032話 戦闘
兵士たちは国王やアリシアへ向かって武器を向けた。
「何をしている、そいつを捕まえるのだ!」
しかし、兵士たちが動くことはない。武器をこちらに向けたまま、テセウスの指示をじっと待っている。
「この国で誰が一番偉いのか、まだわかっていないようだな。お前が反旗をひるがえした以上、この国の王は俺だ。アビスネビュラの指示を受けて動いている俺が、この場では一番偉いんだよ」
馬鹿にするようにテセウスが笑う。
国王に忠誠を誓ってきた近衛兵は、テセウスによって他の街に配置されてしまった。残っている近衛兵は、すべてテセウスの息がかかってしまっている。
「国王が使い物にならないのなら、この国の支配体制を大きく変更する必要がある。俺が一時的に代役でもやるしかないか……」
テセウスは考えながら、二、三歩歩く。
そして、ふと何かを思いついたようにアリシアを見た。
「俺が国王になるなら、お前を生かしておいた方が国民の支持を得られるかもしれんな。アリシアよ、俺の后になれ。せっかく見た目がいいのだから、殺すのはもったいないと思っていたところだ」
テセウスが、アリシアを見ながら舌なめずりする。
「断ります。あなたの后になるくらいなら、死んだほうがましよ!」
「その気の強さがいつまで続くかな。あと何回崩落が起きれば、気持ちが変わるか試してやろうか?」
テセウスの顔に貼りついていた微笑が消える。
「やめろ! 今回の崩落で、何千人もの人々が犠牲になったことがわかっているのか!?」
カズヤもたまらず声をあげる。
「何人死のうと問題ではない。……さあ、アリシアよ、こっちへ来い」
「馬鹿なことを言わないで、何でも思い通りになると思ったら大間違いよ!」
アリシアの厳しい表情は変わらない。
手元から魔力で作られた炎が湧きあがる。テセウスの暴虐を、力ずくで止めようとしているのだ。
「ステラ、俺にもブラスターを貸してくれ。これ以上、奴の好き勝手にはさせない」
「ふん、たった二人で俺と戦おうというのか? 舐められたものだ」
戦う意思を見せたアリシアに、カズヤも同調する。
ステラはカズヤに、ブラスターをそっと手渡した。
テセウスが強いのはバルザードの話からわかっている。
でも、ここで立ち向かわなければ全てが奴の思惑通りになってしまう。絶対にやらせるわけにはいかない。
「……炎風爆烈旋!」
密かに囁いていた詠唱が終わると、アリシアの手から大きな炎が唸りをあげる。
腕を突き出すと同時に、閃光と炎がテセウスに襲いかかった。熱風が吹き荒れ、周囲の空気を焼き尽くす。
だが、テセウスは微動だにしない。
ニヤリと笑ったかと思うと片手を突き出す。
着弾と同時に轟音が鳴り響き、巨大な炎がテセウスを包み込んだ。
視界が真っ赤に染まる。
――炎が晴れた後に見えたのは、無傷のまま立つテセウスだった。
「なぜ、魔法が通用しないの!?」
アリシアは目を見開き、驚きを隠せない。
「まあ魔術ギルドの魔法だと、こんな威力だろうな。これでもましな方だが」
「……いったい、どういう意味? ギルドの魔法が弱いとでもいうの!?」
「さあ? ただお前の研究は、常にギルドから危険視されているのを忘れるなよ」
テセウスはあざけるような視線で、口元を歪ませる。
「喰らえッ!」
テセウスがアリシアに気を取られている隙に、今度はカズヤのブラスターが閃光を放った。
自動追尾のレーザー光線が標的をとらえる。
「オークを倒したときの武器か……」
光線に気づいたテセウスは、カズヤの眼では捉えきれない程のスピードで避けていく。
その背後を、何本もの光線が追いかける。
逃げるテセウスを追い詰めると、部屋の隅で爆音が鳴り響いた。
「どうだ、直撃したぞ!」
しかし、光線はテセウスの身体に触れると同時に、激しい音をたてて消滅した。
アリシアのときと同じだ。とっさにテセウスが展開した魔法障壁で、光線が弾かれてしまったのだ。
「なるほど……遠目ではわからなかったが、これ程の魔導具とは驚きだ」
