036話 アリシアの結婚
「……大丈夫ですか、マスター?」
しばらくのあいだ呆然と一点を見つめていたカズヤは、ふと不安そうにこちらを見ているステラと目があった。
カズヤは弱々しくつぶやいた。
「自分がロボットになってしまうなんて想像もしてなかった……。機械が暴走するかもしれないし、他人に気味悪がられるかもしれない。これから、一体どうやって生きていったらいいのか……」
「すみません。許可もとらずに勝手にザイノイド化してしまい、本当に申しわけありませんでした」
ステラはいったん俯いて下を見る……が、毅然とした表情で再び顔をあげた。
「でも、マスターにもっと生きていて欲しかったんです。マスターはもっと多くのことを成し遂げられるはずです。私の我がままかもしれませんが、共に歩める時間を……一緒にいる未来を諦めたくなかったんです!」
ステラの顔は決意に満ちていた。
ステラの真っ直ぐな想いが心に突き刺さってくる。
(未来を……諦めたくない……)
ぶつけるような激しい言葉に、カズヤは我にかえった。
自分が己の心配だけをしていることに気がついたのだ。
そうだ、ステラは全力で自分のことを助けてくれた。
体中を損傷しながらも、必死で自分を助けてくれた。結局は、自分勝手な判断で無茶な行動をして、命を粗末にした自分が悪いのだ。
あの時、自分は死んでいれば良かったのか。
いや、そんなことはない。どんな形であれ命があることは有難いし、助けてくれたステラにも感謝しなければいけない。
自分がミスをしたとしても、生きているなら取り返すことができる。
ステラはそのチャンスをくれたのだ。
「……そうだな。わかったよ、ありがとう。そんな風になってまで俺を助けてくれたことに、心から感謝するよ」
カズヤの笑顔を見て、ステラもつられて少し晴れやかな顔になる。
カズヤは少しずつ気持ちを切り替えはじめた。
自分勝手な自己憐憫はひとまず脇へおいて、命が助かったことに感謝しよう。ザイノイドになったからこそ、できることもあるはずなのだ。
「ついに俺はロボットになってしまったんだな……」
「ザイノイドも悪くはないですよ。好きな歌だって歌えますし、ダンスだって踊れます」
カズヤを安心させようと、ステラが冗談めかしていう。
「私の大好きな服も汚れてしまったんですよ。また買ってくれますよね?」
「ああ、もちろんだ。……俺の外観を見せてくれるか?」
前面にカズヤ自身が投影された身長大のホログラムが現れる。
一見すると顔や身長は元の身体と大きな変化はなかった。だが、肘や膝、足首などの関節部分に機械が露出している。
「関節部分の機械を、人間のように隠すこともできますけど」
「いいや、このままでいいよ。自分がザイノイドになった事実を受け入れないとな」
機械の身体になった違和感にも、慣れていかなければいけない。
「個人的に顔を変えたくなかったので、元の顔を忠実に再現しています。希望があれば変更できますが、今のままの方がいいと思いますよ?」
「以前はイマイチな顔だと言ってなかったか?」
初めて出会った時のステラの台詞を思い出す。
「愛着がわきましたから」
ステラが頬をゆるめて笑った。
「念のため、元の身体は固形化して保存しています。ご希望があればお見せできますが」
「……いや、やめとくよ」
傷だらけの身体を見る気持ちにはなれなかった。今までお世話になった感謝はあったが、自分の亡骸をすすんで見たい気持ちにはなれない。
カズヤはゆっくり立ち上がろとするが、バランスを崩して倒れてしまう。
しかし、痛みは感じない。
肩を床に激しくぶつけたが、衝撃を受けただけだった。
「基本的な動きは意識せずに、身体の反応に任せてしまってください」
カズヤは言われた通り、手や足を動かしてみる。
今度は問題なくスムーズに動くことができた。
背伸びや屈伸などの運動を繰り返す。
頭で指示したとおりに身体は動いてくれる。反応速度は以前よりも速く、何回動かしても疲労を感じなかった。
遠くの物に集中すると、しだいにズームアップして拡大されて見えてくる。そして、物音に集中すると、わずかな音も拾って聞こえてくる。
「これがザイノイドか……。少しずつ慣れていくしかないかな」
もっと前向きに考えよう。
このザイノイドの身体を利用してやればいい。人間の時にはできなかったことが出来るようになったのだ。
「ちなみに、ステラ。俺のことをマスターと呼んでくれているけど、ザイノイドになっても仮のマスターの資格はまだあるのか?」
「マスターは元々人間ですから問題ありません。それに……」
ステラの顔が急に引き締まる。
「仮のマスターではありません。カズヤさん、私をあなたの専属のザイノイドにしてください。きっとお役に立ちます」
ステラはカズヤをまっすぐに見つめる。
その瞳には迷いの欠片もなかった。
「お役にって……、もう何度も助けられているよ。本当に俺でいいのか?」
「もちろんです。カズヤさんでなくては駄目なんです」
少し頬を赤らめながら、ステラがきっぱりと宣言する。
何が理由となったのか、カズヤにはわからなかった。
しかしザイノイドの身体になってしまったとはいえ、ステラはまだ自分のことを人間だと認めてくれている。
姿形は変われども、人間としての性質が残っているという意味でもある。
「そうか……わかったよ。こちらこそよろしく。迷惑をかけることが多くなってしまうと思うけど」
「今までと変わりないですよね。望むところです」
ステラに花のような笑顔が広がった。
ステラのおかげで、カズヤは少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
冷静さを回復すると、それにつれて記憶も戻ってくる。
いま自分にできることは何なのか。
街が崩落したのはテセウスのせいだ。奴は国王を辞めさせてアリシアを手に入れると宣言していた。
「……ステラ、あの後アリシアたちはどうなったんだ!?」
「国王とアリシアはテセウスに捕らえられました。崩落の原因は国王にあると発表され、近々広場で処刑されることになっています」
「国王が処刑だと!? アリシアは?」
「テセウスと結婚することが予定されています」
なんてことだ。
全てテセウスが宣言していた通りになっている。
これ以上、街の被害を出さないために、アリシアは無理して要求をのんだに違いない。近衛兵まで敵に回ってしまったら、国王を捕らえることは造作もなかっただろう。
「こうしてはいられない、すぐに助けに行こう!」
「申しわけありませんが、二人の居場所を特定できていません。おそらく王宮の魔法障壁がある部屋に囚われているはずですが」
王宮の中に、そのような部屋がたくさんあったことを思い出す。
「バルザードはどこにいるんだ?」
「バルちゃんは、街のなかに戻ってきていることを確認しています」
「まずはバルザードに会おう。ステラも出かける準備をしてくれ」
「わかりました、私の応急処置をするのに少し時間をください。並行しながら出発の準備も整えておきます」
二人はすぐさま準備を整えるとウィーバーに乗り、バルザードに会うためエストラの街へ戻っていった。
読んで頂いてありがとうございます! 「面白かった」「続きが気になる」と思ってくださった方は、このページの下の『星評価☆☆☆☆☆→』や『ブックマークに追加』をして頂けると、新規投稿の励みになります!




