268話 ステラ番外編
動物園を後にすると、午後は美術館へ連れていかれる。
ステラが最初に魅了されたのは浮世絵だった。
武士や女性が描かれた豊かな色彩の作品に、ステラは奥深さを感じているようだ。時代を超えた細かなディテールと表現力に興味をひかれたのだ。
「……素晴らしい作品ですね。マスターはどの絵が一番好きだったんですか?」
「いや、好きとかいうより、初めて見たんだが……」
学生時代の美術の教科書に載っていたかもしれないが、カズヤの記憶にはなかった。
「こんなに素晴らしい歴史的な作品があるのに、マスターは学校で、いったい何を勉強していたんですか?」
カズヤは何も言い返せなかった。
次の現代アートの展示室では、奇抜な抽象画や風変わりな作品に囲まれて、ステラのテンションが上がった。
たしかに、ステラが描く謎の絵との共通点を感じる。
「実験的な筆遣いや大胆な発想力がすごいですね。マスターはどの絵が一番好きですか?」
「ああ、この作者は知ってるぞ! 有名だから作品がすごく高く売れるらしいよ」
「マスターは、芸術の価値を金銭で測る人なんですか?」
カズヤは何も言い返せなかった。
美術館を出るときには、ステラの創作意欲は最大まで高まっていた。
途中で買った色鉛筆と画用紙を手にすると、旅館に戻って一心不乱に描きなぐる。
その作品を見たカズヤには、いつもの絵との違いが全く分からないのだった。
*
カズヤたちは日本で目いっぱい遊んだ。
全員の顔が充実感に溢れている。
完全に日本旅行に来た観光客の顔だった。
シデンは佐藤課長に案内されて、この街のお城を見に行っていた。日本の刀と甲冑を気に入ったシデンは、近くにある道場も訪れたらしい。
バルザードは鈴木くんに連れられて遊園地に行っていた。2mを超える大男が絶叫マシーンで大騒ぎだったみたいだ。
フォンは面白そうな本に目星をつけると本屋で大量に購入してきた。それ以外の本は図書館に行って視覚センサーで取り込んできていた。
リオラは日本の化粧品と服装が気に入ったらしい。前田さんと一緒に繁華街を回っていた。若干ギャル風のファッションになって戻ってきたが、カズヤには何も言えなかった。
カズヤたちは、思う存分日本観光を満喫したのだ。
「……じゃあ、そろそろ帰ろうか。俺の家は、もうこの国には無いみたいだ」
カズヤの言葉に名残惜しさは無い。
「そうね。というか、そうしてもらわないと困るわ。カズヤはエルトベルクの貴族になるんだから。『やっぱりここに留まりたい』なんて言い出したら、どうしようかと思っていたところよ」
「……えっ!?」
全くの初耳だった。
貴族のことなんか別世界すぎて、カズヤは考えたことも無い。
「セドナで衣装合わせをしていた時に、『伝えたいことがある』って言ってたでしょ。エルトベルクにこれだけ貢献してくれているから、お父様がカズヤに爵位を与えたいって話だったの」
そういえば何か大事な話があると言われていた。
アリシアの失踪のせいで、すっかり忘れていた。
「ありがたい気はするけど、俺は貴族って柄じゃないんだけどな……」
「一代限りの男爵だから、それほど高い地位ではないわ。治める領地もないし貴族としての義務もないの。カズヤはお金や物を受け取らないんだから、せめて爵位くらいは受け取って欲しいのよ」
アリシアが積極的に勧めてくる。
「でも、いきなり貴族と言われても心の準備がなあ……」
自分が貴族になる姿を想像できずカズヤは及び腰だ。
「まさか逃げ出すつもりじゃ無いですよね、マスター?」
「カズヤさんが貴族になったら、正式にハルベルト帝国に招待しますよ」
「お前がどんな貴族になるのか、興味があるな」
ステラやフォンだけでなく、他国の人間であるはずのシデンまで話に入ってくる。
「カズ兄、穴があいた靴下はもう履けないね!」
「カズヤが貴族なんて、世も末だぜ」
「これからは、キリヤマ卿とお呼びすればいいのかしら」
ピーナと雲助は悪乗りしているだけだ。リオラが考えている呼び方までは気が回らない。
全員で逃げられないように、外堀を埋められていく感じがする。
「……それにカズヤは貴族くらいにはなってもらわないと、釣り合わないと反対されたら困るしね……」
「えっ、アリシア。何だって?」
「い、いいの、何でもないわ!」
アリシアのぼそぼそとした独り言は、カズヤの聴覚センサーをもってしても聞こえなかった。
「それじゃあセドナに帰りましょう。とっても楽しい経験だったわ!」
アリシアは晴れ晴れとした笑顔を見せるのだった。
第7章完
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