296話 撤退逃亡
光の渦が静かに消えると、部屋は再び静寂を取り戻した。
「……無事に転写したわ」
アリシアが疲れた様子で宣言するが、その顔は充実感に溢れていた。
かなりの集中力が必要だったのだろう。呼吸が荒く乱れていた。
「この魔石がアルカナ・ストーンとかいう物になったんですね。この中に全ての魔法契約が入っているかと思うと、恐ろしいですな」
感心したようにバルザードが魔石を見上げる。
おそらくこれに反して、魔術ギルドのアルカナ・ストーンは空っぽになっていっているはずだ。
パニックになって慌てふためく職員の顔が、アリシアの脳裏に浮ぶ。
「まだ写し取っただけだから魔法に影響はないわ、次は書き換えね。まずは今までのお返しで、サルヴィア軍の魔法を使えなくするわよ」
アリシアが目をつぶりながら、前方の巨大な魔石――新たなアルカナ・ストーンに手を当てた。
魔石の中の文字が輝きながら動き出し、帯状になった光の川を作り出す。
魔法の文字が規則正しく移動しながら、新たな文字へと書き換えられていく。
先ほどの転写の時よりも、ずっと時間は短かった。
「ふう……これでうまくいったはずよ。ほとんどのサルヴィア軍は魔法を使えなくなったはず。最後は不当に魔法を使えなくなった、エルトベルク・タシュバーン・レンダーシア・ハルベルトの魔法契約を書き直すわ」
先ほどと同じように、アリシアはアルカナ・ストーンに手を当てる。
「……おお、魔法が使えるぞ!」
「以前の状態に戻ったぞ」
アリシアたちがいる部屋の警備をしていた、ハルベルト軍の兵士が声をあげる。
そのうえエルトベルク軍の兵士は以前の魔法だけでなく、アリシアから教わった古代魔法も使える。
カズヤと出会った時よりずっと前から、アリシアは魔術ギルドの不公平な管理に対していきどおっていた。
ついに、その不当な支配を自らの力で終わらせることができた。
「これで終わりにしてもいいんだけど……どうしようかな」
「姫さん、やってしまいましょうぜ。今までの借りを返す機会です。戦力差が大きい方が戦いも早く終わりますぜ」
アリシアの迷いを正しく把握したバルザードが、間髪入れずに進言する。
「そうね、この魔法の支配体制を続けるつもりは無いし、最後の機会かもね。……私たちの魔力を増幅させましょう。そうすれば、相手も早くに降参するはずよ」
アリシアが魔法を唱えて、新たな魔法文字を書き加えていく。
これでエルトベルク連合軍の兵士の魔力は増幅された。サルヴィア軍との大幅な魔力格差が生まれる。
今度は強化された連合軍が、サルヴィア神聖王国へと襲いかかるのだ。
*
「ま、魔法が発動しない。戦いの最中だというのに……!」
突如として魔法が使えなくなったサルヴィア軍に動揺が走る。
エルトベルク王国の時と同様に、ほとんどの兵士の魔法が使えなくなった。
魔法使い部隊は役に立たないし、魔力によって能力を増強している兵士たちも効力を失う。
ただでさえ今回の戦闘は魔術ギルドによって、魔力を増強された状態で始まっていたので落差が大きい。
それだけではない。
エルトベルク連合軍が放つ魔法の威力が、先ほどよりも増大している。
サルヴィア軍に混乱と恐怖の色が浮かぶが、それは以前エルトベルク軍に仕掛けられたことと同じだった。
今度は自分たちが報いを受ける番だ。
逆にエルトベルクやタシュバーン、レンダーシアの兵士からは歓喜の声があがる。
「ま……魔法が使えるぞ。以前と同じように魔法が使えるようになったぞ!!」
「本当だ、また使えるんだ……!」
「それどころか、以前よりも威力が増しているぞ!」
地上の神聖騎士団はパニックにおちいり、総崩れになる。
もちろん指揮官であるフォンは、その隙を逃さなかった。
「いまが攻めどきですね。……ハルベルト軍、全軍突撃せよ!」
フォンの高らかな声が戦場に響き渡る。号令とともに、騎士たちは敵陣に向かって突撃を開始した。
サルヴィア軍の一部は、そうそうに勝利を諦めて逃走を図る。
また一部は震えながらも戦いを挑んでくるが、魔法のサポートを失った攻撃は連合軍に通用しない。
やがて全ての神聖騎士団が背を向けて逃げ出した。
空の戦いも一方的なものへと変わっていく。
敵との間隔が広い空中は魔法が果たす役割が大きい。魔法が使えなくなると攻撃の術を失ってしまう兵士がたくさんいた。
サルヴィア軍のペガサス騎士団・ネビュラチェイサーは撤退を始め、ハルベルトの飛竜騎士団ストームドレイクスと、タシュバーンの有翼妖精族・銀閃のファルコニアズが追撃する。
空も地上もサルヴィア軍が魔法が使えなくなった混乱に乗じて、連合軍が一気に攻めよせていくのだった。
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