043話 雪辱
啖呵を切って現れたのはバルザードだ。
「貴様、姿を見せないと思っていたら、こんな所にいたのか。ええい、兵士たちは何をしている!」
テセウスは苛立たしそうに、周囲の兵士に怒声をあげる。
「おい、みんな! こいつの正体は極悪非道な元Aランク冒険者のヴァルテゼウスだ。冒険者ギルドに行けば、村人を皆殺しにした残虐な行為が全て記録されている。こんな犯罪者に従う必要なんか無いんだぜ!」
カズヤと違い、バルザードの顔も名前も市民には広く知れ渡っている。
そのバルザードの言葉を聞いて、テセウスを糾弾する観衆の声がより一層大きくなる。
「くそ、身の程知らずの愚民どもが! 貴様らゴミの代わりなど幾らでもいる。こんな小さな国など捨ててやるぞ。残りのエリアも全て崩落させてしまえ!」
追いつめられたテセウスが、周囲にいる兵士に指示を出す。怒りにまかせて全てを破壊するつもりだ。
昨日は、この命令の直後に爆発が起きて崩落が始まった。
観衆は爆発と崩落を思い出して、あわてて広場から逃げ出そうとする。
――しかし、何も起きない。
「何をやっている、すぐに爆発させろと言っているのだ!」
荒れたテセウスが何度も指示を出すが、爆発が起きる気配は一切ない。
これを防ぐために、カズヤたちは先に地下に潜ったのだ。
「……爆発は起きないし崩落もしないさ。命を人質にとる卑怯な手は、もうつかえないぞ」
カズヤがテセウスの前に立ちふさがった。
「貴様はどこまで邪魔をするつもりだ。私たちに逆らうとどうなるかわかっているのか!?」
怒りに満ちたテセウスは、もはやわずかな余裕すら無くなっていた。
「平気で街を崩落させて、民を殺すようなお前がトップになれるわけがないだろう。結局、お前らがやりたいのは殺すか搾取することだけだ。これ以上この国に手を出すなら、俺が全力で排除してやる!!」
カズヤはアビスネビュラに真っ向から敵対することを宣言した。
口上を聞いて、テセウスは地団駄を踏む。
「くそ、貴様だけは絶対に許さんぞ。以前のように無様に切り裂いてくれる!」
テセウスは素早く剣を抜くと、カズヤに一撃を繰り出した。ブランクはあるにせよ、元Aランクの名に恥じない強力な一撃だ。
しかし、カズヤは動じない。
テセウスの剣の刃とカズヤの鋼鉄のように頑強な腕がぶつかり、辺りに金属音が鳴り響いた。
「な、なぜ斬れない……死ねぇっ!」
テセウスの横殴りの連続攻撃を、カズヤは受け止めもかわすこともしない。自動防御を発動させるまでもなかった。
直接、攻撃を全身に受けても何事もなかったかのように立っている。
「いったい何を着込んでいるのだ!」
「以前の俺だったら、この攻撃でやられていただろうな。……ただ、今の俺は違うんだよ」
「せめて貴様だけでも殺してやる!」
テセウスの怒りが頂点に達し、剣を振り回す。
カズヤの頭や肩、胸や脚などあらゆるところを斬りつけた。激しい斬撃音と、衝突による火花が辺りに飛び散る。
しかし、カズヤは相変わらず微動だにしない。どこを何度斬られようと、カズヤには傷一つついていなかった。
何度目かの攻撃の時、ついにカズヤの手がテセウスの剣の刃を掴む。
テセウスは剣を放すまいと必死でつかんだ。
カズヤはその剣を強靭な握力でねじ曲げる。
そのまま剣ごとテセウスの身体を持ち上げると、乾いた音を響かせて剣は折れてしまった。
「これで終わりか。力が無い者の気持ちがわかったか!?」
今までのテセウスの権力と暴力の報いだった。
そして、奴には裏づけとなる大義すら無いのだ。
折れたままの剣を手にして、テセウスは呆然と立ち尽くした。
「……何なんだ、貴様は? いったい何者なんだ!?」
テセウスには目の前の状況が理解できなかった。
少し前までのカズヤは、ひ弱で脆弱な男だった。
森の崖の下で襲った時は、テセウスの攻撃におびえて逃げ出した。王宮の戦闘でも、テセウスの攻撃を防ぐことはできなかった。
そのカズヤに対して、今では傷一つつけることができない。
「近衛兵ども、こいつを一斉に攻撃するのだ!」
自分ひとりではかなわないと判断すると、テセウスはその場に残っていた近衛兵たちに指示を出す。
だが近衛兵たちが迷いながらも剣を握り直した瞬間、辺りに突風が巻き起こった。
近衛兵が持っていた武器が全て吹き飛ばされる。
「テセウスの命令に従うなんて、一体あなたたちはどうしてしまったの? こんな命令より、みんなの命の方が大切だって、なぜ気がつかないの!?」
バルザードから杖を渡されたアリシアが、魔法の詠唱を終えて立っていた。
「テセウス、あなたの表の顔に騙され続けてしまったわ。あなた自身には何の力も権威もない。巨大な後ろ盾があるだけの、ただの臆病者よ」
「貴様ら、我らアビスネビュラに逆らってただで済むと思うなよ……! 今後あらゆる報復が、この国を襲うのだぞ」
「アビスネビュラなんかには決して屈しない。国も民も、私は護り続けてみせるわ!」
アリシアははっきりと言い切った。
もはや、テセウスに言葉はない。憤怒の表情でカズヤとアリシアをにらみつけていた。
すると、突然テセウスは服の中に手を入れると、妖しく輝く魔石を取り出した。
「貴様らの顔は二度と忘れんぞ、覚えていろ!」
テセウスの手にある魔石から、いくつもの魔法陣が宙に浮かび上がる。
「転移石だ! そんな希少な魔導具まで持っているのか!?」
「転移!? 生身の身体でそんなことができるんですか!?」
バルザードとステラが驚愕する声が響いた。
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