤に差し掛かって旋律が高まりあう。
二人は目で合図を送りあい、見事なタイミングで同時に演奏を終える。
市民から大きな拍手が送られた。
にこやかな笑顔を振りまいて、優雅に周囲の拍手に答えるアリシアと対照的に、歓声を受けたステラはどうしたらいいか分からず、ぶっきらぼうにその場に突っ立っている。
「ステラ、驚くほど上手だったわ! 本当に初めて弾いたの!?」
「アリシアが上手ですからね。真似をしただけです」
ステラが少しだけ照れくさそうにしているのを、カズヤだけが気付いていた。
二人が楽器を男性に返して礼を言い終える頃には、人波は少しずつ無くなっていった。
「ああ楽しかったわ。ステラ、これからも時々一緒に弾いてみない?」
「まあ、暇で暇で仕方がない時なら。マスターのせいで、私はとても忙しいですから」
アリシアと目を合わせないように、ステラは居心地悪そうに答えるのだった。
※
「街の見回りはこのくらいでいいかしら。それじゃあ、カズヤたちは遷都事業の準備をお願いね」
街の十字路で立ち止まると、アリシアがカズヤの方を振り返った。
実は遷都が決まってしばらくしてから、カズヤはアリシアから王城に呼び出されて、ある相談を受けていた。背後には当然のようにバルザードが控えている。
「あの、今さらといった質問かもしれないけど……」
執務室で待っていたアリシアの顔は、いたって真面目だ。
しばらく押し黙っていたが、覚悟を決めると思い切って尋ねてきた。
「カズヤはこのままエルトベルクにいて大丈夫なの? すぐに逃げることも出来るのよ。このままだと、アビスネビュラに命を狙われる危険性もある。なんだかカズヤたちを巻き込んでしまった気がして……」
確かにその質問は、カズヤにとっては今さらな質問だった。
なぜ、カズヤがエルトベルクに協力するのか。それは、考えるまでも無いくらい当たり前の結論だった。
まず、エルトベルクにはアリシアやバルザードといった仲間がいる。大切な人たちを放り出して、自分だけが逃げ出すことをカズヤは想像できなかった。
そして、アビスネビュラの仕打ちが許せないというのもある。罪のない住人の命をもてあそぶアビスネビュラは、カズヤの信条と比べても許せる存在ではない。
それに、ザイノイドとなった今の自分なら、少なからずエルトベルクの役に立てるという自負心もあった。
「もちろん大丈夫だよ。アリシアやバルたちがいるし、アビスネビュラのやり方も許せない。お願いされて巻き込まれている訳ではないよ。自分の意志で、もっとエルトベルクの役に立ちたいんだ」
「ありがとう、協力してくれるなら嬉しいわ。カズヤもステラも、とっても頼りにしているの」
すっきりとした顔で返答したカズヤを見て、アリシアはほっと安堵した。
「その話を聞いたうえで、さらに頼みづらいことなんだけど……」
安心したかと思ったら、再びアリシアの顔が少し曇る。まだ難しい相談が、あるようだ。
「……あの、カズヤに遷都事業の責任者になってもらえないかしら? もちろん、私やお父様も最大限協力するわ」
「遷都事業の責任者って……ひょっとして、街の建設や住民の移動を指揮するってことか!?」
「そうなの。貴族や役人に仕事を割り振ったんだけど、誰も責任者になりたがらないのよ」
事情を聞いてカズヤは納得した。
遷都なんて、誰も経験したことがない大事業だ。何から手をつけていいのか分からない。
自信も無いだろうし、責任だって被りたくない。責任者なんて、誰も引き受けたがらないのだろう。
「カズヤは私たちが知らないような知識や技術を持っているし、ステラも付いてる。今回の活躍を街のみんなも知っているし、カズヤなら適任だと思うの」
たしかに、ただの社会人だったカズヤだけなら務まる大役ではない。
だが、ステラが手伝ってくれるなら話は別だ。カズヤも知らない未知の知識や技術を駆使して、手伝ってくれるに違いない。
「分かった、他に引き受ける人がいないなら俺がやるよ」
「本当!? 良かった、すぐにお父様に伝えておくわ」
ほっと安堵したように、アリシアは晴れ晴れとした表情に変わる。
「カズヤは誠実で責任感もあるから、ひと安心だわ。とても頼りにしているの」
予想外に褒められて、カズヤは息をのんだ。日本にいた時には、上司はもとより異性からも言われたことがないような言葉だった。
「そんなことないと思うけど……たぶん、俺もアリシアに頼ることも多いと思う。アリシアの人望と行動力があれば、きっとうまくいくよ」
見つめ合った二人は、思わずお互いを称賛する。自然と笑顔があふれてきた。
「……マスター、ずいぶん仲がいいんですね。私にもそれくらいの言葉をかけてくれてもいいんですが」
不意にカズヤの後ろから、冷気のこもった声が飛んできた。さらに何か言い足しそうな顔でステラがジトっと見つめている。
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