030話 策略
しばらく沈黙を保ったあと、国王は振り絞るように声を出した。
「……アビスネビュラだ」
――アビスネビュラ。
もちろんカズヤは初めて聞いた名前だった。
「”深淵の星屑”という意味でしょうか」
ステラが意味を解説してくれる。
「奴らは建国以来、政治の方向性を決めるときには必ず指示を出してきた。逆らえば様々な報復をしてくる。特にこの数年間は、要求がかなり厳しくなっていた」
国王の顔つきが険しくなり、目元の皺がより深くなった。
「5年ほど前に、領土の一部を無条件で差し出すように指示された時は断わった。しかし、その直後に隣国のゴンドアナ王国に攻められ、結局領土の一部を奪われてしまった」
国王の手は硬く握りしめられている。
ひと息つくと話を続けた。
「二年前、奴らに差し出す金と魔石を増やすために、税金を上げろという指示が出た。民を想って断わると、私の個人財産は没収され、それを防ごうとしてくれた騎士団長まで殺されてしまった。そして後継にテセウスを入れるように指示してきたのだ」
これを聞いたカズヤは、かつてアリシアが語っていた話を思い出した。
国王の私財を使って施策を練っていたが、二年前に尽きてしまったという事実とも符合している。
国王なりに、民を想って必死に抵抗していたのだ。
「さらに今年に入ってからは、ゴンドアナ王国の戦争に加担するように指示された。しかし大義なき戦いに兵士を出す気になれず断ったのだ。今のところ、明確な報復はないと思っていたが……」
それを聞いた瞬間、カズヤはぞっとして身体が震えた。
国王が言うそんな連中が、出兵を断って何もしないことがあるだろうか。
いや、ありえない。すでに報復は始まっていた。
だがそれは、カズヤが未然に防いでしまったのだ。
奴らは領土を断れば領土を奪い、税を断れば財産を奪ってきた。国王は兵士を無駄に死なせて、家族が悲しむのを避けるために出兵を断わった。
その仕返しとして、家族を亡くす悲しみを国王に味わわせようとしていたら、どうだろうか。
もし国王がアリシアを失ったら、どれほどの悲しみを味わうのか。
国王の娘であるアリシアが何度も命を狙われていたのは、やはり偶然では無かった。たまたまカズヤたちが居合わせたおかげで、回避できただけだったのだ。
おそらく国王が、今までに何度も抵抗してきたことも関係しているのだろう。
奴らは国王を翻意させる為に、いよいよアリシアにも襲いかかった。だがカズヤは三度とも、ことごとく助けている。
しかしその結果、もし殺害対象がアリシアから無作為に選ばれた市民に代わったとしたら、どうだろうか。
もちろん市民は家族を亡くした悲しみで涙を流すだろう。
ひょっとしたらカズヤがアリシアを助けたことが原因で、街の崩落が起きてしまったのかもしれないのだ。
――お前は取り返しのつかないことをした――
テセウスの不気味な台詞が、またも頭をよぎる。
「表向きには私が国王だが、政治や戦争での重要事項で私が決定できることはほとんど無い。アリシアが食糧の増産を進言してくれたが、そんなことすら一存では決められないのだ。私はこの国を治めるように見せかけている、ただの役者のひとりに過ぎん」
エルトベルクが貧しいままなのは、このアビスネビュラに原因があったのだ。
そのうえ戦争にまで駆り立てようとしている。
「国王なのに、この国で一番偉いわけでは無いんですか?」
「表から見えている人間が一番偉いとは限らない。表の人間はいつでも批判や責任の矢面に立たされる。この世界を動かしている奴らは裏に隠れて指示を出し、滅多に姿を見せないのだ」
アリシアには心当たりがあったのか、カズヤと国王のやり取りを黙って聞いている。
裏に国王より偉い人間がいて国王に指示を出していること自体は、カズヤでも想像できないわけでは無い。
しかしそれ以上に、奴らの国民への悪意と報復に対して怒りを感じざるを得なかった。
「奴らはこのエルトベルクだけでなく、事実上この世界のほとんど全ての国を支配している。奴らの地位は国家よりも上にあり、金も軍事も支配している。その命令に逆らうとこうなるのだ」
全てを諦めたように国王がうなだれる。
「その命令は誰が伝えてくるんですか?」
カズヤが尋ねたとたん、王の間の入り口から声がした。
「……俺の仕事だ」
テセウスがユラリとした足取りで部屋の中に入ってきた。
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