267話 アリシア番外編
カズヤは前田に頼んで、ひなびた温泉旅館の大部屋を予約してもらう。
もちろん、田中のお婆さんも一緒に連れてきている。すでにピーナを相手にイゼリアの簡単な言葉を学ぼうとしている姿勢が素晴らしい。
前田や鈴木、佐藤課長にしばらく観光することを伝えたら、喜んで案内すると言われてしまった。
「全部のお金を合わせても、3日くらい滞在するので精一杯だからな!」
カズヤがお金を渡すと、みんなは思い思いの場所へと飛び出していった。
※
カズヤの初日は、アリシアが行きたい場所に付き合わされることになった。
「それで、アリシアは何がしたいんだ?」
「あにめ、っていうのに興味があるの。大きな”あにめしょっぷ”というのがあるって、前田さんが教えてくれたわ」
「ア、アニメかあ……!」
まさか日本のアニメ産業が、異世界のお姫様の心を捕らえるとは思っていなかった。
アリシアはお婆さんの家のテレビで流れていたアニメを見て、すっかり興味を持ってしまったのだ。
カズヤとアリシアは有名なアニメショップへと足を運んだ。
おやつを買う約束でピーナも一緒に付いてくる。途中でおやつを買い与えると、もぐもぐ食べながら静かに付いてきた。
「か、かわいい……!」
アリシアの目は、鮮やかな色彩で描かれたキャラクターたちに釘付けになった。
普段は静止しているはずの絵が動き出すアニメの世界は新鮮で、アリシアの想像をはるかに超えていたらしい。
日本語が理解できなくても、ビジュアルの力強さやドラマチックな音楽に魅了されている。
「ちなみにカズヤは、どんなアニメが好きだったの?」
「えっ、俺かあ……。昔はこんなのを見てたかな」
カズヤは学生時代に見ていたアニメをアリシアに勧めてみた。
「ふうん……。どこが面白いのか教えてよ」
「映像がかっこよくて、女の子が可愛いかなって」
「なるほど、カズヤはこんな女の子が好きなのね」
アリシアはその作品のDVDを手に取って、まじまじと見つめる。
カズヤは自分の嗜好をのぞかれたようで、なんだか気まずかった。
店を出た時には、アリシアは両手いっぱいの紙袋を握っていた。
購入したDVDを旅館のテレビで堪能するのだ。
「”でぃーぶいでぃー”は向こうにはないから、こっちにいる間しか見れないでしょ。今のうちに堪能しなきゃ。カズヤ、通訳をお願いね」
「ええっ! これ全部!?」
カズヤはその晩遅くまで、アニメの同時通訳としてこき使われたのだった。
*
次の日、カズヤはアリシアの通訳から解放されると、今度はステラに動物園へ連れていかれた。
「イゼリアにはこんな場所が無いですからね。魔物を集めた魔物園があってもいいと思います」
「動物とちがって、魔物は危険だからなあ……」
動物園に到着すると、ステラは目を輝かせ始めた。イゼリアでは見られない珍しい動物たちに、ステラの好奇心が刺激されたようだ。
まずはクマの檻を訪れる。
大きなクマが間近な檻の中で静かに眠る様子を、ステラが興味深く眺めている。
「ハチミツが好みだと書いてありますね。でもクマの食事には生態系内の食物連鎖上での重要な役割があるはずです。なぜそれを放棄してまで特定の食べ物を選ぶんですか?」
「ええっ!? ハチミツが美味しいからじゃないかなあ……」
ステラの難解な質問に、カズヤが答えられるはずがなかった。
次にステラは、小さなリスやカラフルな鳥たちにも興味を示した。
特にフクロウの神秘的な美しさに感動していた。
「フクロウの頸椎の骨格の構成上、何故あんなに首が回るんですか?」
「ええっ!? なんか魔法でも使ってるんじゃないかな……」
「マスター、嘘を言わないでください。もっとちゃんとした理由があるはずです」
適当に答えたら注意されてしまった。
そしてキリンとゾウのエリアに到着する。
キリンの高い首と優雅な姿、ゾウの巨大な体と穏やかな瞳にステラは興奮していた。
「ゾウの群れにおける役割分担上の意思疎通には、どのような方法があるんですか?」
「ええっ!? なんかパオーンとか言ってるんじゃないかな……」
ステラは返事をしてくれなくなった。
これ以上答えると、カズヤのマスターとしての尊厳が失われてしまいそうだ。
動物園のなかでも、ステラが特に気に入った動物がいた。
それはレッサーパンダだ。
「マスター、なんですかあの可愛すぎる動物は! あの子が欲しいです!!」
「いやいや、ここの動物は売り物じゃないんだ。もちろん連れて帰れないよ」
ステラが頬を膨らませて、ふくれたように怒る。
イゼリアに連れていかれても、レッサーパンダの方が戸惑ってしまうだろう。
納得できないステラが檻の前から動かない。
「じゃあ、代わりにレッサーパンダのぬいぐるみを買うのはどうだ? 売店に売ってなかったっけ」
入り口付近のお土産物屋で、カズヤは大きなぬいぐるみを買ってあげた。
ステラは幸せそうに、顔をうずめて思いっきり抱きしめる。
お土産を手に動物園から出るときには、ステラは満足感で一杯だった。
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