027話 反撃
それから数日後、アリシアはテセウスを国王の間へと招いていた。
そこには国王とバルザードも待っている。
「これはこれは陛下、アリシア様。私をお呼びになって何か御用でしょうか?」
テセウスはうわべを取り繕った大げさな態度で、かしこまった様子を見せる。
「まずはテセウスに会って欲しい人物がいるの」
そう言ってアリシアは、部屋の外にいる兵士に声をかける。騎士の身なりをした者たちが三人ほど王の間へ入ってきた。
「おお、そなたたちは……!」
国王には見慣れた顔のようだ。
並んだ騎士たちを懐かしそうな目で見ている。
「彼らは去年まで、近衛兵としてお父様の警護していた者です。しかし、今年に入ってから他の街へと配属が変わっています。テセウス、これはあなたの命令ですね?」
三人の登場に意外そうな顔をしたテセウスだったが、すぐに冷静な表情を浮かべる。
「たしかにその通りです。彼らは優秀な騎士たちでしたが、周辺の防備が手薄になったため配置を変えました。これは騎士団長としての正当な権限のはずです」
アリシアの問いかけに、テセウスはさも当然のごとく返答する。
「陛下、アリシア様、騎士団長殿は嘘をついておりますぞ! 配置を変えたのは防備が手薄になったせいではありません。我々が陛下のそばにいるのが邪魔になったからです」
「そうです、彼は表と裏の顔が大きく違っています。理不尽な命令に従うように強要され、反発した者を外へ飛ばしたのです」
「配置転換を受けた我らは皆、長いあいだ近衛兵を務めて陛下への忠義が厚い者ばかりです」
近衛兵だった三人は公然とテセウスを批判した。
ここに至るまでには、多くの葛藤があっただろう。しかし、アリシアに促されてこの場に出てきたのだ。
「陛下、彼らは何か誤解をしているようです。配置を変えたのは純粋に国防のためです。彼らが知らない情報を私は持っています。正当な理由がありました」
テセウスは落ち着いて弁明する。
自分の判断を一切疑っていない素振りだ。
三人は怒気を含んだ目でにらみつける。
「陛下、発言を失礼しますぜ。仲間の冒険者たちにテセウス騎士団長のことを聞いたら、とんでもない噂を耳にしたんですが……。数年前に悪名を轟かせていた冒険者が表の世界から姿を消しました。名前はヴァルテゼウス。Aランクで腕は確かだったみたいだが、死の簒奪者と呼ばれ人間性に問題があった奴らしいですぜ」
バルザードはひと息ついた。
「そいつは冒険者ランクと報酬を上げるために村人を皆殺しにした事件のせいで、ランクを剥奪されて姿を消しました。噂では力を持った組織の配下になって、裏で権力を握るようになったという話です。
そして、そいつを知る男がここにいるテセウスの顔を見て度肝を抜かれたらしい。昔の黒髪は褐色に変わっていたが、ヘーゼルカラーの瞳は変わってねえ。ぬけぬけと騎士団長の地位に居座ってるってな」
テセウスは、ヴァルテゼウスの名前が出された時だけ眉が一瞬ぴくりと動いた。しかし、バルザードが話し終えても微動だにしていない。
「そんな冒険者のことは与り知らない話ですね。似たような外見の者かもしれませんし、ただの他人です。勝手に私と混同するのは止めて頂きたいですな」
「なるほどな。じゃあ、こいつを見てもらおうか」
バルザードが手に持っていた道具を宙にかざすと、そこにカズヤのホログラムが現れた。
「こいつは出入り禁止のはずですぞ!」
テセウスが憤然として異議をとなえる。
「よう、テセウス。俺は王都の外にいるぜ。ホログラムで出席したら駄目だとは言われてないからな。どうしても、お前の悪事をバラしてやりたくてね」
ステラの技術による鮮明なホログラムが、テセウスの方を向いて語りかけた。
これは記録された映像ではなく、遠方にいるカズヤと同時進行で映像を共有できる仕組みになっている。
