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048話 競演


「あれ、ステラ。いつものメイド服と違うのか?」


「いつ気付いてくれるのかと期待してたんですが、今さらですよ。昨日から変えています」


「そ、そうだったのか……。いつの間に服を買いに行ってたんだ?」


 カズヤは慌ててつくろった。



「あの店には常にバグボットを置いているので、新作が入荷されたらすぐに分かるようになっています」


「そ、そうか。それは便利だな……」


 どうやらステラは、お気に入りの服屋にバグボットを常駐させているらしい。バグボットのもったいない使い方とは、カズヤには口が裂けても言えなかった。



「それにしても、街の様子はいつもと変わらない気がするけどな」


 エストラの街を歩きながらカズヤはつぶやいた。表面的な街の賑わいや人々の表情を見る限り、今までの様子と違いを感じない。


「そうね、たしかに表面的にはいつもと変わらないように見えるわ。でも、先日の惨事から目を背けて、現実を直視したくないだけかもしれない。これから街ごと引越しするなんて、普通なら想像もできないことよ」


 アリシアが市民の気持ちを想像しながら代弁する。



「バルの目にはどう映るんだ?」


 カズヤは、アリシアの後ろにいるバルザードに尋ねた。


 カズヤからバルザードへの呼び方も、多くの試練を共に乗り越えたことで、より親し気な”バル”に変わっていた。



「俺様には、いつもとは違って見えるぜ。俺たちの様子をうかがいながら、心配そうな顔でコソコソこちらを見ている。また何が起こるんだろうと、不安や怯えを隠しているように見えるぜ」


 バルザードは、街ゆく人の顔を眺めながらつぶやいた。



「皆には移住という辛い決断をお願いすることになるわ。こんな時ほど意識して明るく振舞わないとね。遷都をお願いしている私たちが、暗い顔をしていては駄目だわ」


 アリシアが自らを鼓舞するように笑顔を作った。


 そして、いつものような快活さと気さくさを持って、街なかを歩いて行く。


 崩落という大きな災厄が降りかかった時から、アリシアはエストラの住人を励ますことを続けていたのだ。



 しばらく街を歩いていると、カズヤの目の前に大きくて立派な建物が現れた。


「……これは何だろう?」


 この街では珍しく背が高くて、5階建てくらいはありそうだ。



「サルヴィア教の教会よ。この国では多くの人が信者になっているの」


 独り言を耳にしたアリシアが、親切に教えてくれる。


 なるほど、確かに元の世界の教会のようにも見える。多くの人が出入りしているので信者もたくさんいそうだ。



「数百年前に、この世界が大災害に襲われた時。サルヴィア様が4人の天使と共に空からやってきて、みんなを助けてくれたと伝えられているわ」


「……ん、ひょっとして、この世界には神様が存在しているのか!?」


 神様や魔王はファンタジーものの定番ではないか。この世界に実在しているのか、確認するのを忘れていた。



「まさか、そんな訳ないじゃない。サルヴィア様の逸話は神話のなかの物語よ。大災害の後に少しだけ地上にいらっしゃったけど、やがて空の上に帰って行ったと言われているわ」


 なるほど。魔法があるとはいえ、神様や魔王が存在する世界ではないのか。そうであれば特に気にする必要はなさそうだった。




 四人が街の広場を通りかかったとき、広場の隅でバイオリンのような弦楽器を演奏している男性が目に入った。


 数人の市民が男性を取り囲んで演奏を楽しんでいる。


 こんな時でも音楽を聞くと心が癒されるのは、誰でも同じだった。



 すると同じように演奏を眺めていたアリシアが、ふと何かを思いついたように演奏している男性に近付いていった。


「ねえ、そっちの楽器を貸してもらえる?」


 王女であるアリシアに気付いた男性は、驚きながらも快く貸してくれる。アリシアは男性の横に置かれていた楽器を手にした。



 するとアリシアは、まるで使い慣れた楽器のように軽々と持ち上げて、すぐさま男性顔負けの演奏を披露しはじめた。


 あまりに見事な腕前に、一緒に演奏している男性も驚いている。広場に響く美しい音色に、街を歩く市民も足を止めた。


 さすがはお姫様だけのことはある。幼少期からの教育の成果だろうか。


 演奏しているのが王女様だと気付くと、アリシアを見ようと先ほどよりも人の輪が大きくなっていく。



「……楽器が演奏できるっていいよな」


 思わずカズヤは憧れの気持ちがこぼれてしまう。


 子どもの頃から楽器の習い事をしたことがないカズヤは、演奏することに少なからず憧れを持っていたのだ。



「楽器の何がいいんですか?」


「音楽で心が癒されるじゃないか。それに聞いている皆も楽しそうだ」


 ステラの問いに、カズヤは素直な気持ちを口にした。自分も何か楽器が弾けたら良いのにと、今まで何度思ったことだろうか。



 ステラは、そんなカズヤの横顔をしばらく見つめた後、おもむろに男性に向かって歩き出した。


 そして無言で、男性の隣においてあるもう一つの楽器を手にした。


「えっ、ステラ。その楽器を知っているのか!?」


「知りません。でも、見ていれば弾き方くらい分かります」

 


 ステラは初めて弾くであろう楽器を、見よう見まねで構えだした。初めは様子を見るように小さな音でリズムを取る。


 そして慣れてくると、すぐにプロ並みの演奏を見せ始めた。目にも留まらない速さで弦を押さえ、反対の指で弦を素早く弾いている。


 演奏していた男性は驚いて手を止めると、楽器を置いて手拍子を始めた。



「すごいなあ……」


 思わずカズヤの心の声が漏れてしまった。


 ステラの身体は全てが機械でできているが、カズヤは人間のときのままの脳や中枢神経を使っている。ザイノイドではあるものの、根本的な思考や判断は人間の時と変わらない。



 腕力や脚力といった身体能力はステラと遜色ないのだが、情報処理や記憶力といった点では遥かに劣ってしまう。


 ステラが行なっている、視覚センサーで取り入れた情報を解析して、その動きを身体の各部に伝えて楽器を演奏するような能力は、カズヤにはなかったのだ。



 ステラの演奏を聞いて、アリシアも興が乗ってきたのだろうか。負けじとニコニコ楽しそうに弾き続ける。


 最初はステラのアリシアへの対抗心から始まったが、演奏を続けているうちに二人は美しいハーモニーを奏で始めた。


 お互いの音を感じながら、二人は素晴らしい即興の曲を演奏する。



 周りには円形の人だかりができて、多くの市民が集まってきた。


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