テセウスは感心したようにブラスターを見つめる。
「くそ、まだだ……!」
カズヤはブラスターを投げ捨て、拳を握りしめる。
いつものようにアダプトスーツを着ている。ブラッドベアを圧倒した腕力なら、テセウスに通用するかもしれない。
「まだやるつもりか? 構えも知らない素人に何ができる」
カズヤの手が少し震えている。
戦闘経験の少なさを見抜いたテセウスが嘲笑する。
「お前の思い通りにはさせないぞ!」
勇気を出して突進し、思いっきり右の拳を振りかぶった。
「ほう……速いな」
テセウスの目が見開かれ、カズヤの拳が剣をかすめた。
間一髪のところでかわしたテセウスは、よろめきながら足を踏みしめる。
「以前とは別人の動きだ。貴様、この短い期間に何をした?」
背中を斬り捨てた時のカズヤとは、まったく違うことに気がついた。
鋭い眼光がカズヤを射抜く。
「まあいい、それでも俺の相手にはならん。指示に従わなかったことを後悔するがいい、……死ねえっ!!」
テセウスの剣がカズヤに襲いかかる。
「う、うわあっっっ!」
必死に身をよじるが間に合わない。
カズヤは身体ごと吹き飛ばされる。息ができないほど壁に強く叩きつけられた。
「ブ……ブラッドベアの一撃よりも重い、これが元Aランクの強さなのか……」
カズヤの視界が揺れ、声がかすれる。
ブラッドベアを楽に倒したアダプト・スーツだったが、テセウスには通用しない。
カズヤの取れる攻撃手段は、他に思い当たらなかった。
「やはりお前は、あの時確実に殺しておくべきだった。とどめをさそうとした瞬間に崖に吸い込まれて姿を見失ったのだ。まさかこんな形で再び邪魔されるとはな!」
テセウスは剣を握り直し、獲物を見定める猛獣のようにジリジリと近寄ってくる。
離れていてもテセウスの殺気が伝わってくる。
倒れ込んだカズヤに防ぐ手段はない。
「これで、終わりだ!」
テセウスが大きく剣を振りかぶった。
カズヤは思わず目をつぶる。
ガシイイイッッッッ!!
全身に受ける突風のような衝撃。
だが、聞こえたのは自らを貫く音ではない。
激しい金属音。
テセウスの攻撃はカズヤまで届いていない。
カズヤがそっと目を開けると、テセウスの剣は止まっている。
「……カズヤさんを傷つけるのは、私が許しませんよ」
攻撃を片腕で受け止めたステラが、微動だにせず立っていた。
「ブラッドベアを倒した女か!」
ステラの想像以上のスピードと腕力に、テセウスは驚愕する。
たまらず剣を振り回すが、すでにステラの姿はそこにはない。
かるくステップを踏み、軽やかに攻撃をかわす。
素早い動きでスカートがふわりと舞い上がり、テセウスの剣が空を切る音だけが虚しく響いた。
「くそっ……!」
自らの攻撃がステラに通じないことがわかると、テセウスは踵を返して逃げ出した。
王の間を駆け抜け、重厚な扉を乱暴におし開けて外へ飛び出していく。
「逃がすか、テセウス!」
すぐさまカズヤも後を追う。
「カズヤさん、待ってください!」
「俺はテセウスを追う! ステラはアリシアと国王を!」
カズヤも扉の外へと駆け出した。
「気をつけてください! 簡単に逃げ出すなんて、何かおかしいです」
しかしステラの警告は、カズヤの耳には届いていなかった。
テセウスは王宮の門を軽々と飛び越えて、街の奥へと入っていく。
カズヤもその後を全力で追いかける。
だがしばらく走ると、テセウスは街の往来の真ん中で急に足を止めた。
「ははっ、まんまとおびき寄せられやがって!」
こちらに向き直り、優越感に満ちた顔で笑う。
「街と共に沈め!」
テセウスが、勝ち誇ったように言い放った。
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!
突然、激しい振動が街を震わせる。
「な、何だ!? ひょっとして……」
カズヤの脳裏に、朝方の悪夢がよみがえった。
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