「まずは、これを見て欲しい。テセウスが侵入者たちと話し合っている場面だ。襲撃の前に、裏門から奴らを王宮へ引き入れたのはお前の仕業だな?」
そこには、はっきりとした3Dホログラムで、テセウスが侵入者たちと話し合い、門の中へ導き入れる様子が映っていた。
バグボットが記録していたのだ。テセウスの水晶玉と違って、間違えようもないほど鮮明に映し出されている。
「これは幻術の魔法だ! 幾らでも工作できると伝えたばかりではないか!」
「もちろん、それはお前の水晶玉でも同じことだよな? 俺の映像を記録して、さも侵入者と相談しているように工作する。お前の映像だって何の証拠にもならないだろう」
テセウスは自らの証拠を否定していることに気がつき歯噛みする。
同じ論理なら、カズヤが侵入者と話していた水晶玉の映像は何の意味もないのだ。
「それに、お前が連れてきた女性や侵入者にも疑いがあるぞ」
その場に、アリシアを森の中に誘いこんだ小人族の女性や、カズヤに命令されたと証言していた侵入者を、バルザードが連れてきた。
「こいつらの過去を探ったら、冒険者ヴァルテゼウスと繋がっていやしたぜ。全員かつての同業者だったらしいじゃないか。問い詰めたら、お前のことだと認めたぞ」
カズヤが犯人だと決めつけるテセウスの証言が覆された。関係者の証言も映像による証拠も、あてにならないことが判明した。
こうなると、なぜテセウスはカズヤが犯人だと強弁するのか。
違和感だけが残る。
「お前は、俺がアリシアへの襲撃を三度も防いだのが気に食わなかったんだろう。邪魔になったから、俺を犯人に仕立て上げただけじゃないか!」
テセウスは反論できずに黙り込む。
「言い返せないということは認めたも同然です。テセウス、これらはあなたが仕組んだことですね」
横で見ていたアリシアの口から、突き刺さるような言葉が放たれた。
いつもの穏やかな面影は一切なく、氷のように冷徹だった。
「ブラッドベアとオークは、私だけでなく騎士たちすらも壊滅させるほどの大軍でした。もしカズヤが来なかったら、このエストラの街にも危機が迫っていました。その責任をいつ誰が、どうやって取るつもりだったのですか?」
鋭い視線と低く響く声。
アリシアは、気持ちを抑えているが明らかに怒っている。王族としての毅然とした態度と冷酷さで問い詰める。
部屋全体がアリシアの威圧感でおおわれ、その場にいないカズヤですら冷や汗が出てきた。
「……馬鹿馬鹿しい話です。このような見え透いた芝居にはつき合いきれません。失礼いたします」
テセウスは一方的に話を打ち切ると、テセウスは踵を返して扉へと向かっていく。
そしてカズヤのホログラムの横を通り過ぎる時、テセウスはぼそりとつぶやいた。
「お前は取り返しのつかないことをした。必ず後悔するぞ……!」
捨て台詞を残すと、悠々と国王の間から出ていった。
「お父様、テセウスはお咎めなしでよいのですか!? 彼を騎士団長にするよう、お父様に強力に推薦したのは誰だったのですか」
アリシアは父親の国王へと詰め寄った。
「すまないが、奴が騎士団長であることは変えられない。私だけで決められる話ではないのだ。いつかお前に話すときが必ずくる。それまで待っていてくれ……」
国王は苦悶に満ちた表情で返答すると、部屋から出ていってしまった。
*
その後、再びカズヤたちの街への出入りが許可された。
カズヤとステラは、以前滞在していた宿屋に帰ることができたのだ。
部屋に戻ったカズヤはベッドの上に寝転んだ。
やっとゆっくり休めそうだった。これで今までの疲れから解放されて、朝までぐっすり眠れるはずだ。
気がついたらカズヤは、柔らかいベッドの上で泥のように眠り込んでしまっていた。
――しかし、そんなカズヤの願いを覆すような最悪の出来事が起こるとは、このときは夢にも思っていなかった。
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