265話 誕生、異世界お婆ちゃん
全員であわただしく建物内を捜索しているとき。
カズヤはピーナから離れて、一人でぷかぷか浮かんでいる雲助が目に入った。やむを得ない戦闘中の勢いで、また自分の正体を明かしたことが気まずいのだろう。
「……雲助、お前はイゼリアの空を司る大精霊なんだってな」
カズヤはできるだけ気軽な感じで尋ねてみた。
しかし、雲助は何も答えない。
「まあ、お前がライゼリアスだろうが雲の獣だろうが何でもいいよ。お前が雲助であることには変わりないさ。また一緒に遊ぼうぜ」
カズヤは自分がザイノイドになった時、バルザードにかけられた言葉を思い出した。
雲の獣だろうがライゼリアスだろうが、仲間である雲助には変わりないのだ。
「ところで、雲助はどうしてピーナと一緒にいるんだ?」
カズヤは、かねてから抱いていた疑問を口にしてみた。
「……ピーちゃんが心配だったからさ」
雲助がやっと重い口を開いてくれた。
「心配……? ピーナの何が心配なんだ」
「ピーちゃんの透明化魔法は特殊で強大な魔法だぞ。使い方を誤るとピーちゃんの姿が消えてなくなってしまうんだ。そんなのを知っていたら放置できるはずないだろう」
「なんだって、そんな話は初耳だぞ!? ピーナの姿が消えてしまうなんて……」
たしかにピーナの魔法は規格外だ。
しかしその魔法の反動で、ピーナの姿が消えてしまうというのは初めて聞いた。
「それじゃあ、透明化魔法はこれ以上使わない方がいいのか!?」
「いや、逆だ。むしろ何度も使って魔法を吐き出してしまった方がいい。オイラがピーちゃんの首元で魔力の循環を調整しているから心配すんな。このまま成長すれば魔法は緩やかに消えていくはずだ」
体内の魔力の循環がうまくいかないと、ピーナ自身に悪い影響が出てしまっていたのか。
雲助が普段マフラーのようにピーナの首元にいるのは、意味があったのだ。
「……ピーちゃんが成長するまで、オイラが付いててやるから心配すんな。カズヤは昼飯の心配でもしてるのがお似合いだぜ」
食事がいらないカズヤに減らず口をたたくと、雲助はふわふわとピーナの首元に戻っていった。
*
風神セキュリティの本部から、田中のお婆さんの家に戻ってきた。
さいわいお婆さん本人はいたって元気だが、風神セキュリティの襲撃を受けて家と庭がひどく壊れている。
「あいつら、めちゃくちゃなことをしやがって。この家はどうしようか。直してあげたくても日本のお金はないし……」
せっかく田中のお婆さんがアリシアを助けてくれたのに、巻き添えになってしまったのが申し訳ない。
カズヤは日本での自らの力の無さを嘆いた。
「ねえ、お婆さん。いっそのこと、私の国――エルトベルクに来る気はないかしら? セドナで良ければ、すぐに新しい家を用意できるわよ」
「おいおい、アリシア本気か!?」
「もちろん、本気よ。ほら通訳してよ」
カズヤはアリシアの言葉を日本語で復唱する。
たしかにエルトベルクにさえ来てくれれば、家でも仕事でも用意できる。
ただいくら天涯孤独の身とはいえ、異世界に来たがるお婆さんはいるのだろうか。
「……そうねえ、アリシアちゃんがそう言うのなら、異世界とやらに行ってみようかしら。この国はすっかり満喫したし心残りもなし、新しい土地も悪くないかも」
田中のお婆さんは意外にもすっかり乗り気だ。
まさかの”異世界お婆ちゃん”の誕生だった。
「いいや、そういう話なら我がタシュバーンにくるといい。ご老人、死ぬまで苦労はさせないぞ」
「ちょっと、横から入ってこないでよ」
その場でお婆さんの処遇を巡って、アリシアとシデンが言い争いになる。
異世界お婆ちゃんの取り合いだ。
「……それじゃあ、エルトベルクでいいわね」
「仕方ないな。老人は国の宝なんだが」
シデンの方が諦めた。
元々、田中のお婆さんに一番世話になったのはアリシアだ。エルトベルクに来るのが自然だ。
いっぽう田中のお婆さんの家から眼下に見える桜月市は、魔物による未曽有の襲撃事件の後片付けで大騒ぎだった。
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